時を重ねた夢を見る 14





 家に行けば上げてもらえて、食事が出来れば呼ばれる。名を呼べば笑顔を向けられ、手を伸ばせばすぐに届く。

 イルカ先生の恋人。

 そんな地位を手に入れて傍にいるのが当たり前のようになっても、イルカ先生が離れていかないと確信するには程遠かった。




「カカシさぁん、ご飯出来ましたよ」

 イルカ先生が甘くオレの名を呼ぶ。見ていた巻物を丸めて食卓に着けば箸を手渡された。美味しそうなおかずから上がる湯気の向こうにイルカ先生の満面の笑みがある。
 イルカ先生の用意する日常はオレをこの上なく幸せにした。遅くに帰っても作ってくれる温かなご飯にお風呂。並んで寝転んだ布団からはいつもお日様の匂いがした。
 イルカ先生にも仕事があるのだし、オレにそんなに気を使わなくてよいと言ってもやめようとしない。それはイルカ先生がオレを想うバロメーターとなってオレの心を満たした。
 だけどそんな生活の中、足りないものがある。それは主にイルカ先生の純朴さから来ていた。
 いつだったか煮物のニンジンを箸で摘まんで、ひょいとイルカ先生の口元に運んだことがある。目の前に来たそれにイルカ先生が首を傾げ、それからぱくっと喰らいついた。開いた唇とオレの手から食べた様に心臓が高鳴る。もぐもぐする口元が可愛い。だが、

「・・カカシさん、ニンジン嫌いでしたっけ?」

 とぼけた質問にずっこけそうになりながらも、「いいえ」と答えるとますますイルカ先生の首が傾いた。オレの意図が読めないらしい。暫くすると申し訳なさそうに自分の器からオレの器へとニンジンを返した。

 その反応は間違っている!!

 頬を染めるイルカ先生を想像をしていたオレの淡い夢は砕かれ泡と消えた。

 イルカ先生は始終その調子で、一緒に暮らしていても同居しているのか同棲しているのか分からなくなることがたびたびある。イルカ先生のくれる時間は恋人というより家族との時間に近いような気がする。

 イルカ先生はオレのこと恋人だと思ってくれてるのだろうか。

 そう思わせる要因はイルカ先生の純朴さだけではなく甘えることを知らなさ過ぎることにもある。身の回りの世話を焼いてくれるが甘く寄り添う時間が無い。前に手を繋いできたことがあるが、あれは本当に『つい』やってしまっただけなのだろう。
 もともと弱みに付け込んで始まった関係だし、イルカ先生にその自覚はまだ無いのかもしれない。だけどちゃんと恋人だと宣言した。だから、まずはそこから。



 食べ終わった食器を片付け動き回るイルカ先生を視線で追った。

「もうちょっとしたらお風呂が沸きますよ」
「うん」

 テレビを見るためにようやく隣に腰を下ろしたイルカ先生の背後に回った。

「カカシさん?」

 不思議そうに振り返るイルカ先生に曖昧に笑い返して背中に被さる。足の間にイルカ先生の体を挟んで囲むように座ると組んだ腕の中にイルカ先生を閉じ込めた。肩に頬を乗せて近くで見つめるとイルカ先生の頬が染まる。さっと視線を反らして俯くのに心が弾んだ。

「あ、あの・・汗掻いたし・・臭いから・・」
「そんなことなーいよ。イイ匂いがする」

 くんと鼻を首筋に埋めると擽ったように首を竦める。その反応に気を良くして、ぽんぽんと頭を撫ぜると体を引き寄せた。その熱と香りに欲を刺激されないでも無いが、それよりも知って欲しいことがある。

「テレビ見ないの?」
「・・見ます」

 そろそろ顔を上げたイルカ先生の視線がテレビに向かう。強張った背中に意識されてるのを感じたが気付かぬフリでイルカ先生から視線を外してテレビを見た。イルカ先生を抱かかえたまま髪を撫ぜてやる。根気よく続けているとイルカ先生の体から力が抜けた。凭れるように寄りかかってくる体を受け止める。毛先を弄びながらイルカ先生の頭に顎を乗せていると、はっと我に返ったようにイルカ先生が体を起こした。

