夕星 7
いつもと違う布団の感触といつもと同じ抱き心地に瞼を開ければ、障子の向こうに眩しいほどの光が見えた。
晴れてるよ、イルカ先生。
そんなことが嬉しくて、腕の中の寝顔を覗き込む。
早く、起きて。
今日はどんな楽しいことがあるのかと、わくわくしながらイルカ先生の瞼が開くのを待った。
そして、おや?と思う。
いつもよりイルカ先生の肌艶がいい。
『きっと明日は肌がつるつるになりますよ』
朝の光がつるんと反射した頬に、イルカ先生の昨日の言葉を思い出した。
言ってた通りだ。
イルカ先生の背中で結んでいた手を解いて頬に触れてみる。
もちもちした感触にへらっと笑った。
もちもち、もちもち、すごくキモチいい。
指先で愛でていると、イルカ先生の気配が変わった。
あ、起きる。
すーっと水泡が水面に浮かび上がるようにイルカ先生の意識が浮上する。
ぽやっと開いた瞼に、「おはよ」と声を掛けた。
おはよう、イルカ先生。
ぽってりとした唇に口吻ける。
ちゅっと吸い上げて離して、もう一度ちゅとしてもイルカ先生はまだぼうっとしていた。
ちゅっ・・ちゅっ・・。
上の乗り上げて角度を変えると、ようやく目が覚めたイルカ先生の顔が赤くなる。
仰向けになったイルカ先生の腹にオレの硬いのが当たっていた。
「よく眠れた?」
「・・はい。カカシさんも・・?」
「うん、ぐっすり。・・外はいい天気だよ」
視線を外に向けたイルカ先生の首筋に顔をうずめた。
緩く持ち上がった手が頭を撫ぜてくれる。
甘えたくなって、体を下にずらすとイルカ先生の腰と重ねた。
ちゃんと当たるのを確認して擦り合わせる。
「ネ、今日はどうするの・・?」
「・・蔵元行く・・」
「うん」
「昨日の・・お酒、買う・・」
「うん」
緩やかに腰を揺すりながら会話を促した。
快楽に染まるイルカ先生から敬語が消える。
それが甘えられているようで嬉しかった。
ぽつぽつ話しが途切れた時に切なく眉を寄せるイルカ先生に目を細める。
頬に両手を添えて口吻けると、ぐっと腰を押し付けた。
「あっ」
甘い声が背筋を震わす。
そのまま腰を密着させて追い上げた。
腹の間で硬くなったものがビクビクとのたうつ。
首に捲きついたイルカ先生の手がきゅうと締まった。
「はっ・・あ・・っっ」
先に開放したイルカ先生の後を追いかける。
「くっ・・」
動きを止めて精を開放し、まだ余韻の残る体を起こした。
――わ。
なんていけない光景だろう。
乱れた布団の上で手足を伸ばしたイルカ先生の浴衣は肌蹴、腹の上に二人分の精液を散らしている。
そんな姿が朝日に照らされて、いっそう艶かしかった。
――ずっとこうしていたい。
外に出ずにイルカ先生と二人でいちゃいちゃ。
そんな過ごし方でもオレは楽しい。
だが、
「・・カカシさん、ティッシュとってください・・」
「・・ハイ」
敬語に戻ってしまったイルカ先生に、そんな事を言ったら怒られそうだからすごすご従った。
部屋に備え付けの方の風呂に入って汗を流した後、朝食をとった。
出掛ける準備をして外に出る。
まだ朝なのに、カッと照りつける日差しに頭を焼かれた。
「・・帽子いるね」
「・・はい」
近くにお土産屋さんに麦わら帽子を見つけて入った。
クスクス笑う声が聞こえる。
間を置いて、またクスクス。
「そんなに笑うことないデショ」
「だって・・、カカシさん、髪が・・」
思い出してぷーっと吹き出すイルカ先生に剥れた。
お土産屋さんで見つけた麦わらは、デザインも何もなくサイズが違うだけだったので試しに被ってみたが、――髪がそれを拒絶した。
帽子の中で押さえ込まれた髪が時間と共に浮き上がる。
次第に脱げていく帽子にイルカ先生が大ウケした。
笑わせるつもりなんてなかったからショックだ。
もういらない、と思ったらイルカ先生が帽子を2つ持って店の奥に行った。
袋を断ってそのまま持ってくると、外に出てちょいちょいと手招きする。
何?と屈んだら、イルカ先生がオレの髪を手櫛で梳いて頭のてっぺんだけゴムで縛った。
纏めた髪を寝かせると帽子を被せてくる。
「はい、いいですよ」
ぽんと帽子越しに乗った手に機嫌が直った。
イルカ先生にしてもらったのが嬉しい。
構ってもらったのが嬉しい。
・・帽子の下は誰にも見せられないが。
にこにこしていると、イルカ先生が自分の髪を解いた。
帽子を被るにはしっぽが邪魔で、肩の上で結びなおすと上機嫌で帽子を被った。
違う意味でこっちも誰にも見せたくない。
「行きましょう」
いつもと違う雰囲気のイルカ先生にどきりとする。
朝だから酒は早いと思ったのか、楽しみにしていた割りにイルカ先生はすぐに蔵元へは向かわなかった。
お土産屋さんの並ぶ通りをぶらぶら歩いて、時折中を覗く。
オレはそれに邪魔にならないようついていった。
珍しいものや面白いものはイルカ先生が振り返ってオレに見せてくれた。
通りを歩いていたイルカ先生が人が集まってるのを見て寄っていった。
何かと思えば、椅子に腰掛け裸足になった人が足を湯に浸している。
「足湯だ!」
え、行くの?
