夢見る頃を過ぎても 7
三「いらっしゃいませ!」
店に出たイルカは元気な声を上げた。人と接するのは好きだ。
和菓子屋や料亭に卸す砂糖は手代や小僧が店に出向いて注文を取ってきたが、町の人が使う砂糖は店先で商っていた。
店には黒砂糖にきび砂糖、粗目糖に氷砂糖と様々な砂糖があった。直接買い付けに来る菓子職人もいるので上白糖や和三盆など高級な砂糖も置いてあった。
イルカは砂糖を見るのが好きだ。この砂糖が美味しいお菓子や料理に変わるのかと思うとわくわくした。
また砂糖を手にした人のほっこりした顔を見るのも好きだ。砂糖はみんなを元気にしてくれる。
イルカは注文を受けた砂糖を少し多めに袋に詰めて渡した。
「ありがとうね、イルカちゃん。体の方はもう良いのかい?」
「はい。お陰様ですっかり」
子供の頃から店に顔を出していたから、砂糖を買いに来るお客さんはイルカをよく知っていた。中には自分の孫のように可愛がってくれる人もいる。
大店の跡取り息子だが威張ったところが無く、いつもニコニコしているイルカは近所の評判が良かった。
店の外まで見送って、中に戻って来ると昼だった。昼餉の支度をするからとクマノに言われて、自分の部屋のある奥座敷に向かった。
てくてく廊下を歩いていると、ふわりと白い袖が肩を包んだ。どこからともなく現れたカカシがイルカの肩に腕を巻き付けて極上の笑みを浮かべていた。
「イールカ。仕事終わったの?」
「まだです。お昼を食べに戻って来ました」
イルカは歩みを止めずに言った。べったりカカシにくっつかれていたが歩きにくいことはない。カカシは宙に浮いていたから、風に舞う凧のようにイルカについてきた。もっとも凧なら、こんなにくっついてないが。
カカシはイルカが一人になると現れた。逆に言えば、カカシはイルカが一人でないと現れない。イルカ以外に姿を見せなかった。
人が来るとすうっと消えてしまうカカシに、他の人にカカシの姿が見えるのか見えるのか聞いたことがある。するとカカシは「見える」と言った。でもすぐに、「見せてやらない」とも言った。
何故と聞いても答えてくれなかった。
妖は人に見られてはいけないのだろうか?
考えてみれば他の妖を見たことがない。そう言うものかと納得して、イルカは追求しなかった。
最初の頃はふわりと現れるカカシにビクリとしていたが、今では当たり前になってしまった。
むしろカカシの出現が待ち遠しい。
皆と食べていた昼食を自室で取るようになったのもそのせいだ。
言葉にはしていないが、イルカはカカシを好きになっていた。
カカシは少々強引な所があるが優しかった。イルカを大事にしてくれる。たくさん好きだと言ってくれた。
カカシの率直な愛情にイルカが逆上せるのはすぐだった。
部屋に入って障子を閉めると、カカシは畳に足を着いた。同時にするりと腰に腕が回る。
カカシはイルカに触れたがった。触れていない時が無いほど。
「イルカ…」
熱を持ったカカシの声が耳に吹き掛かり、背中からすっぽり体を包まれた。前に進もうとしても、今度はカカシがそうはさせなかった。唇が首筋に触れる。
敏感な所への刺激に体が跳ねて、イルカはかぁっと頬を染めた。
「カカシさん、あの…その…んっ」
ドキドキする心臓を持て余して言葉を紡ごうとすると唇が塞がれた。ぬるりと唇を割ってカカシの舌先が入ってくる。
口蓋を舐められて体が震えた。舌を絡め取られて、部屋の中にくちゅくちゅと水音が響いた。ぬるぬるした舌を擦り合わせると気持ち良い。
「あっ…はふっ…」
ぼわっと体が燃え上がるように熱くなり、頭の芯が痺れた。腰に熱が溜まって経っていられなくなる。
「…っ…あ…カカシさ…人が来ます…」
クマノが後で食事を持ってくると言っていた。こんな姿を見られたら大変だった。
するとカカシが奥へ続く襖を開けた。そこはイルカが寝室に使っている部屋だった。布団の上げ下げ以外では、めったに人が入って来ない。
パタと襖が閉まると、がくりとイルカの膝から力が抜けた。
イルカの体が崩れ落ちるのを予期していたようにカカシの腕が抱き止め畳の上に横たわらせる。首筋に顔を埋めたカカシの息を感じたが、その顔はすぐに下がっていった。
「あっ…待って…あっ…」
膝を掴んだ手が這い上がり着物の裾を割っていく。ひやりと腿に空気が触れ、俯くと己の陰茎が白い褌を押し上げているのが見えた。
カカシがそれを見ている。かあっと羞恥に頬を染めたが目を逸らせなかった。
カカシの手が白い布の下に潜り込み、赤い肉を外へ出す。それはすでに先走りを零して先端を濡らしていた。カカシの指が滴りそうになる液を塗り込めた。
「あ…あっ…」
いけないと思うのに、こうなっては後に引けなかった。この先に続く快楽を知っている。
「カカシ…っ」
名を呼ぶと心得たように手が上下に動き出した。カッと陰茎が張り詰める。熱を持った芯を擦られて、どっと砂糖を落とされたような甘さに包まれた。
