時を重ねた夢を見る 4





 夕食後、いつものように膝の間に割り込んでテレビを見ていると背中を支えていたカカシさんがみかんを剥きだした。
 ふわっと甘酸っぱい香りが胸元から広がる。
 肩にカカシさんの顎を乗せた重みが掛かり、胸の前で組まれた手の中で小さなみかんが裸になっていく。細長い指先が器用に皮を剥いていくのを見入っていると、「ん」と一房、口の前に差し出された。

(あれ)

 催促したつもりじゃなかったけど。

 カカシさんを振り返ると、ん?と頭を傾げる。

「いらない?」

 恥ずかしい。子供じゃないのにこんな真似。
 だけど、食べると信じて疑わないカカシさんの目に、「あ」と口を開けるとみかんが押し込まれた。もぐもぐ口を動かして食べる。

「おいしい?」

 うんと頷くと、カカシさんが頬を寄せるようにぎゅうとしてくる。可愛くて仕方ないとでもいうように。そうされると嬉しいと恥ずかしいが一緒にやって来て、かあっと体中が熱くなる。
 照れくさい。でもすっごく嬉しい。そして楽しい。
 こうしてるとテレビとか本とか他の娯楽とか一切必要なくて、ただカカシさんがこうして傍にいてくれたらいいと思える。
 足の間に入れて貰って存在を近くに感じて、それだけで物凄く安心する。ぎゅうとかされると尚更。

(この安心感はどこからくるんだろう。)

 単に誰かが傍にいる安心感とは違う。カカシさんとのそれはもっと深くて、――家族といる安心感に似ている。

(お兄ちゃんがいたらこんなカンジだろうか?)

 確かにカカシさんの方がずっと年上だけど、お兄ちゃんというのはしっくり来ない。
 それにカカシさんから溢れる愛情はとても無条件に護られているカンジがして、これは‥そう。

「カカシさんってとーちゃんみたい…」
「!!‥ぐふっ…」
「わっ、大丈夫ですか?!」

 ふわふわした心持ちで思いついたことを口にしたら、カカシさんが食べていたみかんを吹き出しそうになった。果汁が気管に入り込んだのか苦しそうに咳き込みながら目に涙を浮かべる。
 カカシさんの頭を抱え込んで背中をさすさす撫ぜていると、ぐっと胸を押された。

「ヒドイよ、イルカセンセ」
「え…?俺?……スイマセン…」

(なにしたんだろう…?)

 優しかった空気が消えて不機嫌な声音になるのに、雲から転げ落ちた心境でおろおろ謝るとますます不機嫌になった。
 なにをそんなに怒っているのか分からない。

「イルカ先生何に対して謝ってるのか分かってるの?そこで謝るのは認めるってことだよ?」
「え?え…、なにを…?」

 ますます責められて混乱した頭はまともな思考能力を失い、カカシさんが怒っているという現実にのみ反応して胸が痛む。腕を突っぱねられて出来た隙間が不安を呼び起こし、体に残っていた熱が消えていく寂しさに目の前が霞んでいく。

「ゴメ…あっ、ちがっ――・・うっ、うーっ」
「…泣かないでよ」

 突っぱねていた腕が緩む。引いていく動きに合わせてにじり寄るとカカシさんの背中に手を廻して肩に顔を押し付けた。

「おこ‥ない・・で…」

 力いっぱいしがみ付いて許しを請う。

「怒ってなーいよ、怒ってない。…ただね、ちょっと寂しく思っただけ」
「ど・・して?」
「だってイルカ先生、オレのことお父さんって言うから…」

 わからない。それのなにがいけなかったんだろう。

 それを言葉にするのはカカシさんを理解していない事を知られてしまうから出来ない。
 ぐっと押し黙ったままでいると、仕方ない、とでも言うようにカカシさんが溜息を吐いた。

「あのね、イルカ先生はオレのことお父さんって思ってるの?」

(思ってる。カカシさんは認めて欲しくないんだろうが思ってしまった。)

 仕方なく頷いて、でも引き離されないようにしがみ付く。

「だって、ずっと一緒で、それが当たり前で、大切で、心が繋がってるカンジがして…そんなのは家族しか知らない。それにカカシさんといると安心して護られてる気がするし――…」
「だからお父さん?」

 うんと頷く。心なしかカカシさんの声音から怒りが消えた気がする。

「なんかイルカ先生らしーね。…それならもっと他の呼び方もあるのに」
「?」
「…お父さんとはこんなことしないデショ?」

 するりと服の下に入り込んで素肌を撫ぜる手にかあっと顔が火照る。

「しません!」
「ほーらね、お父さんじゃない」
「だって!カカシさんは恋人だから!」

 はっと顔を上げてカカシさんを見るとしてやったりの顔で笑う。その笑顔はいつもの優しいカカシさんでほっとする。
 だけど、違う。
 思っていたのはそういうことじゃない。
 この近しい感覚。体の根っこのところで繋がっているような――強い絆を感じていることが、違う風に伝わっている。
 もどかしい。もっとちゃんと伝えたいのに、俺は言葉を知らない。

「そうじゃなくて、んっ」

 なおも言い募ろうと開いた唇をキスで塞がれて続きが言えない。背中を撫ぜていた手が前に廻ると、ますますそれどころではなくなって与えられる感覚に思考を奪われる。

「カカシさん、まって…」
「だーめ。待てない。親子じゃ出来ないコト、しましょ?」
「ちが、…っ、あっ」

 導かれた膝の上で肩に掴まりながら、仰ぐように口吻けてくるカカシさんの唇を受け止める。触れるか触れないかの具合で背骨を撫でてくる手が背中に当たる度に体が勝手に跳ねる。

「イルカセンセ、オレはネ、肉親の愛情よりもっと強い愛情が欲しいの」
「え…?あっ・・んっ」

 直接耳に吹き込まれた言葉は、耳朶で弾ける唾液の音に隠れて上手く聞き取れない。

(カカシさん…待ってよ‥)

 話がしたい。

 背中を丸めてカカシさんの唇から距離を取ると、真っ直ぐな瞳と目が合った。ずっと遠いところまで見つめるような悲しげな瞳。

(どうしてそんな顔するんだろう…?)

