夢見る頃を過ぎても 14





「イルカ、久しぶりに縁日に行かんか?」
 じい様に誘われたイルカは二つ返事で頷いた。縁日は好きだ。それにじい様に誘われたのも嬉しかった。
 じい様の期待を裏切って、落胆させたのでは無いかと思っていた。
「温かくしておいで」と言われて羽織を取りに自室に戻った。
 いつもと違う時間に戻ったイルカにカカシは目を丸くしたが、縁日に行って来ると言うと、「そう」と目を細めた。
「…カカシさんは何処かに出掛けたりしないのですか?」
 カカシと一緒に出掛けられたら楽しいだろうなと思って聞いた。
「行かないよ。イルカの傍にいるのが一番だもん」
「そうですか…」
 嬉しい言葉の筈なのに喜べない。
 自分でもどうしてしまったのだろうと思った。カカシの言葉に気持ちが沈んでしまう。
 心が贅沢になってしまったのだろうか?
 自分の望みと違う答えを出すカカシに寂しさが積もるばかりだ。
「いってらっしゃい。気を付けてね」
「…はい。行ってきます」
 笑顔を浮かべて部屋を出たイルカは、カカシが人であればと詮ないことを願った。


 榊神社の縁日は月に一度行われ、薬師如来を祭っていた。
 両親が生きていた頃は二人に連れられて参詣した。両親は幼いイルカが病気にならないよう祈ってくれたが、イルカは甘い匂いを漂わせる屋台に夢中だった。
 綿菓子やかりん糖にみたらし団子。甘い物が好きなイルカはせっせと食べては次を強請った。
 今思えば、両親の健康をもっと祈れば良かった。
 綿菓子で顔をべたべたにしたイルカを二人とも笑って見ていたが、もう顔は思い出せなかった。
 両親を亡くしてからは、じい様がイルカを縁日に連れて行った。親に連れられて来る子が羨ましくてべそを掻くイルカの手を引いてくれた。
 今では背を追い越してしまったが、じい様の傍にいると子供の気持ちに戻った。もう手を繋ぐことはないが、あの日のじいさまのかさかさした手を忘れない。きっと一生覚えているだろう。
 イルカとじい様はお参りを済ませると屋台を見て回った。
 最初に立ち寄ったのは甘酒屋だった。生姜の入った甘酒はとろりと甘く、冷えた体を温めた。
 それから竹串に餅を刺して黒蜜を塗ったあやめ団子を食べ、皆のお土産にういろうを買った。
 色鮮やかな風車が回るのを眺め、人垣の中から風に乗って流れてきたしゃぼん玉を目で追った。子供達の歓声が聞こえる。
 櫛や紅が並んでいるのを見た時に、カカシにもお土産を買って帰りたいと思った。
(なにが良いだろ…)
 そう思うと、屋台を覗くのにも熱が入った。
(煙管や根付けはどうだろう?)
 だけどカカシが煙草を吸うのを見たことが無い。根付けも出掛ける事が無いカカシには必要ないかもしれなかった。
(もっと良い物を…)
 そう辺りを見回して、草履が並んでいるのを見つけた。カカシが出掛けないと思ったばかりだが、これを贈ればイルカがカカシと出掛けたがっているのが伝わるのではないかと思った。
 それはとても良い案のように思えて、早速向かおうとするが、その前にじい様が羅宇屋の前で足を止めた。煙管を脂取りに出していた。
 時間が掛かるからその間に見てこようとするが、別の方角から声が掛かった。
「おやこれは、木の葉屋さんじゃないですか。若旦那もご一緒で」
 振り返ると、見知らぬ男が立っていた。男には連れがいて、年配の男とその娘らしき女がいた。
 男はいかにも商人風で、どこかで見たことがあると思っていると、じい様の知り合いらしく挨拶を交わしていた。
 イルカも挨拶をするが、どこで会った思い出せなかった。
 それが顔に出たのだろう。男が後の二人を紹介した。
「若旦那は初めてでしたかね? こちらは三河屋のご主人と娘さんのツミレお嬢様ですよ」
 あっ! と思った。先日断ったお見合いの相手ではないか。
(なぜここに…?)
 これが偶然とは思えなかった。その証拠にツミレは縁日に来るには相応しくないほど着飾っていた。
(どうして…?)
 じい様を振り返るが、じい様は何も言わない。
「木の葉屋さん、ちょうど良かった。砂糖の仕入れの件で少しお話があったのです」
 そう三河屋が言うと、見知らぬ男――恐らく仲人なのだろう――が、近くのそば屋に誘った。
「若旦那はお嬢様を案内差し上げて下さいませんか? こう人の多い縁日で、お一人では不安ですし」
 頼まれて、即座に断るほどイルカも無粋ではない。しぶしぶではあるが頷いて歩き出した。
 胸の内ではじい様への不信感が込み上げる。
(どうしてこんなやり方を…)
 お見合いは断ってくれたのではなかったのか。
(そう頼んだのに…)
「イルカさん、待って!」
 はっと振り返ると、ツミレが息を切らしてイルカの後について来ていた。白い頬を火照らせ、申し訳なさそうに見上げる。
「…すみません。歩くのが速かったですね」
「いえ。普段あまり出歩かないものですから」
 にっこり笑ったツミレをイルカは初めてまじまじと見た。するとツミレは申し訳なさそうに目を伏せた。失礼だったかと目を逸らすが、カカシと初めて出会ったような感慨は何もなかった。
 そっと着物の下の温石に手を当てた。
(カカシさん…)
 イルカは自分の知らないところで、大きく物事が動いていそうで不安になった。
「どうぞお祖父様を責めないであげてくださいね。私が頼んだのです。どうしても、納得出来なくて…」
「え?」
「お見合いは断られたと聞いています。何故ですか? お会いしても無かったのに…。私の何がいけなかったのでしょうか?」
 ツミレは物静かそうな見た目とは違い、はっきりした性格らしい。イルカを見上げる瞳に強い力が宿っていた。
「…何故と言われても…」
 カカシが好きだからだ。
「ツミレさんにいけない所なんてありません。ただ…、私はまだ結婚する気になれないのです」
「ではいつならいいのですか? 私はいつまで待てば良いのですか?」
 ツミレの瞳からぽろりと落ちた涙にイルカは慌てた。
「な、な、泣かないで下さい」
 俯いて涙を零すツミレに周囲の人が何事かと視線を向けた。中にはイルカにヤジを飛ばす者もいた。
「ちょっと、こちらへ」
 ツミレの手を引いて木陰へ移動した。袖袋から手ぬぐいを出して渡すと、ツミレはそっと涙を拭いた。
「すみません…泣いてしまって…」
「いえ…」
 イルカはこの時まで、お見合いを断ることで相手が傷付くのを失念していた。ほとほと弱り果てて、そっと溜め息を吐いた。
「…どなたか好きな方がいらっしゃるのですね?」
「えっ!」
「隠されても分かります。その方と結婚なさりたいのですか?」
「そう言うわけでは…」
「なさらないのですか?」
「まぁ…」
「どうしてですか?」
「どうしてと言われても…」
 矢継ぎ早に質問されて困った。
 カカシは男だ。結婚出来ない。それに妖だし。
 どれも人に説明出来ない理由ばかりだ。
「私はイルカさんが好きです…」
「えぇっ?」
「どうしても諦めませんから!」
 きっ、とイルカを見上げて叫ぶと、ツミレは踵を返して行ってしまった。一人では不安だったのではなかったのか。
 イルカは唖然としながら、ツミレの後ろ姿を見送った。


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