「はっ…ひっ…はぁっ…」
すぐに人が来るのが分かっていたからイルカは必死で声を殺した。早く終わらせて平然としていなければならない。
だけどカカシはすぐにイカせるつもりは無いのか、強く刺激しなかった。それでも性に浅いイルカには深い快楽となった。トロトロと溢れる先走りは竿を伝い、カカシの手を濡らした。
「…っ…カカシ…さ…早く…っ」
強請るイルカをカカシは熱の籠もった目で見ていた。その時カカシが視線を外に逸らした。
ハッとして体を強ばらせた。イルカには何も聞こえなかったが、カカシは感覚が鋭くイルカより先に人の気配を察知した。
(クマノが…)
そう思った時、廊下を歩く足音が聞こえて来た。部屋の前で立ち止まる。
「ぼっちゃん、お昼をお持ちしました」
クマノの声にきゅーっと心臓が痛くなった。
(私はなにをして…)
昼間から着物を乱して股を晒している。こんな姿は絶対に人には見せられなかった。
「ぼっちゃん?」
「は、はいっ」
「入りますよ?」
止める前に障子の開く音がした。イルカは泣き喚きたい心境になった。隣の部屋ではクマノが膳の支度をしている。
「今日のお昼は、ぼっちゃんの好きなおぼろ豆腐をお持ちしましたよ」
「そ、そうかい。それは嬉しいね」
辛うじて返事をした。足を閉じて着物を整えたいが、間を陣取ったカカシは動こうとしなかった。
『カカシさん…っ』
声を潜めて注意をするが、カカシはどこ吹く風だった。それどころか、人の気配で止めていた手を再び動かそうとする。
『カカシさんっ』
イルカはカカシの袖を掴んで首を横に振った。止めて欲しい。だけどカカシはむぅっと唇を尖らせた。イルカが他に気を取られているのが気に食わないらしい。
ぎゅっと陰茎を握られる。張り詰めたソコへのきつい仕置きに顔を顰めると、カカシが股間へ顔を近づけた。薄い唇から真っ赤な舌が伸びて、イルカの昂ぶりをぺろりと舐めた。
「!」
吃驚して硬直した。すぐ隣に人がいるのにカカシは続けるつもりだ。
妖のカカシに人の理屈は通用しないのだろうか?
カカシは良い。消えてしまえば済むから。でもイルカはそうはいかない。クマノの前に濡れた股を晒さなければならないのだろうか。
『やめてくださいっ』
潜めた声で叱責したが、熱いカカシの口腔に包まれて閉口した。そうでもしなければ、喘ぎ声が漏れてしまいそうだった。
「…っ…ふっ…」
息遣いさえ聞こえてしまいそうで、イルカは必死に口を塞いだ。
だが根元までカカシに飲み込まれて、つま先が反り返った。カカシが頭を上下させると、じゅくじゅくと快楽が湧き上がり涙を零した。
気持ち良くて堪らない。
「ふぅっ…んくっ…」
ずちゅ、ぬちゃと濡れた音が辺りに響いた。
(あ…音が…)
いつ外のクマノに気付かれるだろうかと気が気でないが、カカシを止める事が出来ない。ふっ、ふっと息を細かに吐きながら、快楽に飲み込まれていく。しかし、
「ぼっちゃん? 早く食べないと冷めてしまいますよ?」
心配するクマノの声が襖の前に迫って、心臓が止まった。
「ぼっちゃん?」
(早く…返事しないと…!)
そう思っても快楽に舌が震えて声が出せなかった。気を緩めれば、すぐにでも喉から喘ぎ声が漏れそうだ。
(どうしよう…、もう駄目だ…)
今にも襖を開けられそうで、混乱しながら諦め掛けた時、
「すぐに行くよ。今は調べ物して手が離せないから…。ありがとう、クマノ」
イルカの声がカカシの唇から漏れた。有無を言わせない口調に、納得したクマノは「そうですか」と部屋を出て行った。足音が遠離っていく。
(こんなことも出来たのか…)
安心したイルカが体から力を抜くと、カカシは口の中から昂ぶりを出して舌を這わせた。付け根や袋まで舐めてくれる。
「ァ…あっ…はぁ…っ…あ…」
(早く追い上げて欲しい)
そう思ったイルカの声が届いたのか、カカシは先端を咥え直して根元を扱いた。口の中ではねろねろと舌が這い回っていた。
小穴を穿られながら激しく扱かれると一溜まりもなくて、カカシの口の中に精液を弾けさせた。それをカカシが躊躇なく飲み干す。
それを見ると、イルカの体にまた快楽の波が襲った。
快楽は深く長く、すべてが過ぎ去った時はすっかり下半身から力が抜けていた。
脱力している間にカカシはイルカを綺麗にして、萎えた性器を褌の中に戻した。着物の裾も整えて、何事も無かったような涼しげな顔でイルカの手を引いて体を起こさせた。
「イルカ、お腹空いてるよね? ご飯食べて」
この切り返しの早さにイルカはついていけなかった。
カカシは欲情しなかったのだろうか?
隣の部屋に連れて行かれながら、ついカカシの下半身の心配をしてしまうイルカだった。
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