時を重ねた夢を見る 13





 鼻先を擽られて目が覚めた。瞼を開ければ目の前に広がる艶やかな黒髪。胸いっぱいに広がる幸福感に溜息を吐いた。

――イルカ先生。

 寝顔をそっと覗き込む。薄っすらと唇を開いたあどけない寝顔に愛しさが込み上げる。泣いた痕の残る目元に指先で触れ、昨日のイルカ先生の痴態を思った。
 どんな風に喘ぎ、どれだけ乱れたかを。
 それだけで火照りだす体に苦笑が漏れた。あれほど貪ったというのに。丹念に解して初めて挿入ったイルカ先生の中はオレに多大な快楽をもたらした。イルカ先生の快楽に啼く姿が更に快楽を煽る。自制など利かず初めて男を受け入れたイルカ先生の気が飛ぶまで揺さぶった。体から力が抜けるのにこれで終わりと最奥に放って動きを止めた。気絶したイルカ先生を見下ろせば、投げ出された四肢はどちらのともつかない白濁に塗れている。

――なんてヤラシイ。

 胸に散った白濁を塗りこめると眉を寄せ、僅かに身じろぐ。オレを腹に埋めたまま腰を捩る様に見ているだけで再び欲情しそうになり、――未練を残しながらも己を引き抜いた。
 くちょりと引き止めるように鳴った粘着質な音に次を願った。

――イルカ先生・・。

 起きたらどんな顔をするだろう。よもやオレとこんなことになるなんて想像もしていなかっただろう。酔っていただけと言い出しはしないだろうか。弱っていたところに付け入った自覚があるから、好かれたからだと自惚れることが出来ない。
 だけどもうダメだ。オレの方はこんなにも愛しい。体を知ってますます離れられなくなった。誰にも渡したくない。オレだけのものにしたい。
 鼻の上にある傷を指先で触れる。目の前にあるイルカ先生のすべてが愛しくて壊れそうになる。いままで自分を成してきたものが形を崩してイルカ先生に従服する感覚を全身で味わう。

 彼こそすべて。  

 そう受け入れると心が軽くなった。
 指の先でイルカ先生が顔をくしゃりと歪めた。何度も傷に触れたのが擽ったかったらしい。起きるかと思ったが、むずがるように顔を振ると寝返りを打って向こうを向いてしまった。枕代わりに敷いた腕に頭を乗せたまま丸くなる。その背に寄り添い首筋に額を押し付けると、空気が震えた。
 イルカ先生が目を醒ます。
 どんな顔を、と期待と不安が入り混じる。寝たふりをして様子を窺がえば、イルカ先生がオレの手に触れた。指先を撫ぜて掴んでくる。温かな両手に包まれて喜びが溢れた。
 気に病んでいたのが馬鹿みたい思えるほど、イルカ先生はあっけなくオレを受け入れた。腕の中で無邪気に笑う。抱きしめると暖かな手が腕に触れた。振りほどくでもなく添えられた手に言いようの無い幸福感が湧き上がった。
 こんな幸せなことがあっていいのだろうか。
 だが、満たされてるはずなのに次の瞬間には欲が出た。失わないために言葉で拘束する。

「今日からイルカ先生はオレの恋人だからね」
「浮気したらダメでーすよ?」
「これだけは約束して?」

 約束という名の束縛にイルカ先生は嫌な顔一つせず、まるで宝物を貰ったかのように嬉しそうに笑った。




 片時も離れたくなかったオレは間を空けずにイルカ先生の家を訪れた。そのうち身の回りのものが増え、自宅に帰らなくなった。勝手に居ついたオレをイルカ先生は快く迎え入れ、カギをくれた。
 そのカギはまだ一度も使ったことが無い。オレの方が早く終わった時はイルカ先生を待ち、イルカ先生が早く終わった時は明かりの点いた部屋の扉を開いた。
 毎日が楽しくて、愛しい。この日々が長く続くように願った。
 運のいいことに調べてみれば彼女は長期任務に出ていた。
 猶予は一ヶ月。
 一ヵ月後、イルカ先生の彼女だった女が任務から帰って来る。それまでにイルカ先生をもっとオレに惹きつけなければ。心も、体も、オレ無しではいられないように。



「カカシさん!」

 校庭を駆けてくるイルカ先生は可愛い。頬を火照らせて、オレを見つけてかーっと笑う。笑顔全開だ。
 並んで歩き出せば、今夜のおかずを聞いてきた。鍋がいいと言えば食材を考え出す。
 つみれを肉か魚で言い合っていると、ふいに手に温かいものが絡んで咄嗟に手を払った。はっと下を見れば、行き場を失ったイルカ先生の手がある。あっと思ったときには一瞬だけイルカ先生の表情が哀しげに歪んですぐに笑顔に隠れた。

「す、すいません・・なんか・・つい・・」
「あ!違うんです、吃驚して・・。手を繋ぐのがイヤとかじゃなくて・・あの・・」

 はい、と手を差し出せば首を横に振る。ぎゅっと体の脇で握り締められた手と笑顔を浮かべながらも引き結んだ唇に胸が痛くなった。イルカ先生が何事もなかったように話の続きをしゃべりだす。

 なんてことをしてしまったのだろう。イルカ先生を傷つけてしまった。

 後悔にまみれて頭を抱えたくなるが、抱えるのは頭じゃなくてと握り締められたイルカ先生の拳を上から掴む。びくっと強張る腕にそれこそなんても無い振りしていびつに手を繋いだ。何事もなかったようにイルカ先生の手を引く。鍋の話を続けながらも頭の中はイルカ先生の手でいっぱいだ。ぎこちなく会話に答えるイルカ先生もきっとそうだろう。歩きながらイルカ先生の指を一本一本解いていく。解けたところに指を絡め、4本目でイルカ先生の手から力が抜けた。そうっと開いた指の間に指を差し込んで、深く繋ぐ。
 初めて繋いだ手は汗ばんでしまって、イルカ先生に申し訳なく思ったが、それでもどちらからも離そうとはしなかった。



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