時を重ねた夢を見る 16





「イルカセンセ・・・、イルカ・・」

 そろそろ起きないとアカデミーに間に合わない時間だが、閉じた瞼は重く目の下には薄っすらと隈があった。朝の白い光を浴びた頬に指を滑らせるが起きる気配は無い。
 布団から抜け出すと式を窓の外へと放った。

 今日は休ませた方がいい。昨日は無理をさせてしまったから・・。

 と言い訳めいたことを思ってみても、本当は手放したくないだけだった。起きないのをこれ幸いと布団に逆戻りするとイルカ先生を腕の中に閉じ込める。情事の香りの残る体を抱きしめて、一人幸せに浸った。

 可愛い人。
 愛しくて愛しくてたまらない人。

 昨夜の痴態を思い出して、ふふっと笑みが零れる。手加減なんて出来なかった。
 初めて『恋人』と呼ばれたから。
 瞳の色やその態度からそう思ってることは窺がえても、普段そう言ったことを口にしないイルカ先生に、『恋人』と呼ばれて初めて自分がどれほどその言葉を切望していたのか知った。
 その言葉は鍵となって胸の奥に閉じ込めていた不安を解き放った。嬉しくて、こみ上げる喜びはイルカ先生を望む気持ちに変換され、その体を求めた。もっと、と望む想いを抑えられなかった。
 イルカ先生のすべてが見たくて恥ずかしがるイルカ先生にいろんなことをした。そして、させた。
 ようやく手放せたのは夜が開けて、疲労と快楽で意識を朦朧とさせたイルカ先生が眠りに落ちてからだった。本音を言うとまだ少し足りない。あれだけ体を重ねたのにと思っても、イルカ先生を求める気持ちに底は無くて、早く起きないかと眠るイルカ先生の顔を飽くことなく見つめた。はたから見たらさぞ物欲しげな顔をしていただろう。
 夢を見ているのかひくひく動く瞼やもぐもぐする口元。ぱかっと開いた唇にはちょっとした悪戯心で指を含ませてみた。

 可愛い。

 出来ることなら一生こうしていたい。その願いは叶うわけないのだが、幸い今日は休みだ。せめて一日だけでもとイルカ先生を独占することに決めた。

 外にも出さず、ずっと傍にいよう。

 そんな楽しい思いつきに頬を緩めていると、身じろいだイルカ先生が眉間に皺を寄せて体を掻いた。

 痒いの?

 布団を捲って見てみれば手が掻いてるのは腹にこびり付いた白濁の跡。赤くなっていく皮膚にイルカ先生の手を取るとむずがる様にイヤイヤをした。

「掻いたらダメだーよ」

 静かに眠りの下にある意識に届くように声を掛ける。その声が届いたのか動きを止めたイルカ先生を布団に残して、お風呂に湯を張った。
 そうしてる間に式が戻り、湯船にたっぷりお湯も溜まったところで眠るイルカ先生を抱き上げた。起こさないようにそうっと風呂に運んで湯船に沈んだ。
 あれほど一緒に風呂に入ることを恥ずかしがっていたから目が覚めたら怒り出すかもしれない。それとも昨夜は散々恥ずかしいところを見せ合ったから、もうこのぐらいのことでは怒らないかもしれない。
 どちらでもいい。イルカ先生に向けられる感情ならなんだって受け止められる。それが怒りだって愛しく感じるだろうから。
 力の抜けた体が湯船に沈まぬように支えながら髪に頬擦りした。どうしようもなく愛おしい。思い返せば不思議になる。一月前までは絶対に手に入らない人だと思っていたのに、今はこうして手の中にいる。好きになった人が男で、それもごく普通に女性に恋する人で、そんな人に好かれるなんて、そんな幸運がそうそうあるわけない。あるとすれば一生に一度。
 オレは一生に一度の恋を手に入れたのだ。  二度と離さない。
 そう決心して、ぎゅうっと抱きしめれば力が強すぎたのか腕の中のイルカ先生が身じろいだ。痛かったのかと腕を緩める。そうすると、思ったより大きく動いて、

