夕星 14
背負われて帰ってきたイルカ先生に出迎えてくれた宿の人が慌てたが、「酔いつぶれた」と言うと一足先に部屋へ行って布団を用意してくれた。
部屋に戻ると入れ替わりに出て行く仲居さんが薬を用意しようと言ってくれたが丁寧に断って、また明日と挨拶をした。
もう寝かせ方がいいかなと布団部屋に行ってイルカ先生を降ろそうとすると、きゅっと背中にしがみ付く。
「イルカセンセ?」
「・・お風呂」
「ああ・・」
汗を掻いたままで布団に入るのが嫌なのかと、そのまま部屋に付いてる方の風呂に向かった。
脱衣所で背中から下りたイルカ先生の浴衣を脱がして風呂に入れる。
掛け湯する音に急いで浴衣を脱ぐとイルカ先生を追いかけた。
風呂に入るとイスに座ったイルカ先生が何度も足に湯を掛けては擦っている。
こびり付いた白濁を落としているのだと知って、イルカ先生の脇に手を入れると立たせようとした。
「・・イルカセンセ、体が冷えちゃうよ」
「まだ足が・・・」
つま先を見るのに、ああと思う。
下駄を履いて足の裏が土に汚れていた。
石鹸をとってイルカ先生の足の裏を擦って汚れを落とす。
なんだか責められているような気がして気持ちが沈んだ。
こびり付いた白濁も、必要以上に汚れた足も、全部オレのせいだ。
これでいい?と抱き上げると今度は抵抗せずに湯船に沈んだ。
素早く自分の足も洗うと、イルカ先生の背中を押してその後ろを陣取る。
湯船から大量のお湯が溢れ出て、イルカ先生を抱えるように座って腰を落ち着かせると、イルカ先生の腹に手を回した。
大人しくイルカ先生がもたれ掛かってくる。
熱い湯に体を浸して、ふうっと溜息を吐いた。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
何も言わないイルカ先生に思考が忙しなく働く。
怒らせちゃったのかなとか嫌だったのかなとか、強引に事を進めたくせに終わった後に考えることは随分弱気だった。
でも、イルカ先生が嫌がったのは『場所』であって『オレ』じゃない。
本気の『駄目』ならオレだってしなかった。
イルカ先生は今、何を考えているのだろう・・?
雫に濡れた横顔を覗き込む。
だけど静かに瞳を閉じたイルカ先生からは何も窺えなくて、立ち上る湯気を追いかけて天井を見上げた。
ぶぉーんとドライヤ−でイルカ先生の濡れた髪を乾かした。
布団の上に足を伸ばしてぺたんと座るイルカ先生は妙に幼く見える。
髪に指を通すたび、イルカ先生の頭が小さく揺れて長い髪が揺らいだ。
俯いた表情は窺えない。
「はい、おーしまい」
立ち上がり、ドライヤーを洗面台へ戻しに行こうとすると、下から袖を引かれる。
「カカシさんも・・」
「してくれるの?」
見上げたイルカ先生の表情が柔らかくて、ほっと肩から力が抜けた。
伸ばしたイルカ先生の足の上に座ると頭を差し出す。
ドライヤーの熱が当てられくしゃくしゃっと髪をかき回されると、その手にイルカ先生の愛情を感じて更にほっとした。
ドライヤーを戻し月明かりだけにした部屋に戻ると、イルカ先生はまだ布団の上に座っていた。
「イルカセンセ、もう寝ましょ。明日もいろいろ行くデショ?」
「・・はい。明日はお土産を買いに・・」
こくんと頷いたイルカ先生に近づくと、イルカ先生が両手を上げた。
珍しいなと思いつつ、その腕の中に納まると背中に腕が回り、オレも温かな体を抱きしめる。
「どうしたの?」
動かず、何も言わず、ただじっとしているイルカ先生にただ甘えたいのかなと思う。
何もせず、からころと遠くで流れる水音に耳を澄まして抱き合っていると、背中に回っていたイルカ先生の腕が締まった。
ぎゅっと抱かれ、イルカ先生との間に隙間が無くなる。
「・・・・・イルカセンセ、優しくするから抱いてい?」
相変わらず返事は無かったが、イルカ先生をそっと布団の上に倒した。
仰向けに寝そべったイルカ先生は酷く無防備にその体を晒す。
布団の上に広がった髪やすっと伸びた首筋。
合わさった浴衣から覗く胸元や乱れた裾。
