夢見る頃を過ぎても 25






 目が覚めたらカカシがいた。銀色の髪が朝の光に透けて輝いていた。
「…カカシ」
 初めて素の状態で呼び捨てにして涙が溢れた。嬉しかった。傍にいてくれるのがこんなにも嬉しい。
 カカシの手を握ろうとして、自分の体の異変に気付いた。
 全身がねとねと、がびがびした。
 恐る恐る俯くと、胸に白濁がこびりついている」
「☆※▽■◇!」
 声なき声を上げて硬直した。
(せ、せ、せ、洗濯…!)
 ついにこの日がやって来てしまった。カカシと抱き合っていれば、いつかこんな日が来ると思っていたが、カカシが何とかしてくれると勝手に安心しきっていた。
 しかも体までこんなにべたべたでは風呂に入らなければならない。
 でももう朝で湯は冷えている。それにこんな時間に入ったら、皆に怪しまれるだろう。そうでなくてもミズキの一件で気が立っているのに――。
(そうだ、ミズキ!)
 迂闊にも、イルカはミズキのことをすっかり忘れていた。カカシに会えた喜びで、頭の中から消え去っていた。
 だけど今はこの現状とミズキのどっちを心配すれば良いのか。
 涙目になって狼狽えていると、眠い目を擦りながらカカシが体を起こした。
「どうしたの?」
 緊張感の無いカカシの声に泣きそうになる。
「カカシさんっ、着物と布団が…!」
 がびがびになっていると訴えると、カカシが可笑しそうに笑った。
「笑い事じゃ無いですよ。どうすれば良いんでしょう。こんなのが見つかったら…」
 あわあわ、あわあわ汚れた着物を捏ねていると、「貸して」とカカシが言った。
 どうするのかと見ていると、着物の襟を掴んでばっと広げる。カカシがバタバタと着物を振ると、着物から銀色の粒が舞い上がった。粒は空気の流れに乗って消えていく。
「はい」と手渡されて、見ると着物は綺麗になっていた。
「どうやったんですか?」
「んー、どうやったんだろ?」
 イルカが聞くとカカシも首を傾げた。自分でも良く分からないらしい。
「そういえば、昨日も縁側からこの部屋まで一瞬で来ましたよね? 私を抱いたまま…」
「あ、ホントだ。いつもやってるから気にならなかった。イルカが一緒でも出来るんだね」
 あははと笑って、やはり気にしていなかった。凄い事をしているのに、本人には自覚がないらしい。妖とはそう言うものなんだろうか?
「……」
 ふとある考えが浮かんだ。
「…カカシさん、ミズキを探せませんか? 居なくなったんです」
「ミズキ? ミズキって、あの金髪だよね」
 何故かカカシの機嫌が悪くなった。関心が無くなった様に自分の着物を振って綺麗にしている。
「カカシさん…、一緒にミズキを探して下さい。お願いします」
 必死に頼みすぎて目が潤んだ。すると苦虫を噛み潰したような顔をして、「ちょっと待って」と言った。ふっと母屋の方を見て、「何とかなると思う」と言った。
「見つかったんですか?」
「たぶん」
「昨日みたいに、ふわっと行けますか?」
「それは無理。歩いて行くしかないね」
 カカシの力加減が分からなかった。でも歩いて見つかるなら、早速行くしかない。
「カカシさん、今から行って来ます」
「えっ、行くの?」
「はい」
 だから地図を書いて貰おうとしたら、カカシもしぶしぶ立ち上がった。
「…一緒に来てくれるんですか?」
「当たり前デショ。その前に、ミズキの荷物から根付けを取ってきて。白い猫の根付けがあるから」
「白猫ですね。取ってきます!」
 急いで部屋を出て行きかけたが、足を止めて布団も綺麗にしてくれるように頼むのを忘れなかった。


 根付けとカカシの分の草履を取ってくると、イルカは裏口から外に出た。誰かに見つかれば、止められるか共を連れて行くように言われるからだ。
 ミズキを探してくると書き置きを残してきたが、昨日の今日でイルカまで居なくなったと知れたら騒ぎになるだろう。
 なるべく早く帰らなければならない。
 皆に心配を掛けると分かっていたが、先を歩くカカシについていきながら、イルカは嬉しくて仕方なかった。
 思わぬ形で願いが叶った。カカシと一緒に歩きたかった。
「カカシさん、草履は小さくないですか? 足は痛くないですか?」
 並ぶとカカシの方が背が高く、足も大きいようだった。財布を持ってきたので、何処かで草履屋を見かけたらカカシの草履を買いたいと思ったが、あいにく朝早すぎて、まだ店が開いてなかった。
「ん? 大丈夫だーよ。イルカ、楽しそうだね」
「す、すみません」
「どうして謝るの?」
「だって、わざわざついて来て貰ったのに浮かれて…。でも嬉しいです。カカシさんと一緒に歩いてみたかったから…」
 そう言うと、カカシが足を止めた。もう着いたのかと、吃驚して辺りを見回すが誰も居ない。すると、カカシがイルカの手を握って歩き出した。
「カ、カカシさん…?」
 呼び掛けてもカカシは返事しなかった。
 誰も見ていないが恥ずかしい。恥ずかしいが嬉しくて仕方なかった。かぁっと頬を染めると、数歩前を歩くカカシの耳も赤く染まっていた。
 すごく幸せだった。やはり自分にはカカシしかいないと思った。
「あの…、カカシさん。酷い事言ってすみませんでした。邪魔だなんて思っていません。ずっと私の傍に居て欲しいです」
 ぎゅうっと手を握って言った。許して欲しかったから。
「オレの方こそゴメンね。イルカの気持ち、全然分かって無かった」
 ぐいっと手を引かれて隣を歩いた。カカシを見上げると、笑いかけてくれた。それだけで全て上手くいきそうな気がした。


 カカシが連れてきてくれたのは川の畔にある船宿だった。
「ココに居ると思う」
 カカシが二階を見上げながら言った。
「じゃあ行ってきます」
「…ついていこうか?」
「いえ、大丈夫です」
 カカシが人前に出たくないのを知っていた。
「でも…」
 それ以上は言う必要がなかった。言わなくてもカカシは傍に居てくれる。カカシの手を離すと懐に手を当てた。そこにはちゃんと温石がある。
「行ってきます」
「ん」
 カカシがすぅっと消えると懐が温かくなった気がした。


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