夕星 3



あうんの門を抜けて、歩いて里から遠ざかった。
最初の休憩地点までは歩いて、日が傾いたら走ることに決めていた。
炎天下だからと尤もらしい事を言ったのは建前で、少しでも長くイルカ先生との初旅行にわくわくする気持ちを長引かせたかっただけだ。
重いリュックを背負い琉の里へと続く道を歩く。
道の両脇は何もなく、木々が連なるだけだが、外へと繋がる道をイルカ先生と歩いてると思うとそれだけで楽しい。
そう言えば任務も一緒になることなかったなぁと思い返していると、イルカ先生が「あっ」と足を止めた。

「どうしたの?忘れ物?」
「はい、・・どうしよう・・、みんなに新しいお茶っ葉のあるところ言ってくるの忘れました。もう無くなりかけてたのに・・。分かるかな・・」

不安げに来た道を振り返るイルカ先生に、笑顔がひくりと引き攣った。

「大丈夫ですよ。いざとなれば自販機だってあるし」

むしろ、そっちを飲め。
イルカ先生の淹れたお茶を飲むなんて勿体無い。

もともとそんな習慣なかったのに、イルカ先生が自分でお茶を淹れるようになると、その相伴に預かろうとする輩が増えて、仕舞いにはお茶の時間が出来てしまった。
それが受付所勤務の忍びの内で済めば良かったのだが、たまたまお茶の時間に居合わせた外勤の忍から口コミで広がり、今では『癒しの時間』と呼ばれ、その時間に合わせて任務を終わらせる奴まで出てくる始末だ。
待機所でイルカ先生のお茶の噂を聞くたびに、オレ(←滅多にその時間にめぐり合わない)は心の中で吼えた。

お前らがイルカ先生の淹れたてのお茶とともに「お疲れ様です」なんて言って貰おうなど100万年早い!!

そんな奴らは無言の殺気で待機所から追い出してやったが、――それはさておき。

賭けたっていい。
絶対、アイツらお茶なんて淹れない。

「大丈夫ですって。行きましょう?」
「・・・はい」

受付所の面々を思い出してそう結論付けるとイルカ先生の手を引いた。
気になるのか重い足取りでついてくるイルカ先生に瑠の里の話をして気を逸らす。
早く里の事を忘れさせて、イルカ先生の気持ちを旅行へと引き込みたかった。
せっかくの旅行だから仕事を忘れて楽しんで欲しい。 ――が、

「あっ!綱手さまに明日までに確認してもらわないといけない書類の確認するの忘れました。別に出しておこうと思ったのに・・。前にも言ってるけど、覚えてるかな・・」

最後は独り言のようにぶつぶつ言うイルカ先生にこめかみがどくどく波打つ。

「なんて書類ですか。式を飛ばします」
「すいません」

ホッとしたように笑みを浮かべるイルカ先生の手を引くがちょっと進んでは「あっ」と足を止める。
その度に俺は手を打ってイルカ先生を宥めたが、――5回目で我慢の限界が来た。

「イルカ先生は里のことしか頭にないんですか!これから旅行に行こうというのに。どうやら楽しみにしてたのはオレだけみたいですね」

不機嫌に繋いでいた手を払うと、はっとオレを見上げたイルカ先生がおろおろしだした。

「す、すいません!カカシさん、俺そんなつもりじゃなくって・・、あの・・、ごめんなさい・・っ」
「・・・・・・・」
「・・カカシさん」

オレを見上げたイルカ先生の目の淵に涙が溜まった。

「・・・怒ったんですか?」

ぎゅっと袖を掴まれる。

「・・・・カカシさん・・っ」

ふっ。

込み上げる笑いに口元をイルカ先生から隠した。

ちょろい。
ちょろすぎる、オレ。

必死なイルカ先生に、あっという間に怒りがどっかに消えてしまった。
それどころか健気な視線を向けられて上機嫌になる。

「・・怒ってなーいよ。せっかくの旅行なんだから、里のことは忘れて楽しみまショ?」

優しく頬を撫ぜるとイルカ先生は目をウルウルさせたまま頷いた。

アメと鞭。

「行こ?」

手の平を向けるとイルカ先生が手を乗せた。
ぎゅっと繋いで安心させる。
ちょっぴり泣きの入った笑顔を向けるイルカ先生に言い過ぎたかなと少し反省する。
ホントはアメばっかりあげたいのに。
いつもの笑顔が戻るようにいろんな話をした。 が、イルカ先生に笑顔が戻ってほっとした頃、

