夕星 11



カラン、コロンと下駄を鳴らして並んで歩いた。
陽はすっかり落ちて辺りは暗く、街灯や店の明かりが夜道を照らした。
周りには同じように浴衣を着た人たちが西の神社へと向かう。
その中でも、はなだ色の浴衣を着たイルカ先生は一際可愛かった。
いつも通りに括った髪も、浴衣から襟から覗く項が色っぽい。
ふわふわ揺れる柔らかそうな産毛に指を絡めたくてうずうずした。

「カカシさん、たこ焼き食べましょうね。それから焼きソバと、イカ焼きも・・」

食べ物の名前を挙げながら指を折るイルカ先生に胸の内で苦笑する。
浴衣を着て花火だなんてこの上なくロマンティックなシーンだと言うのに、イルカ先生の頭の中は色気よりも食い気が勝って、隣で発情しているオレに気付きもしない。
こんなことなら中途半端なことなんてしなければ良かった。
さっきの罰でイルカ先生を煽るつもりが自分の方がより煽られて、身の内で燻る熱に体を焼かれる。
おまけにイルカ先生はといえば、オレに放り出されてしょぼんとしたくせに、晩御飯が目の前に並ぶとけろりとして、嬉しそうな顔で料理を平らげた。
屋台を気にしてたくせに、手加減なしで。
浴衣を着せたときにぽこりと膨らんだお腹を思い出す。

・・帰ったら特訓だ!!
色気がダメなら違う方面でいぢめてやる。

オレの思惑を知らないイルカ先生がうちわをぱたぱた仰ぎながらこっちを見上げた。

・・・かわいいなぁ。

満面の笑みで隣を歩くイルカ先生に無理にでも張り詰めようとしていた気持ちがだらりと緩んで、ほとほと思い知らされた。

惚れてる方が負け。

無邪気なイルカ先生は最強。
その笑顔を曇らせたくなくて、最終的にはどんなことも許してしまう。

・・ずっこいなぁ、イルカ先生は。

オレばかりでなく、オレも同じようにイルカ先生から想われたい。



砂糖の甘く焦げる香ばしい匂いが辺りに漂い始めて、遠くに神社が見えた。
たくさんの人と神社から溢れるように屋台が並んでいる。
色とりどりの提灯が揺れていた。

「カカシさん、早く行きましょう」

カラ、コロとイルカ先生が足を速める。

「慌てたら危ないよ。それより足痛くなってない?鼻緒のとこ、大丈夫?」
「もぉ・・っ、カカシさん!」

悠長なオレにイルカ先生が焦れた。
イルカ先生の興奮が、オレには分からなかった。
たぶん祭りで楽しい経験がないから。
それでもイルカ先生に合わせて楽しいフリをする。
オレが楽しくなさそうにするとイルカ先生も楽しくなくなるから。
早く行きたそうなイルカ先生に合わせて歩調を速くすると、イルカ先生が思わずといった風にオレの袖を引いた。
それからはっと手を離す。
恥かしそうに手を引っ込めて、周囲を気にして俯いた。

ああ、手が繋ぎたいね。

周りに人がいなければ、もっと暗ければ。
人の目を気にする恋にじれったくなる。

「イルカセンセ、行こ?」

歩みの遅くなったイルカ先生の背後に手を回した。
そのまま背中を押すと、俯いたイルカ先生が耳まで赤くなった。

これぐらいいいよね。
別に腰に手を回したわけじゃなし。

イルカ先生もそう思ってくれたのか、背中に触れたままのオレの手は言及しない。
このぐらいのスキンシップなら男同志でも有り得るし、それに――。

旅の恥は掻き捨てっていうよ、イルカ先生?

どうせ知り合いがいるわけじゃなし、もう思うまま振舞ってやろうか。
赤くなった顔を手にしたうちわでぱたぱた扇いで冷ますイルカ先生を見ながら思い悩んでいると、オレたちを追い越していった二人連れがちらちら振り返った。
女たちの好奇の視線が気に触る。

オレがイルカ先生に構いたいんだよ、文句ある??

