夕星 12



本殿の影にイルカ先生を呼んで、買ったばかりの髪紐をイルカ先生の髪に結んだ。
深緑色のそれは闇の中では黒にしか見えなかったけど、喜びを内に秘めたイルカ先生の顔を見て得意な気持ちになった。

「ん、出来たよ」
「ありがとうございます」

見えない頭上を気にしてイルカ先生が上を見る。

――可愛いヨ。

その嬉しそうな目元にちゅっと口吻けると、イルカ先生の腕を引いて石畳の上に戻った。

「わっ、カカシさん・・っ」
「イカ焼きも食べるんデショ?」
「・・はい!」

嬉しそうにするイルカ先生に楽しくなる。
お祭りが楽しいということが分かってきた。
こんなことなら何度だって経験したい。
どこだろうね、と探しながら境内の中を回る。
とうもろこし、つぼ焼き、甘栗、と屋台が並ぶ。
それから、おもちゃとくじ引きの屋台が並んで、

「あっ、カカシさん、あれ・・」

ふいにイルカ先生が足を止めて店先に寄った。

「なぁに?」
「どんぐりアメ。子供たちのお土産に・・」

ザルと小さなトングを手に取ると手馴れた手つきでアメを選ぶ。
ざらざらの砂糖をまぶしたアメは大粒で、イルカ先生は水色やピンクに黄緑、それから手まりみたいな柄のと、色とりどりのアメであっという間にザルをいっぱいにした。

「おじさん、これ下さい」
「あいよ」

小さな透明な袋に小分けされてアメが詰められるのをイルカ先生が上機嫌で眺めている。

「お兄ちゃん、いっぱい買ってくれたからサービス!好きなの食べていいよっ」
「えっ、ほんとですか!?」

ぱあっと輝いた顔に小さく口を尖らせる。

・・なんだかさっきより嬉しそうな顔してない?

きょろきょろ屋台を見渡してからイルカ先生が水色と白の混じったアメに手を伸ばした。

「お兄ちゃんもどうぞ」

向けられた視線に戸惑う。

えっ、オレ!?

「いや、オレは・・」
「遠慮しないでいいよ」

人の良さそうな笑みに、断りきれずに並んだアメを見渡した。
が、どれを選んでいいのやら。
甘いものは苦手だし、ごろごろとしたアメの味の想像が付かない。
なるべく甘くなさそうなのを、と見ていると横からイルカ先生の手が伸びて指差した。

「カカシさん、これおいしいですよ、コーヒー味」
「これ?」
「はい」

右頬をぽこりと膨らませてイルカ先生が笑う。
手の平を向けると、イルカ先生の取ってくれた茶色と白のアメがころんと乗った。

「まいどありー!」

威勢の良い声を背に人の流れに戻る。

「おいしいですか?」
「うん、おいしいよ」

普段なら口にすることのない大きなアメを舌の上で転がす。
甘さの中にもほのかに広がるコーヒーの苦味に、イルカ先生がオレでも食べれるのを選んでくれた事を知る。
イルカ先生の心遣いが嬉しい。

それから目当てのイカ焼きを食べ、カキ氷を食べて、焼き鳥を食べた。
どれも一人前を半分こしたから大した量ではないが、晩御飯を食べた後で腹が張る。
食べる方には満足して、そろそろ花火を見る場所を確保しようとイルカ先生を見ると、いつの間に購入したのかフランクフルトを頬張っていた。

「・・っ!イルカ先生!」
「はひ?あっ・・!」

唇の間に差し込まれていた肉塊を没収すると、イルカ先生が慌てた様子で奪われたフランクフルトに手を伸ばした。

「それはまだ――」
「これはダメ!」

通りかかった犬に差し出すと、犬が嬉しそうに咥えて走り出す。

「あっ、俺の!」

未練たらしく走り去る犬の後ろ姿を見ているイルカ先生を、めっと叱った。

「人前であんなの食べたらダメです!・・ったく、いやらしい・・」

油断も隙もないとゴチると、イルカ先生の唇がむうっと尖った。

「いやらしいってなんですか!まだ一口しか食べてなかったのに・・!あんなのでいやらしいこと想像するカカシさんがいやらしいんです」
「イルカ先生、あなたも男ならあんなの口にしたら男が何を想像するかわかってもいいじゃないですか」
「おっ、俺は男だから、俺がフランクフルト食べたって誰もそんな想像しませんよ!・・カカシさんぐらいですっ」
「ふぅーん。あ、そう。でも唇ベタベタにして、イルカ先生の場合すっごくやらしいんですけど。この唇で、誰のしゃぶるの・・?」