「いでででっ!踏んでるっ!イルカセンセ・・っ!」

 急所を踏まれて目から火花が散った。息を止めて悶絶する。そしてはっと気付くとイルカ先生が目の前から消えていた。ぷくぷくと水面に泡が浮かぶ。痛みも忘れて慌てて引き上げると水を飲んだのかイルカ先生が激しく咳き込んだ。泣きそうな顔からいろんな汁を垂らしている。

 あらら・・。

 抱えなおして足の間に座らせると丁寧に顔を拭った。水も涙も。息がしやすいように鼻水も拭い、落ち着いたところでイルカ先生を抱えて深く湯に沈んだ。

 さて、この状況にどうでるか。

 こっそりイルカ先生を覗き見ると、すぐに目が合ってさっと逸らされる。もじもじしてるところを見るとどうやら恥ずかしがってるようだった。

 可愛い。

 腕の中にぎゅうっと閉じ込めて、湯気に濡れた髪に頬を寄せた。

「ゴメンね、びっくりしちゃったね。すっごくよく眠ってたから、その間にお風呂いれちゃおうと思ったんですけど・・。いきなり寝返りうつから慌てちゃって」
「カカ・・さん・・どこか・・・」

 言いかけて、ぱくぱくと口を動かした。喉元を押さえて声というより音に近い声で「あー、あー」と繰り返す。

「だーめ。喉を休めないと――」
「でも、俺、アカデミ・・」
「休みますって連絡入れておきましたよ」
「えっ!!」
「だって、イルカ先生動けないし」
「え?」
「ほら」

 お湯の中にあった手を持ち上げて湯の外に出した。指先へと手を滑らせるとイルカ先生の腕が重く撓る。腕を支えようと力を入れる気配がするが腕は重たいままで、ぎゅっと不安そうにイルカ先生の眉間に皺が寄った。

「・・なんで?」
「何でって、そりゃあ・・・ね?」

 なんでか、なんて考えるまでも無い。そんなの全部オレのせい。出ない声も動かない体も、昨夜オレがイルカ先生に無茶したせい。酷使させられた喉と体が疲弊してしまっているからだ。

「ね?って・・どうしてですか?」
「んー?わからない?イルカ先生こんな風になるの初めて?」

 こくんと頷く姿に優越感が満ちる。

 オレが、初めて。あんなにも深くイルカ先生を貪ったのは、オレだけだ。

 昨夜のイルカ先生の痴態が蘇って、体の奥にぼっと情欲の火が灯る。イルカ先生を抱きたい。昨日散々抱いたけどやっぱり足りない。
 誘うように目の前にある耳に唇を寄せると緩く唇で愛撫した。その気になって欲しくて誘いを掛ける。だけどそれは遠まわしすぎたのか、話を続けるイルカ先生になかなかその兆しが見えない。焦れて首筋に吸い付いて、直接イルカ先生の快楽を煽った。こちらの意思に気付いて逃げようとするイルカ先生の下肢を掴む。緩く勃ち上がっていたそこにほくそ笑んで更に快楽を煽った。刺激するように手を上下させる。結界まで張って拒むイルカ先生の退路を断った。

「おねがい・・。ホシイ。今すぐホシイ・・」

 最後は懇願して、うんとイルカ先生を頷かせた。

 やった!嬉しい。
 どんな風に交わろう。

 すぐにそのことで頭がいっぱいになる。湯船の中は狭い。さっと計画を練り上げると勃ち上がったイルカ先生から手を離した。あっと名残惜しげな声が響く。それに顔を赤らめたイルカ先生の体を浮かせると向きを変えた。

