時を重ねた夢を見る 3





(・・・・あたたかい。)

 いつもは無い温かさに包まれ、ぼんやりと瞼を開けた視線の先に誰かの手を見つけた。上向きに置かれ、青白い光を受け止めるように指先を曲げた――カカシ先生の手。
 背中を暖めるように並んで眠るカカシ先生の腕が己の頭の下から伸びて布団の外にはみ出していた。もう片方は抱え込むように胸の前に置かれている。首の後ろには柔らかい髪の感触がある。
 身じろごうとして思ったように動かない体に、更に言えば疲労を訴える体に力を抜いた。完全な筋肉痛になっている。

(普段、使わない動きで筋肉を使ったから・・・。)

 思い出して、ぽっぽっぽっと顔が火照った。
 なんか凄かった。
 めくるめくと言う言葉は昨夜のことを指しているのだと思う。
 男とどころか女とも大した経験も無く、何かした方がいいのだろうかと戸惑っているうちに奥深くまで開かれ、力の抜けたところをこれでもかと攻め込まれた。
 大きな声では言えないが、セックスがあんなに気持ちのいいものだとは知らなかった。それにあんなに思考を奪うものだとは。
 己の体を全く制御しきれなくなって、カカシ先生にされるまま啼いて、喘いで、溺れた。

 (あ・・あんな風にするなんて・・・)

 一夜にしてセックスを理解して、同時に何故フラれたのかものすごく理解した。
 恥ずかしい。
 穴があったら入りたいなどと思っていると、カカシ先生にもう一戦挑まれ、息も絶え絶えになって、――・・後は覚えていない。いつの間にか眠ってしまっていた。


 手を伸ばしてカカシ先生の手に触れると朝のひんやりした空気に冷えて冷たい。両手で包んで引き寄せようとすると、逆に手を捕まれ驚いて体が跳ねた。

「おはよ、イルカセンセ・・・」
「おはようございます・・・起きてたんですね」

 ふふふっと笑う息が首筋に当たる。くすぐったさに首を竦めようとすると、ぐりぐりと頭を押し付けて首と肩の間に入り込もうとする。

「ひゃはっ、や・・くすぐったい」
「逃げないで・・」

 そこかしこに甘い痺れの残る体を白い腕が抱きしめた。強い力で抱きしめられて、わっと言いようの無い幸福感が湧き上がる。

「すっごい・・しあわせ・・」
「え・・」

 心で想った事を読まれたのかと、自由になる首だけで振り返ると目の前いっぱいに銀色の髪が広がった。

「カカシ・・センセ?」

 動かないのを不思議に思って、頭のてっぺんに頬をこすり付けていると、

「幸せって言ったの」

 ぱっと顔を上げたカカシ先生が頬に音を立てて口吻けた。あっという間に体を返されて向き合う形にされる。動きの速さについていけない。

「えっ・・え・・」
「イルカ、センセ」
「はい・・っ」
「今日からイルカ先生はオレの恋人だからね」

 眩しいほどの朝の光の中でカカシ先生が笑う。
 嬉しくなって、うん、と頷いた。

「浮気したらダメでーすよ?」
「そんなことしません!」
「うん。・・・あとね、これだけは約束して?」

 なんだろう・・・?

 真剣な表情に、気を引き締めたが、

「他の人の前で服脱いだりしないで。髪も下ろさないで」

 何を言い出すのかと思いきや、だ。

「し、しませんよ」 
「更衣室とかでもだよ?」
「あっ!・・それはちょっと難しい・・・かも・・・」
「だって、誰にも見せたくないんです。イルカ先生、思ってたよりずっとエロいんだもん」
「エ・・エロ!?・・そんなこと思うのカカシ先生だけです!誰も俺の裸見たって――」
「だーめ!そんなことしたら、オレ、ヤキモチ焼いてひどいよ?泣くよ?」
「泣くって・・なんですかその脅しは・・・ワケ分かんないです」
「分かんなくてもダメなものはダーメ」

 ――この姿はオレだけのものでいて。

 髪を梳きながら、カカシ先生が耳元で囁いた。

「カカシせんせいの・・・?」
「うん、そう。約束ね」

 再び腕の中に囲われながら、カカシ先生の胸に額を押し付けて頷いた。
 嬉しかった。
 今までそんなこと言われたことがなかったから新鮮だったし、なにより束縛されることが安心感をもたらした。それは今までに経験した事のない感覚だった。

「・・・ふしぎ」
「ん?」
「昨日までカカシ先生のことあんまり知らなかったのに・・・・・・」

 上手く言えなかった。
 ただ傍にいてくれると、とても安心する事を伝えたかったのに、「いや?」と聞かれて否定する事に必死になった。

「そんなことないですよ!・・・昨日・・カカシ先生に会えて良かった。カカシ先生と・・こうなれて・・・・その・・・良かった」
「イルカ・・センセ・・・・」

 ぎゅううと抱きしめられ、頬に添えられた手に顎を持ち上げられて唇が重なった。頬にあった手は布団の中に入り込み、肩や背中を撫ぜた。

「・・・ネ、ダメ?」

 布団の下でぐっと熱いものを押し付けられ、もう朝だというのに体が熱くなっていく。
 いいよと言う代わりにカカシの首に腕を捲きつけ、身を任せた。







* *







「カカシさーん、カカシさぁーん」

 体だけ先に洗って湯船に浸かり、居間に向かって声を上げると程なくしてお風呂のドアが開いた。

「はいはい。よーく温まった?」
「はい」

 にこにこと袖を捲くりながらシャワーヘッドを掴んだカカシさんに向かって頭を下げる。ちょうど良い温度に設定されたお湯が髪を滑り地肌を濡らした。
 コスコスとシャンプーのポンプを押す音とくちゅくちゅと泡立てる音。
 髪を掬い上げるようにして絡んだ指に目を閉じた。長い指で頭皮を揉み込むようにされると眠ってしまいそうなほど気持ちいい。