 切なくなってカカシさんの耳の横を撫ぜると、ふわっと笑う。

(…なんだか……子供みたい…)

 さっき思ったこととは真逆のことを思う。だけどそんな顔されるとカカシさんの方が年上で、強くて、そんな必要ないだろうに『護ってやる』と思ってしまう。
 強く、強く。
 自分を護るよりもずっと強く。

(でもこれは言ったら怒られる…)

 そこはカカシさんに怒られるまでもなく確信する。再び引き寄せるカカシさんの手に身を任せながら、俺がもっと強かったら良かったのにと思う。

「イルカセンセ…」

 呼ばれて視線を向けると少し低い位置にカカシさんの顔がある。2人とも身長はそんなに変わらないから膝の上に乗せられると、カカシさんを見下ろす事になる。
 それが凄く恥ずかしい。
 背けてもカカシさんに顔を見られ、これから熱に浮かれるであろう顔を晒してしまうことになる。

「あ…、や・・」

 もじもじと膝の上から降りようとするとカカシさんの手が腰に回り強く引き寄せた。すでに乱れていた服の裾から手を差し込むといきなり胸の突起を強く弾く。

「…っ!…っん、っん」

 ビンッと心臓に向かって走った刺激に身を竦めるのに構わず、カカシさんは指先で引っ掻き、転がすように乳首を刺激してくる。

「やっ、ぃやっ」

 指から逃れようと背を丸めるが、今度は着たままの服が指を一緒に連れてくる。

「いや?そんなことないでしょう?だってこんなにふっくらしてきてるのに」

 指先が形を確かめるように乳首の表面を上から下へと撫ぜた。

「グミみたいになってる…」

 ぐにぐにと親指と人差し指に摘まれ、カカシさんの背中を掴んでいた手が震える。

「イルカ先生のここはキモチイイって言ってるよ?」

 その言葉にぎゅうっと目を閉じた。
 カカシさんは意地悪だ。

(わざわざそんなこと言わなくったっていいのに…)

 泣きそうになりながら思う。
 カカシさんと何度も体を重ねた。セックスが気持ちいいコトだって知ってるし、カカシさんとするのは好きだ。
 だけど些細な刺激で形を変える自分の体は恥ずかしくてたまらない。それがまだ快楽に染まりきってない、はじまりの時だと尚更。
 熱を発し始める体に感情が付いて行かず、多大なる羞恥心は自分への嫌悪感を引き起こす。

 ――いやらしい自分の体が嫌い。

 なのにそこをカカシさんに指摘されて、目に涙を浮かべた。

「どうして泣くの?」

 俯いても下から見上げるカカシさんにすぐに見咎められて問われる。

「オレにこうされるのイヤ?」

 ふるふると首を横に振る。嫌じゃない、嫌なわけが無い。

「……恥・・しい・・です…、俺の体・・やらしくて・・、浅ましくて……」
「えっ!?」

 素っ頓狂とも思えるほどの声がカカシさんから上がった。
 ぱちぱちと瞼を瞬いてカカシさんを見れば目を見開いている。

「…どうしてそんな風に思うの?」
「だって…すぐに・・気持ちよくなって、はんの・・するし、声も…ぜ・・っぜん、押さえ・・られない…っ、俺だけ…おかしくなって・・恥かしい……」

 最後は泣き声になって訴えると、むぎゅーっと音がしそうなほど抱きしめられた。

「…いたっ・・痛い!カカシさんっ」

 んー、と唸ったカカシさんに揉みくちゃにされて、さっぱり訳が分からない。だけど背中に回していた手や体に伝わる振動からカカシさんが笑っているのは伺えた。

「…カカシさん…?」
「恥かしいなんて思わなくていーよ。触れられたら気持ちよくなるのは当たり前のことだよ?それにオレが触れてイルカ先生が反応してくれるのはすごく嬉しい。声も聞きたい。…だから、聞かせて?ネ?」
「…でも…、…だって‥っ」
「うん、ゴメン。オレのせいだね、…今度は何も考えなくていーよ…」

 ふわりと柔らかくカカシさんの唇が重なる。優しく上と下の唇を交互に啄ばまれて、合間にちゅっとキスを返した。
 弓なりに目を細めてカカシが笑う。

「イルカセンセ、目を閉じて?」

 両方の瞼に口吻けを受けて目を閉じる。

「なにも我慢しなくていいから、いっぱいカンジて。どんなイルカ先生も――」

 ――全部、スキだから。

 耳元でこそっと囁かれた言葉が胸の中に浸透していく。

(ホントに?嫌いにならない?)

 耳元でこそっと囁き返すとカカシさんは抱きしめる力を強くする事で応えてくれた。



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