睨み付けると、きゃっと声を上げ逃げていった。
頬を染めていったのが気に掛かる。

・・なんだ、あれ・・。

首を傾げると、今度ははっきりとイルカ先生が袖を引いた。

「・・・女の人に色目使うのやめてください」

目を潤ませ、口を尖らせたイルカ先生の横顔に「は?」と声を上げる。

「なに言ってるの?そんなことしてないデショ?」

またさっきの繰り返しをするのかとイラだった。
何度言えば分かるのか。
もう、「だって」とか言い出しても許さない。
本気の怒気を含ませるとイルカ先生の瞳に涙が盛り上がった。

「だって・・!今日のカカシさん、カッコいいんですもん!口布だってしてないし、顔も隠れてないから、みんなが見てく・・」
「は?」

ヤバい。

ダメだダメだと思うのに、勝手口元が緩んでいく。
それを手で隠しながら、この人はと頭を抱えたくなった。

こんなところでそんな事を言いますか。

拗ねた横顔も溢れそうな涙も全部、嫉妬から来ているのか。
バカな心配をしているイルカ先生が愛しい。
それにしても・・。

「イルカせーんせ。女の人なんか見てなーいよ。さっきのはこっち見てるのがうっとおしいから追い払っただけ。オレはイルカ先生にしか興味ないよ?」
「・・・・・・ホントですか?」
「ウン、ホント」
「・・・ならいいです」
「ん」

こしこしと頭を撫ぜて、俯いた顔を覗き込む。
周りの視線は感じたが、もういいかと目元に口吻けると溜まった涙を吸い上げた。

「カ、カカシさんっ」
「心配なら、ずっとオレのそばに居て。見張ってて」
「そんな・・、見張るだなんて・・、あっ」

もごもご口ごもるイルカ先生に笑い、手首を引いて歩き出す。
一瞬手を引っ込めかけたイルカ先生は、それでもオレが強く握ると諦めたのか大人しく歩き出した。
・・それにしても。

「ねぇ、イルカセンセ、今日のオレってカッコイイの?」
「しっ、知りません!」
「イルカ先生の好み?」
「〜〜っ!」

久しぶりに聞いた褒め言葉に黙っていられなくて聞くと、言葉に窮したイルカ先生がこれ以上ないくらい赤くなって俯いた。
何も言わなくても、手首を掴んだ手の平が熱くなって、言葉よりも雄弁にイルカ先生の気持ちを教えてくれた。



境内に入るといっそう香ばしい匂いと人の喧騒に包まれた。
石畳の両脇に出店が並び、前を通る人たちに威勢の良い声が掛かる。
神社は祭りの場所を提供しただけなのか、本殿の扉は閉まり、明かりも落ちていた。
ぶらぶら歩いて、目当ての屋台を探す。

「あ、あった」
「待ってるから行っておいで」

手を離すと、イルカ先生がこくんと頷いてたこ焼き屋の前に並んだ。
時間が掛かるのか、待っている間に隣の焼きソバ屋でも注文している。
石畳の道から逸れて、木に持たれてイルカ先生が戻ってくるのを待った。
辺りを見渡せば、屋台の前で並ぶ人たちや、金魚すくいの前でしゃがむ親子、そして水風船を持って走り回る子供たちがいる。
その光景を、遠く眺めた。
親の手伝いなのか肩から提げた箱にアメやおもちゃを詰めて、通りを歩く大人の袖を引く子供たちもいた。
断られてもまた次の袖を引く。
一人一人声を掛けても、オレに声を掛けてくる者はいなかった。
視線を向けても怯えたように去っていく。
何もしないけど、まあ、自分が子供からどのように見えるのか想像が付く。
それ以前に、大人だってそう易々と声を掛けては来ない。