(あ・・・かゆい・・・)

 かゆみを感じて泡の中に指を入れれば、すぐにカカシさんの指が指の下に潜り込んだ。

「ココ?」
「・・・ん」

 頷くより早く、指の腹で地肌を強く擦られ、あまりの気持ちよさに首の後ろが粟立った。ぶるりと震えると肩にお湯が掛けられた。

(・・・これは一体なんのご褒美なんだろう。)

 シャクシャクと動くカカシさんの指に頭を揺さぶられながら、考えるのは決まっていつも同じ事だった。
 両親を喪ってから10年間、再び誰かに大事にされる日が来るなんて思ってもみなかった。それがカカシさんが恋人となったことにより、今まで受け取れる筈だった愛情をいっぺんに注がれるようなカカシさんの愛情を受けて、なにか奇跡でも起きているような感覚に陥る。
 神様は信じない。変わりに運命とか何か大きなものから、今まで一人で踏ん張って生きてきた分のご褒美を貰っている気がする。
 そんな信じがたいような幸せな日々を過ごした。
 カカシさんと付き合い始めたこの1ヶ月、突然降って湧いたような幸福に戸惑っている間もカカシさんは際限無く俺を甘やかした。
 お風呂に入れば髪を洗い、上がれば乾かしてくれる。寒いと言えばその腕の中で温め、任務の無い日はいつだって傍にいてくれた。
 あまりに密なカカシさんの接し方に最初の頃はどう振舞ってよいのか分からなかったが、次第に慣れてくると甘えたくて仕方が無くなった。
 でかい図体をして、収まるわけも無いのに無理やりカカシさんの足の間に入り込んで額をカカシさんの顎にぶつけた時もある。絶対に痛かった筈なのにカカシさんは笑って許してくれた。涙目になりながら。
 カカシさんは優しい。決して怒ったりしない。浮かれてヘマしても笑ってくれる。
 そんな甘い砂糖菓子のようなカカシさんの愛情に包まれて、いつしか。
 カカシさんは無くてはならない存在になった。いなくなられたら生きていけない。心の底から確信する。こんなこと重すぎて言ったら引かれるだろうからカカシさんには言った事ないが――・・。


「髪、流すから目を閉じて?」

 カカシさんの声が思考の淵から意識を呼び戻した。
 頷いて見せたが目は開いたままでいた。そんなことしなくてもお湯が耳や顔に掛かからないようにちゃんと手でガードしてくれる。
 毛先からキメの細かい泡が落ちていく。マシュマロみたいな泡が排水溝に消えていくのを手を伸ばして追いかけたら、

「あっ・・いた・・っ」

 カカシさんの手から逸れた水が目に入った。石鹸が沁みて擦ろうと手を上げるとやんわり腕を捕られる。

「待って、擦ったらダメ」
「だって・・・」

 ぐいっと顎を上げられ、髪を後ろに撫で付けるようにしながら顔にお湯が掛けられる。息苦しく思ったのは一瞬で、ぬるっと眼球を滑るものに驚いて強く目を閉じた。

「力抜いて・・」

 瞼に柔らかく触れる唇に先ほど眼球を滑ったものの正体を知る。

「あ・・」
「ダイジョーブ、コワくなーいよ」

 2度、3度、眼球を舐めると、どう?と顔を覗かれる。

「もう、痛くない?」

 ぱちぱち目を瞬けば、ぼんやりした視界の先に心配そうな顔が見える。

「痛くない・・です」
「良かった。ゴメンネ、痛いことして・・・」
「カカシさん・・・」

 カカシさんは悪くない。悪いのは言われた通りにしなかった俺の方。だから謝まる必要なんて無い。だけどそう伝えようとすると鼻の奥がツーンとして言葉にならず、首を振ると両手を伸ばして首に縋りついた。

「イルカセンセ?」
「カカ・・さん・・」

 ぎゅっと縋りつくと、それ以上の力で抱きしめ返される。

 なんでこんなによくしてくれるんだろ。
 なんでこんなに大事にしてくれるんだろ。
 なんでこんなに――。
 なんで・・・?

 考え始めると感情が溢れて泣きそうになる。
 カカシさんから与えられる愛情は何時だって受け止めきれないほど大きく俺を包み込む。
 すごく幸せだった。
 だけどその反面、いつも心のどこかに不安があった。原因は前の彼女。あの時みたいにいきなり捨てられるんじゃないかと心配になる。
 怖かった。
 幸せを感じれば感じるほどその思いは強くなる。

(ずっと、傍にいてくれればいいのに・・・・)

 終わりの日が来ない事をひたすら願った。



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