夢見る頃を過ぎても 5




 シクシク痛む胸を抱えて一日過ごし、日が暮れると早々に布団に潜り込んだ。元気の無いイルカに周囲の者は体調が優れないからだと判断したが、そうではなかった。
(…カカシ…)
 もう一度考えて、頭を左右に振った。何度思い出そうとしても、過去に会った記憶はなかった。
 カカシの悲しげな顔が思い浮かぶ。懐に入れた温石を着物の上から撫でた。
 あの後何度温石をさすっても、カカシは現れなかった。
 温石は関係無かったのか。
 関係があるとしたら、どうして急に現れるようになったのか。
 ちゃんと話がしたかった。だけどカカシは現れない。
 悶々と考え込む内にいつしかウトウトすると、布団の中に人が入り込む気配がした。
(カカシだ…)
 はっと目を覚ますと体に腕が回った。
 またいやらしい事をされるのかと身を固くするが、カカシはイルカの首筋にすりっと額を擦りつけてきただけだった。
 物言わぬカカシに時間だけが過ぎて行く。
 イルカはホッと息を吐くと体から力を抜いた。振り向いて、視線を合わせようとすると腕が締まった。
「あっ」
 罠に掛かったねずみの気分だ。離れようと慌てて胸を押すと、カカシが哀しい顔をした。
「イルカはオレのことキライなの?」
 カカシがじっとイルカを見た。涙など浮かべてないのに、今にも溢れそうに見えるのはどうしてだろう。
 イルカはさっきまでの胸のシクシクを思い出した。酷い言葉は言いたくない。だが、
「…嫌いかどうかなんて、まだ分かりません。あなたのことを知らないのだから…」
 傷付けるかと思ったが正直に言うと、カカシはそっと瞼を伏せた。銀色の睫毛が瞳を隠す。カカシは髪だけでなく睫毛も銀色だった。
「カカシ…さんは幽霊なのですか?」
 カカシが年上に思えたので、さん付けで呼んだ。はっと見開いた瞳の色が深い。カカシはイルカよりたくさん物事を知っていそうだった。
「違うよ。オレは幽霊じゃない」
 そう言って伸びたカカシの手がイルカの胸を探った。
「わっ」
 すっかり安心していたイルカは、まだカカシがその気だったのかと泡を食うが、手はイルカの胸元から温石の入った袋を掴むとすっと抜けた。
「コレ」
 袋を解いて逆さにすると、中身が布団の上に転げ出た。
「オレはコレ」
 そう言ってカカシはツンツンと温石を突いた。
「妖(あやかし)って知ってる? 物も大切に使えば、百年もすれば魂が宿る。人の姿も取れるようになる。それが妖。つまりオレ」
(やっぱり)
 カカシは温石と繋がりがあったのだ。
「…妖怪ってことですか?」
「まあ、似たようなもんかな」
 黄表紙で見たことがあった。おどろおどろしい姿をした妖怪を。目の前のカカシとはまったく違う姿をしていた。
「怖い?」
「いいえ」
 即答したイルカにカカシはニッと笑った。だってカカシは黄表紙で見た妖怪よりずっと綺麗だ。
「温石はイルカの持ち物だから、オレはイルカの傍に居るの。オレはイルカのものなんだーよ」
 ドキッとする言葉を言って、カカシはイルカを抱き締めた。昼間の出来事は忘れてしまったのか、ちゅっと鼻筋に口吻ける。その唇がイルカの唇に降りてきて、触れる寸前、
「カ、カカシさんはどうして私にいやらしい事をするんですか?」
 かあっと顔を赤らめて聞くと、カカシは平然と言った。
「ちっともいやらしくなんてなーいよ。好きな人には触れていたいものデショ?」
 さも当然と唇が重なった。薄い唇がイルカの唇を挟み込み、甘く吸い上げる。じんと唇が痺れて体が震えた。
 どうしてカカシの口吻けは、こんなにも気持ちがいいのか。
 舌先に唇を割られて歯を開いた。舌が触れ合い、舌先を擽られる。
「…んっ…」
 くすぐったさに舌を引っ込めると、奥まで追い掛けられた。絡め取ろうとする舌に舌の根っこを舐められる。
「あ…っ」
 びりっと背筋が痺れた。初めて舌を絡めた時は気持ち悪いと思ったのに、もう気持ちの良い事に変わっていた。
 カカシはイルカが嫌がったのを忘れてしまったのか、着物の上から体を撫でさすってきた。さすがに我に返ってカカシの手を止めた。
「イルカ…?」
「私は…、カカシさんを好きかどうか分かりません」
 だから触らないで欲しい。
 やんわり待ったを掛けると、カカシは余裕の笑みを返した。
「スキになーるよ」
「な…っ、そんなこと、まだ分かりません…!」
「なる」
 なんの根拠があってそんな事を言うのか。
 反論はカカシの唇に塞がれた。さっきよりも激しく口吻けられて、息が絶え絶えになる。
「あっ…や…」
 止めようとしたが、体をぎゅっと強く抱き締められて力が抜けた。
 じっと見つめられて何も言えなくる。カカシの哀しい顔は見たくなかった。それに、本当に嫌なのかと自問すると、はっきり答えが出せなくなる。
(夢の中では嫌じゃなかった…)
 もちろんあれが夢だと分かっていたせいもあるが…。
「…夢…」
「ん?」
「昨日夢を見ました。あなたに抱かれる夢を…」
「夢だと思ってるの?」
 カカシがまるで可愛いものを見るような目でイルカを見た。カッと頬が火照る。あれは夢では無かったのか。
 混乱するイルカの耳元にカカシが唇を寄せた。
「なら、夢かどうか確かめてみて」
 見ている前で、カカシがイルカの帯を解いた。夢の光景と重なる。あの時は着物が勝手にはだけたが、今はカカシの手が袷を左右に開いた。イルカの肌が露わになる。
 白い褌が見えると、そこは息づくもので膨らんでいた。
「やっ…」
 思わず体を丸めて腹を隠すと、自由に体が動いた。
 夢の時とは違う。だがそのことになんの意味があるのだろう。
 今、カカシは己を抱こうとしているのに。
「ま、待って…!」
「待てない」
 カカシの答えは昨日と同じだった。背後からカカシの腕に抱き込まれて、ねろりと耳が熱いものに包まれた。
「ひぁっ」
 耳を舐められていた。くちゅくちゅと耳元で水音が弾ける。
「あっ…」
 カリと耳朶を甘噛みされて体が跳ねた。カカシの手が胸を這い回る。小さな突起を探り当てられて、きゅっと摘まれれば覚えのある刺激が体を駆け抜けた。
 そこは昨日散々弄られた。カカシの指と舌で。
「いやだ…」
 この先自分の体がどう変化するか気付いて、イルカは首を横に振った。
「ホントにイヤ?」
 頷いてカカシを止めようと手を重ねた。その手の下でカカシの指が動いた。イルカを感じさせようと指を細かに動かす。
「あっ…あっ…」
 手で感じた動きを乳首で体感して、イルカは甘い声を上げた。


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