「あっ、カカシさん俺ね――」

ピキッ。

何かがキレる音がした。

「な、なに!?わっ!わーっ!」

問答無用でイルカ先生を肩に担ぐと走り出す。

こうなったらイルカ先生が簡単に帰れないところまで里から離れてやる。




* * *




「起きて、イルカ先生」

背中を揺すると、閉じていたイルカ先生の瞳がうっすら開いた。
まだ眠たい瞼をこしこし擦りながら辺りを見て、はっとしたイルカ先生の顔がみるみる赤くなった。

「す、すみません!俺、いつのまにか寝ちゃって・・!重かったですよね」

あせあせと背中から降りようとするイルカ先生がおっこちないようにゆっくり降ろす。
足を着いた瞬間のよろめき具合に眠りのほどが窺えて、こそばゆくなった。

「いーよ。勝手に背負ったのオレだし。――オレの背中は気持ちよかった?」

悪戯心を起こして小首を傾げて見せれば、イルカ先生は黙ったままますます赤くなる。

そう、気持ちよかったの。

その表情を見れただけで、壊れ物のように大切に運んできた甲斐があった。
突然担がれて暴れるイルカ先生に耳を貸さず、やがて諦めて大人しくなったイルカ先生がうとうとするのに時間は掛からなかった。
瞼の落ちたイルカ先生を肩から背中に担ぎなおして、眠るイルカ先生に庇護欲を掻き立てられ、起こさないようにそうっと運んだ。
結果は爆睡。
満足感と誇らしさに満たされながら、音のする方へとイルカ先生の手を引いた。

「もうこんなところまで・・」

空を見上げて呟くイルカ先生に更に満足する。

「早く着いたから、少し遊んで行こ?」

木立の間を抜けて開けた視界の眩しさに目を細める。
水面に反射する光とせせらぎに、今度はイルカ先生がオレの手を引いた。

「・・わあ・・!」

嬉しくってたまらないって顔で河原を歩き、木陰になったところに荷物を降ろすと早速サンダルを脱いで脚絆を解いた。
膝丈しかない水面をバシャバシャと歩き、手を伸ばして両手を水に浸ける。
気持ち良さそうな顔に本当は泳ぎたいんだろうなと思う。
イルカ先生って水が好きだ。
温泉でもプールでも、水に浸かってる時が一番開放された顔をする。

戻ってきたイルカ先生に脚絆を解かれ、足を水に浸して並んで座るとイルカ先生がリュックを引き寄せた。
中からビニールの袋を取り出す。
ガサゴソ袋を広げて保冷剤を除けると中から出てきたのは折に入ったワラビ餅が二箱。
透明の蓋を開くときな粉をふりかけ、はいと手渡してくれた。

「途中で食べようと思って買ってきたんです」

自分の分も準備しながら嬉しそうに言う。

――なんだ、イルカ先生も楽しみにしててくれたんだ。

ほっこりと嬉しくなりながらワラビ餅を口に運んだ。

「冷たくておいし」

もちもちと口を動かすイルカ先生の言うとおり、ひんやりとした冷たさ口の中に広がる。
心のどこかで、もしかしたらイルカ先生旅行に来たくなかったんじゃないかと心配していた部分が、口の中で溶ける砂糖の甘さと一緒に消えていく。
食べ終わると容器を片付け、イルカ先生の口に付いたきな粉を払ってあげた。

「ん」

子供いみたいにされて恥ずかしいのか、少し唇を尖らせたイルカ先生の唇を舐める。

「ん!」
「こっち方が早い・・」

尤もらしい事を言ってイルカ先生の顔を押えると綺麗にするフリをしながら唇を重ねた。

これから先はずっと、優しくだけしよう。








text top
top