腰に結んだ帯だけがきちんとしていて、そのアンバランスさにオレは簡単に欲情した。
手を掛けて帯を解く。
浴衣を左右に開いて現れた肢体に下肢が熱を持った。
さっき不発だったからとか関係ない。
パンツを下ろして現れたイルカ先生は寝そべっていたけど、それすらも興奮する材料となって、オレは自分の浴衣を脱いだ。
「いいの?イルカセンセ」
四つん這いになってイルカ先生の顔を覗く。
「・・・・・・・・・」
目を伏せたイルカ先生は横を向いていて、やっぱりイヤって言ってないから首筋に顔をうずめた。
「あふっ・・んっ・・・ぅ・・っ」
秘めた溜息が部屋の温度を上げた。
潜入させた腰をゆっくり動かして、イルカ先生の中を行き来する。
体の下で突き上げに合わせて上下する胸や呼吸に、いっそう熱を滾らせてイルカ先生を掻きまわした。
はあ、はあと苦しげな呼吸に泣き声のような声が混じり始める。
イルカ先生の意識が白濁して快楽に飲み込まれている証拠だった。
まだ終わりにしたくなくて思考に沈む。
繋がっていたかった。
シたいというより、シていたい。
快楽が欲しく無いと言えば嘘になるが、それ以上にこの肌に触れていたい。
薄っすら汗を掻いた肌に肌を重ねて唇で触れ、匂いを吸い込む。
繋がりながらそうすると、体が溶けてイルカ先生と一つになれた気がした。
この感覚は他の誰かでは得られないし、――もう、イルカ先生以外の誰ともこんなことをしたくなかった。
イルカ先生といた3年間はオレを変えた。
イルカ先生だけがオレの唯一で、空気より近く、体を流れる血液のようにイルカ先生はオレの中に居た。
大切で、大切で、指一本、髪の毛一本、細胞の一欠けらになったってイルカ先生を守りたい。
イルカ先生はただ守られるのは嫌うけど、そう思う気持ちがオレを強くするのを知っているから何も言わない。
オレはイルカ先生のために強くあり続ける――。
イルカ先生の手が腕に触れた。
「ん・・?」
思考の淵から呼び戻されて視線を向けると、イルカ先生が熱に溶けた瞳で顔を横に振った。
そろそろ限界らしい。
・・でももうちょっと頑張れるかな・・?
イルカ先生の顔の横に両手を突いて覗き込む。
角度が変わって、イルカ先生が切なく眉を寄せた。
・・色っぽい顔。
手を添えて頬に口吻ける。
こんな時、イルカ先生が欲しがるのは唇への愛撫。
繋がって得られる快楽を前に、耳や胸への愛撫はもどかしいだけでお気に召さないのを知っていた。
唇を重ねて啄ばむようにするとイルカ先生の唇が開き、甘えるように背中に手を回した。
腕に力を入れられて胸がくっつく。
忙しない呼吸をすぐ耳の横で聞かされて、股間がどくんと鼓動した。
「アッ!」
「・・っ」
まったく、キスを楽しむ余裕もない。
手を伸ばしてイルカ先生の足を抱え上げると、浮かせた腰に向かって楔を鋭く打ち込んだ。
「ああっ、あっ、あっ」
体の下でイルカ先生の体が硬直する。
筋肉の引き攣りを感じてますます動きを早めた。
腹の間でぬるぬるになったイルカ先生の性器がくちゃくちゃ音を立てる。
「あ、あ、・・イクっ、あ・・っ」
背中にちりっと痛みが走った。
仰け反ったイルカ先生が痙攣する。
「あ、あっ、あぁーっ」
イルカ先生の足がぴんと張って、腹の間がどくどくと波打った。
それに合わせて熱を開放すると、次第にイルカ先生の体が弛緩していった。
強張っていた体から力が抜けて、だらんと手足を投げ出す。
瞼が重そうに瞬いて、潤んだ瞳がオレを見ていた。
「・・寝ていーよ」
蕩けた頬を撫ぜてやる。
ふわりと笑ったイルカ先生に心を満たされ、ゆっくり眠りに落ちていくイルカ先生の顔を眺めた。
完全に眠りに落ちたのを見て、そうっと引き抜いて体を離す。
ずっちゃ、と音を立てて出てきたものに、慌ててイルカ先生を窺うが起きる様子はなかった。
簡単に体を清めて、濡れたタオルでイルカ先生も綺麗にすると、隣に寝転んだ。
すぅすぅとイルカ先生が寝息を立てる。
総じて、今日はとてもいい日だった。
明日もいい日にしよう。