ま、静かでいいケド。

視線を戻すと、くるくると鉄板の上でひっくり返されるたこ焼きをじっと見ているイルカ先生がいる。
その手には白いビニール袋があって、――ふと顔を上げるとオレを振り返った。
時間が掛かってるのを気にしているのか、オレが居なくなってないか心配しているのか、心細そうな顔をする。
大丈夫だよ、ここにいるよと手を振れば、ほっとした笑顔を浮かべて、またたこ焼きに見入った。
そんな様子にくすりと笑って腕を組むと、誰かが袖を引く。
引かれた方を向けば、小さな女の子が箱の中を見せるように捧げ持っていた。

「・・これ、買って・・。お土産・・」
「えっ」

驚きながらも、オレに声を掛けてきた勇気に免じて箱の中を見た。
だけど残念なことに箱の中は女物のアクセサリーが並んでいた。

「うーん・・」
「これ・・」

小さな指が手にした指輪に首を振った。
石の付いた指輪、――イルカ先生はこんなのしない。
だけど箱の中に髪紐があるのに気付いて、そっちに手を伸ばした。
出来れば何か買ってやりたい。
色とりどりの紐の中からイルカ先生に似合いそうなのを捜す。

「これは・・?」

女の子が差し出した赤い紐に首を振った。

――オレの愛しい人はね、派手な色つけないの。

イルカ先生が使うなら、もっと深い色。
例えば、そう・・、こんな緑――。

「コレちょうだい」

深緑と紺、それからいつも使ってる黒の3本を束の中から引き抜くと小さな手に渡した。
小袋に詰めらるそれを見ていると、横からずいっと子供の手が伸びた。
手に髪紐が握られている。

「これも・・っ」

様子からすると兄弟だろうか?

「ん、今買ったよ?」
「じゃあ、こっち!」

細いブレスレットを差し出されて首を振った。

それはつけない。

断ろうとすると、つぎつぎと手が伸びてきた。
いつの間にか子供たちに囲まれて、これも、これもと手にした品を差し出される。

「わっ、なに・・?」

驚いていると、子供たちの向こうにたこ焼きを手にしたイルカ先生が微笑みながらこっちを見ていた。

「ありがとね」

素早く代金を払って髪紐を受け取ると、子供たちの輪を後にした。

「カカシさん、人気者でしたね」
「はは・・・、慣れてるのかな」

あんまり囲まれることないんだけど、と苦笑していると手にしていたビニール袋を渡された。
イルカ先生のオレを見る目が何故か優しい。

「カカシさんはこっち。たこ焼きはまだ熱いから、そっち食べててくださいね」
「ウン、アリガト」

どうしたんだろ?と思いながらも袋から焼きそばを出して、箸を割ると頬張った。

「ん、ウマイ」

外で食べるせいか、イルカ先生といるせいか、なんでもない焼きそばがやたら旨く感じる。
イルカ先生を見れば、はふはふと口を動かしながら、たこ焼きを食べていた。

「・・あつっ、・・んまっ!」

熱そうにしながら旨そうに食べるイルカ先生に、たこ焼きが食べたくなる。

「イルカ先生、それおいしいの?」
「はい!カカシさんも食べますか?」

食べますか?と言われて、いかにも熱そうなそれに躊躇していると、イルカ先生がたこ焼きに楊枝を入れた。
縦に二つに割って覗いた蛸から湯気が上がる。
それにふぅ、ふぅと息を吹きかけると、楊枝で一刺しにしてオレの口元に持ってきた。

「はい」

え、いいの?

自ら「あーん」してくれるイルカ先生に思わず頬が熱くなる。
照れながら口を開けてたこ焼きを頬張ると、ほくほく口を動かした。

「・・熱くないですか?」
「ウン、おいし」

そして幸せ。

「イルカ先生も焼きそば食べますか?」
「はい」

オレもイルカ先生に「あーん」してあげたかったのに、イルカ先生はたこ焼きの皿をオレに渡すと焼きそばの皿と箸を奪った。

「うーん、おいし」

一人でもしゃもしゃ食べるイルカ先生に心の中で涙を流す。

・・なんだ、さっきのは天然だったのね。

だったらもう一個ぐらいたこ焼きを強請っとくんだった。








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