浮空の楽園 13
二
春になると、アカデミーにも復職した。入学してきた子供達の担任になり、『先生』と呼ばれた。
(そういえばカカシさん、ずっと俺の事『先生』って呼んでたな…)
もうクセみたいなもんだろう。でも、時々呼び捨てにするのにも気付いていた。
エッチの最中とか、ふとした拍子に。
(呼び捨てで良いのにな…)
今度言ってみようか?
でも呼び捨てにされるのは照れ臭い気がした。
(その時は、俺も『カカシ』って呼んでみようかな。……ダメダメ!)
想像しただけで耳が熱くなり却下した。
でもいつか。
(そうだ、潮の里に住んだら…)
――キーンコーンカーンコーン。
予鈴が鳴って職員室を出た。次の授業はグラウンドで体育の授業だった。
外に出ると、散り散りになって遊んでいた子供達を集めて点呼を取った。準備運動を済ませてから、トラックを走らせる。
ベンチに座って見守っていると、別のクラスの先生が隣に座った。
「いい天気だなー」
「ああ」
「コラァ! チャクラを使わずに、自分の力で飛べって言っただろう!」
視線の先を覗くと、砂場で走り幅跳びをしていた。なんでバレるんだ? なんて声が聞こえて可笑しくなる。
「先生にはチャクラの流れが見えるんだ」
「すっげーっ!」
賞賛の声に大きく頷いた同僚が、こっちを向いて小さく舌を出した。
本当は地面を蹴った時に、チャクラで砂が舞い上がるから、それで気付く。
「…誰だ、あれ」
戯けた顔をしていた同僚が遠くを見た。振り返ると、アカデミーの門から誰か入ってきた。保護者だろうか? 校舎を見上げてウロウロしていた。フードが邪魔で顔がよく見えない。
「…行ってくるよ」
迷っているなら案内が必要だろう。不審者なら、放ってはおけない。
「気を付けろよ」
「ああ」
とは言え、その人から危険な気配はなかった。近づいて気付いたが、随分汚れた恰好をしていた。
(いや、着ているものが古びているだけか…。長期任務から帰ってきたのかもしれない。卒業生かも…)
そんな事を考えながら声を掛けた。
「すみません、なにかご用ですか?」
「あ、いえ…。懐かしかったので、つい…」
(やっぱりそうだ)
「五代目にお会いしたいのですが、今どちらに?」
男がフードを脱いだ。
「五代目なら…うわあっ! うわーっ!」
こっちを向いた顔に腰を抜かしそうになった。相手も同じぐらい驚いている。
同じ顔をしていた。俺とまったく同じ顔。
「どうした、イルカ!」
同僚の気配が近づいて来る。
「誰だ! お前は!」
男に誰何されて唖然とした。
「お、お前こそ誰だよ! 俺はイルカだ!」
「何を言ってる、俺がイルカだ! 怪しいヤツめ!」
男がクナイを抜いて、臨戦態勢になった。
「どうなってるんだ?」
追いついた同僚が怪訝な口調で聞いた。
「侵入者みたいだ」
「侵入者はお前だろう! 信じてくれ、俺がイルカなんだ!」
「バカじゃないか、コイツ。イルカなら、さっきからずっとオレの隣にいたよ。変化するなら、もっと考えてしろよ」
そう言って、取り出した警笛を鳴らした。ピーッと甲高い音が辺りに響いて、黒い影がいくつも飛来する。暗部だった。
「どうした?」
「侵入者だ」
同僚が指差して、すぐに男は取り押さえられた。
「違う! 俺は本物だ! コイツが侵入者だ。頼む、信じてくれ!」
迫真の演技で訴える男に、暗部達が面を見合わせた。一人がくいっと顎を動かし、一瞬で後ろ手に縛られた。
「どうして!?」
「違う! 違います! こっちは本物です!」
同僚が止めようとしてくれたが、暗部は聞く耳を持たなかった。
「我々には、どちらが本物かなんて分からん。二人とも綱手様の所に連行する」
「なんでそうなるんだよ…。イルカ、心配するな。綱手様なら分かってくれるよ」
「ああ…。悪いが子供達を頼む」
グランドでは心配そうに子供達がこっちを見ていた。
「任せろ」
「行くぞ」
歩き出すと、背後から子供達の泣き声が聞こえてきた。
「イルカ先生、どこ行っちゃうの?」
(…ったく)
子供達にこんな姿を見せるなんて、なんて一日なんだろう。
「せっかく帰って来たのに…」
呟く男の声が聞こえた。まるで鏡を見ているようだ。瓜二つで、良く化けている。
どうして俺に変化したのだろう。
(もしかして、術にでも掛かっているのか…?)
調べれば分かることだが、陰鬱な気持ちになるのを抑えられなかった。
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