油に濡れた唇を親指の腹でなぞると、ごくりと隣で生唾を飲む音が聞こえた。
は?と顔を向けると、腕に女をぶら下げた男が熱心にイルカ先生の唇を見ている。
それに気付いたイルカ先生がわなわな震えだして、唇を弄っていたオレの手を叩いた。

「カカシさんの馬鹿!」

背を向けて足早に去っているイルカ先生を追いかける。
イルカ先生の唇を見ていた男の記憶は殺気と共にきっちり消してやった。

「待って、イルカ先生。待って」

肩を怒らせて歩くイルカ先生の帯を掴んで引き止める。
それでも止まらずムキになって前に進もうとするイルカ先生の腕を掴んで近くの木陰に連れ込んだ。

「ほらね、わかったデショ?」
「知りません!カカシさんなんか・・っ、カカシさんなんか・・!」

ぎゅうと目を閉じて痛みを耐える様子にあれれ?と思う。
そこまで苛めるつもりはなかったのだけど。

「・・ゴメンね。言い過ぎました」

頭を撫ぜようとすると手を払われた。

「カカシさんは分かってない!俺は・・誰のも・・しゃぶったりしません・・っ」

最後は泣きそうな声で言うと目元を拭った。

・・怒りの原因はそこか。

当たり前のことすぎて溜息が出る。

「分かってます。オレが言ってるのは、自分で想像するときに置き換えてスル、ってこと。オレは想像でもイヤなの。だから人前でああいうのは食べて欲しくない。分かった?」
「・・・・・・・・」

理解できたのは止まった涙で分かった。
なのに、意地っ張りなイルカ先生は頷かない。

「・・おうちでたっだらいーよ?」

譲歩するとようやくイルカ先生が頷いた。
ほんと手が掛かる。
けど可愛い。
持ち帰りようのフランクフルトを買いながら、違うものを頬張らせる想像をしたのはここだけの話。



どどーんと夜空に打ちあがる花火を見上げた。
いい場所を探しているうちに花火が始まり、結局人の中で立ち尽くす。
夜空に開いた大輪の花火にイルカ先生が歓声を上げた。

「わあっ、綺麗ですね・・!」

こちらを見たのは一瞬で、つぎつぎと上がる花火に視線を戻す。
オレには夜空に上がる花火よりも、花火が上がるたびに輝くイルカ先生の表情を見ている方が楽しかった。
パラパラと音を立てて開いた光がイルカ先生の顔の上に落ちる。

「キレイ・・」

ほうっと溜息を突く姿に、イルカ先生の手を握りたくなった。
ぎゅうと抱きしめて、一緒に夜空を見上げたい。
それがダメなら、少しでいいからイルカ先生のどこかに触れていたかった。

どこか――。

指ぐらいならいいだろうか・?

「・・ゆう君ったらヤダっ」

ふいに聞こえた声に視線を向けると、カップルがいちゃいちゃしていた。
イヤだと言いながら嫌がってないのは明白で、自分の体に絡もうとする男の腕をあしらっている。

ウザ・・ッ!

苛立ちが芽生えて視線を逸らすが、夜ということと花火というシチュエーションに酔っているのか二人の行動は収まることを知らない。
男が女の腰を引き寄せると、顔を見合わせた二人が唇を重ねた。
その上で、どどーんと一際大きな花火が上がった。
わあっと歓声が上がり、周囲は誰も二人に気付かない。
イルカ先生を見ると清らかな瞳で夜空を見上げていた。
一瞬こっちを見たイルカ先生の唇が動き、聞きなおす間もなく次に上がった花火がイルカ先生の関心を攫う。

――それがオレとイルカ先生の距離。

声さえ届かないことに勝手な苛立ちが募る。
何にも知らないイルカ先生の瞳の上を光が流れた。








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