「お風呂見てこないと・・」

 せっかくいい感じだったのに残念だ。空っぽになった腕の中が寂しい。でもまあちょっとだけ恋人っぽかったと自分の心を満足させているとイルカ先生が戻ってきた。

「沸いてた?」
「あともう少し・・」

 ううん、と首を横に振るイルカ先生がいっこうに座ろうとしない。顔を上げると、もじもじと立ち尽くす彼の視線がオレの膝辺りに注がれる。じわりと口元が緩むのを抑えられなかった。

「・・くる?」

 両手を広げると、待ち構えたようにいそいそと腕の中に入ってくる。大きな体が腕の中に納まると喜びが爆発して、ぎゅうぎゅうイルカ先生を抱きしめた。

「イルカセンセ・・」

 ただ名前を呼んだだけなのに今まで出したこと無いようなものすごく甘い声が出た。ちょっと恥ずかしい。イルカ先生がそっと体重を掛けてくる。背を預けて、大丈夫と分かるとオレの方を振り返りると照れ隠しにえへっと笑った。その嬉しそうに持ち上がった口角をちゅっと啄ばむ。かあっと赤く染まった頬ととろりと潤んだ瞳に理性が弾けた。口吻けを啄ばむものから強請るものに変える。唇で愛撫するように触れているとイルカ先生が肩を押した。

「カカシさん・・・、あの・・お風呂が・・・」

 意外と冷静なままのイルカ先生に驚いた。火の点いた風呂が理性を留めているのか責任感の強さがそうさせるのか・・。

「一緒に入る・・?」

 もちろんこれは誘いの言葉だ。

「いいですけど・・・・」

 言いよどんだイルカ先生に、お、と思った。これはイケる。頭の中では睦み合う二人の姿が思い浮かぶが、

「でも狭いですよ?」

 イルカ先生の発言に桃色のイメージが打ち砕かれ、仲良く背中を流し合うイメージに塗り替えられた。

 ま、イルカ先生が望むならそれでもいいケド・・・・。





 脱衣所に向かうイルカ先生の後に付いていく。カゴに着替えを入れたのを見計らってイルカ先生の服に手を掛けた。まったく未練たらしい。

「はい、ばんざーいして」

 服を引き上げると素直に手を上げる。ぽすっと頭から服が脱げるとイルカ先生の匂いが立ち上り眩暈しそうになった。目の前の肌に鼻を埋めたい。だけど上半身裸になったイルカ先生はあっけらかんと笑っていて、内心溜息を吐きそうになった。

 目の前にいる人間がアナタの裸に欲情する男だと分かってる?オレをアナタの男だと見てくれてる?

 受け取った服を洗濯機に放り込むイルカ先生の背中に心の中で問いかける。それに銭湯の延長みたいに思ってるのかなーと寂しく自答しながら上着を脱ぐと、ぽかんと口を開けたイルカ先生がいた。なに?と問えばみるみる顔が赤くなる。おろおろと視線を逸らして俯く様はさっきまでの無邪気なイルカ先生じゃなかった。

「あ・・っ、パンツ忘れました。取ってくるのでカカシさん、先に入っててください」
「え、うん、わかった。早く来てね」
「は、はい・・っ」

 かくかく頷いて走り去る姿に口元が緩んだ。上機嫌で服を脱いで風呂に入る。かけ湯して湯船に浸かると鼻歌が漏れそうになった。

 オレの体を見てイルカ先生が赤くなった。意識されてる。男として。

 それはオレにこの上ない喜びをもたらした。暫くしても風呂に来ないイルカ先生に、もうオレがいる間は入ってこない気がして体を洗うと風呂を出た。濡れた髪を拭いながらイルカ先生を探せば、奥の寝室で布団がこんもり盛り上がっている。

「イルカ先生?どうしたの?」

 ぎしっとベッドを軋ませ腰を下ろせばびくっと布団が震えた。返事が無いのに、手を突いて体を囲うように顔を覗きこむ。頭の隠れた布団の箸を捲れば、奥へと逃げ込んだ。

「す、すごく眠たくなってきたのでもう寝ます」
「そうなの?お風呂はいいの?オレ待ってたのに・・」
「そ、それは・・朝入ります、・・すいません・・」
「うん、いーよ」

 可笑しくて吹き出しそうになるのを必死で堪えた。僅かに見える額が真っ赤だ。急いで髪を乾かすと、明かりを消してイルカ先生のとなりに潜り込んだ。丸めた背中に張り付いて腹に腕を差し込んで引き寄せる。ふっと静かに飲んだ息を気付かないフリしてあげられそうになかった。腹に置いた手を下へと滑らせる。