「イルカセンセ、こっち向いてオレを跨いで」
「えっ・・え!?」

 戸惑っている間に膝を割ってその下に入り込む。浮力で浮き上がる体を片手で沈めて互いの腰を重ねると、空いた手にイルカ先生の屹立を収めた。

「あっ!や・・っ」

 俯いたイルカ先生が下を見てぎゅっと瞼を閉ざす。

 そんなことしたら余計感じるだけなのに。

 イルカ先生が止めないのをいいことにぎゅっぎゅっと少しきつめに性器を扱いて後には引けなくした。

「あっ、あっ、あっ・・」

 甘い声が閉ざされた空間に響く。オレからはイルカ先生のエッチな表情も体も欲情したその部分も丸見えで、興奮してごくりと唾を飲んだ。

「はぁっ・・カカシ、さん・・カカシさぁん・・」

 湯船の淵を掴んで快楽に耐えるイルカ先生に神経が焼き切れた。後口に指を含ませ中を探る。そこは昨日の残滓が残り、容易く指を飲み込んだ。

「ああっ!アッ・・!」

 跳ね上がる体を肩を掴んで沈めて中を掻き混ぜる。

「や・・っ、お湯が・・・」

 イヤイヤと顔を振るのに首筋に吸い付いて宥めた。これもきっと初めての感覚だろう。

「・・もう少しだから、我慢して・・」

 宥めるように言うと横に振っていた顔をぴたりと止める。うーっと小さな唸りながらも耐える姿に言いようの無い愛しさが込み上げて、早急に後ろを解すとひたと性器の先端を押し当てた。

「いくよ、イルカ先生」

 両手でイルカ先生の腰を掴んで楔の上へと沈める。

「うっ・・、あっ・・あっ・・」

 先端からゆっくり飲み込まれる感覚に痺れそうになりながら、イルカ先生のお尻が腰に付くまでその体を引き寄せた。

「ふう、はいったよ。わかる・・?」

 激しく喘ぐ胸元に、肩にお湯を掛けながらその息が整うのを待った。湯船の淵を掴んでいた手を取って背中へと回させる。

「・・カカシさぁん」

 背を丸めて縋りついてくる体を抱きしめて、落ち着いた頃を見計らってその腰を掴むと浮力を利用して浮き上げた。

「あっ」

 容易く浮いた体にずっと中にあった性器が外に出て剥きだしになる。すべてが抜け出る前にまた体を沈めるとイルカ先生の体の中へと収めた。

「あっ、あっ」

 思いのままイルカ先生の体を動かす。ぐりっとイルカ先生の腰を回すように動かすといいところに当たったのかびくびくっとイルカ先生の体が跳ねた。繰り返し腰を回して中を抉る。

「ああっ、・・やぁ・・っ、ぁあっ・・ぅんっ!」

 ひっきりなしに上がる甘い声に意識が沸騰する。自分で突き上げるよりもイルカ先生に犯されるような感覚に性器が滾った。たまらなく気持ちイイ。

「イルカセンセ、キスして」

 縋りつく耳元に声を吹き込むと、イルカ先生が泣き濡れた顔を上げた。哀しみではなく快楽に泣く姿に箍が外れそうになる。

「キスして」
「カカシ、さぁん・・」

 ひっくとしゃくり上げながらイルカ先生が顔を傾けた。触れ合った唇に舌を差し出せば口内に招かれ柔らかな舌と重なる。たどたどしく絡めながら、ちうと吸われて夢中になった。イルカ先生を動かすだけじゃなく下からも突き上げる。

「アアッ」

 突然の衝撃に驚いたのかイルカ先生の後口がきゅっと締まった。体が引き攣った拍子に舌を噛まれた。すぐに気付いたイルカ先生がぱっと唇を離して泣きそうな顔をした。両手で頬を掴んで口の中を覗こうとする。

「ごめんなさ・・」
「大丈夫だよ、痛くない。だから・・」

 キスして。

 顎を突き出せば恐る恐る唇が重なる。その仕草が愛しくて、怯えるイルカ先生に構わず激しく突き上げた。

「あ、あ、あ、あ」

 唇を合わせていられなくなったイルカ先生の口からひっきりなしに喘ぎ声が零れる。かあっと腰が熱くなり、息を止めて穿つと湯の中でぴんと屹立していたイルカ先生の先端から白濁が広がった。それを確認してから欲を開放する。ずるりと力の抜けて崩れ落ちようとするイルカ先生の体を抱えて浴槽に凭れた。息が切れて声を出すことも出来ない。暫くしてからイルカ先生の腰を浮かせて性器を引き抜いた。その拍子にふわりと白濁が散って湯に溶ける。
 それを見て、またたまらない気持ちになってのぼせ始めたイルカ先生を湯の外に出すと、今度は壁に手を付かせ、膝立ちにさせて後ろから責め立てた。そして壁にべったりと張り付いた白濁を見て、もう一回。

 オレは馬鹿なんじゃないだろうか。

 ようやくそのことに気付いたのは、意識を残したイルカ先生がぐったりと動けなくなってからだった。



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