足ばっかり浸かってる湯に足を浸けるのはイヤだ。
でもルカ先生が行くから仕方なくついて行く。
だが近寄るオレ達を見て、先に足湯にいた人たちの空気強張った。
ま、ガタイがデカい上、顔に傷があるれば、一般の里では敬遠されることがある。
慣れっこだけど、イルカ先生をそんな空気に触れさせるのはイヤだった。
――いこ。
前を行くイルカ先生に手を伸ばす。
だが、足湯に目が眩んだイルカ先生はそんな空気諸共せず突き進んだ。
「こんにちは」
イルカ先生を見て顔を引き攣らせたおじいさんに笑って挨拶すると、隣に腰掛け、ぱぱっとサンダルを脱いで足を浸ける。
「はぁ〜、極楽・・」
ほへ〜っと緩んだ笑顔を浮かべたイルカ先生にその場の空気も緩んだ。
向かいに座っていた女の子たちがそんなイルカ先生を見てくすりと笑う。
「カカシさんも」
こっちと手招きするイルカ先生に、イルカ先生までで定員オーバーだった椅子が空いた。
みんなが少しづつ詰めて場所を開けてくれる。
「気持ち良いですよ」
「・・うん」
なんだ、この空気は。
心なしかこの場全体がイルカ色に染まっている。
もたもたサンダルを脱いでいる間に、イルカ先生は隣のおじいさんと打ち解けていた。
お湯が常に流れ、水が澄んでいるのに安心して足を浸けた。
イルカ先生たちは温泉の話で盛り上がり、どこどこに行った事があると言えば、向かいのおばさんも「私もあるわよ」と話に加わった。
あっという間に輪が広がり、オレ達が来るまでは各々で足湯に浸かっていたはずなのに、今では気心の知れた仲間のように話していた。
中心になって話しているのはイルカ先生の隣のおじいさんだが、この空気を作ったのは間違いなくイルカ先生だった。
・・凄いな。
これが諜報ならどれほどの情報を味方にもたらすことか。
きっと任務では重宝されただろう。
だけど今のイルカ先生は自然体だった。
だからイルカ先生の凄いところは、忍びとしての能力ではなく、人としてだった。
イルカ先生の周りに人が集まるのは里ではお馴染みの光景だったが、来たばかりの土地で同じ光景が再現されると、改めてイルカ先生の人柄に感心する。
イルカ先生の持つ空気に人が集まり、憩い、癒される。
イルカ先生は一人になることはない。
そのことはオレを安心させるが、同時に孤独にもした。
イルカ先生の作る輪にオレだけが入り込めず、隣にいるのにどこか遠い。
イルカ先生、・・寂しい。
心がくぅんと鼻を鳴らす。
飼い主に放っておかれた犬のように心もとない気持ちでイルカ先生が「そろそろ行きましょう」と言いだすのを待った。
歩き出したらイルカ先生はオレのもの。
二人だけの世界に戻れる。
「――ここの温泉の源泉にはもう行ったかの?」
「いいえ、まだです」
「少し道が険しいがあの坂道を登っていくと源泉があって、ぐつぐつ熱湯が沸き出とる。そばで卵を売っとるから湯に浸しておくと温泉卵が作れるぞ」
「ほんとですか!――カカシさん、」
おじいさんと話していたイルカ先生がこっちを見たから、ぴんと耳が立った。
なになに?イルカ先生、もう行くの?
見えない尻尾がばたばた揺れる。
「行ってみませんか?源泉に――」
「行く」
速攻で返事すると湯から足を抜いた。
持っていたタオルでさっと足を拭うとサンダルを履く。
イルカ先生の足も拭いてあげたかったけど、公衆の面前だったので我慢した。
人前で触れるとイルカ先生が怒る。
「それじゃあ」
ぺこりとイルカ先生が頭を下げるとみんなが見送ってくれた。
さよならと手を振り歩き出すと追ってくる気配がある。
振り返れば向かいにいた女の子達だ。
向こうも二人、こっちも二人。
言い出すことは目に見えていた。
――来るな。
イルカ先生に気付かれないように睨み付けると、怯えたように彼女らの足が止まった。
これ以上近づいたら容赦しない。
青ざめた二人を一瞥するとイルカ先生に並んだ。
オレはイルカ先生以外になら、どこまでも冷酷になれる。