「カカシさんっ」

 明らかに動揺したイルカ先生が体を丸める。

「やっ、やだ・・っ」

 うつ伏せて手を避けようとするのより早く、下腹部に触れた。その習慣、イルカ先生の体が波打つように震える。そこは服の上からでも分かるくらい屹立していた。イルカ先生が腰を捩って手から逃げようとする。可哀想なくらい真っ赤になっていた。

「イルカセンセ」

 逃げなくていいんだよという意味を込めて頬に口吻ける。が、届かなかったのかイルカ先生が継続して震えだした。

「・・ごめんなさい」

 消え入りそうな声に怯えが混じる。

「どうして謝るの?そんな必要ないのに」
「だって・・、俺、浅ましい・・」
「それってココがこんなになってるから?」

 こんなにとそこを撫で擦れば、イルカ先生がうっと息を詰めた。瞳がみるみる潤みだす。それが羞恥からか快楽からか判断がつかなかった。ただその瞳に煽られて手の動きを確かなものにする。屹立を握って上下すれば、「あっ」とイルカ先生がか細い声を上げた。片腕で逃げようとするイルカ先生の体を閉じ込め、片手は下肢を弄る。腕の中で震えるイルカ先生に言い様もない興奮が這い上がった。

「やっ・・カカシさ・・っ」
「・・・オレの裸見て興奮した?」

 肯定するように赤く染まった頬に満足する。

「だったらオレに言ってくれないとダメじゃない」

「・・カカシさんに?」
「そう。だってイルカ先生どうするつもりだったの?こんなになってるのに。一人でヌくつもりだった?オレがいるのに、そんなことしたら承知しないよ?」
「でもっ、・・恥ずかし・・っ」
「恥ずかしいことじゃなーいよ。一緒に暮らしてたらそうなる時だってありますよ。でもその時はオレに言ってくれないと・・イルカ先生の性欲を解消するのはオレじゃないとダメなんだから」
「カカシさんに・・」
「そうだよ」

 刷り込むように言い聞かせるとイルカ先生を布団の上に横たえた。ズボンごと先走りに濡れた下着を足から引き抜くと雄の匂いが立ち上る。濡れたそこに指を絡めると、んっと声を上げた。ゆっくり扱き始めると服に隠れた胸が上下する。

「あっ・・、あ・・っ、はぁ・・っ」
「覚えててね・・、こんな風にしていいのはオレだけだよ・・」
「あっ、あっ、カカシ、さん・・っ」

 本人にそのつもりはないのだろうが濡れた瞳と甘い声に誘われる。何より濡れた下肢がやらしくて、熱に溺れるためにイルカ先生へと覆いかぶさった。




 一頻り抱いて満足して、イルカ先生を抱いて眠りに就く。疲れきってうとうとと瞼を瞬くイルカ先生に忘れちゃいけないと約束を取り付ける。

「イルカ先生、今度一緒にお風呂入ってね」

 朦朧とした意識に簡単に約束を取り付けるだろうと思っていたら、目を閉じたままイルカ先生が首を横に振った。

「恥ずかしいから、やです」
「えぇ〜、それは恥ずかしくないことだって言ったデショ?」
「だめったらだめ・・・、カカシさんの裸見たら・・俺・・おかしくなっちゃう・・」
「いいじゃない、おかしくなれば・・」

 だめだめと首を振るイルカ先生が可愛いくて、いいデショと繰り返す。そのまま眠りに落ちていこうとするのにまだ眠らないでと邪魔をする。今日はいいことがいっぱいあったからまだ眠りたくなかった。この気持ちをイルカ先生と分け合いたい。

「じゃあ、オレが服着てたらいーい?イルカ先生の髪を洗いたいんです」
「・・・・・・かみ?」
「うん、そう。オレ手先が器用だからきっと気持ちいーよ?」

 こんな風にとイルカ先生の髪の中に指を潜らせれば、くすぐったそうに首を竦めた。イルカ先生が胸に擦り寄ってくる。顎の下に入り込もうとするを迎え入れて懐深くに抱きしめた。

「かみ・・あらってください・・」
「うん、約束ね」
「やくそく・・・・」
「うん・・・」

 すーっと寝息を吐いたイルカ先生に零れそうになる笑みを噛み締めて、起こさぬようにそうっと髪を撫ぜた。



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