時を重ねた夢を見る 12
「それじゃあ、カカシ先生」
「うん、またね」
また、と振り返されるその手を握り締め、引き止めることが出来たらとどれほど強く望んだだろう。腕の中に抱き締める夢を見たまま、遠ざかっていく背中を見送る。
好きだと告げることが出来ず、嘆息した。否、――もとより告げるつもりは無い。相手は男だ。それにオレがこんな気持ちを抱いてるとは想いもしないだろう。
上忍と中忍。部下の現上司と元担任。
彼とはそういう関係だ。それ以上でもそれ以下でもなく、一定の距離を保って接していた。そうしていたはずだったのに、どうしてこれほどの想いを抱え込むハメになってしまったのか。今となってはきっかけすら思い出せない。たまに言葉を交わすうちに、いつの間にか彼はオレの心の深いところに住んでしまった。彼を想うと胸が甘く苛む。それは初めて感じる痛みだった。
それが初恋だと気付いて愕然とした。今まで恋だと思ってきたものはなんだったのか。過去に培ってきた経験が全く役に立たない。彼の一挙一動に振り回される。彼が笑えば嬉しい。口を閉ざせば不安になる。困っていればなんでもしてやりたいと思う。
――友人としてでもいいから。
最初はそれでいいと思っていた。どんな形であれ、彼の傍にいられたら。だけど、それは間違いだったとすぐに気付かされた。
彼に女が出来た。
恋に奥手な様子から大丈夫だと安心しきっていたら、見ず知らずの女にあっさりと彼を取り上げられた。じゃあと手を振り、彼女の元へと走っていく姿に何度、閉じ込めてやりたいと願っただろう。
――取り返したい。
バカなことをしていると分かりつつ、彼の後を追いかけた。足取り軽く一つの部屋へと消えていく彼を見送り、――やがて消えた明かりに絶望して家へと飛んで帰った。蹲り、ぱたぱたと床に弾ける涙を止めることが出来ない。
――諦めよう・・。
行き場のない想いに彼を忘れることにした。
だけどそう簡単には行かなかった。彼への想いは形を変えた。心が諦めたのは彼からの見返りだけだった。彼に優しくすることをやめることが出来ない。報われなくてもいい。彼が誰を好きでもいい。オレが彼を好きなことは変えることが出来なかった。
任務の帰りに商店街を歩いていると遠くからやってくる彼の姿が見えた。珍しく肩を落としてしょんぼりと歩いている。様子が変だ。
「イルカセンセ?」
怯えたように顔を上げる様をますます訝しく思う。笑ってなんでもないフリをする彼の本当の気持ちが知りたくて、しつこく突付けば突然泣き出されて困ってしまった。
泣きじゃくる彼を家へと送り、初めて来る部屋に上がりこむ。彼の性格を現して片付けすぎない部屋を見回す。家についても泣き止まない彼を胸に抱え込んで背中を撫ぜた。
そして、涙の理由を聞いて笑いが止まらなくなった。
――やった!
イルカ先生の哀しみを他所に歓喜した。嬉しくて、でもどこか狂気じみた笑いが込み上げる。
――これでまた彼は独りだ。もう誰にも触れさせない。
そう胸に誓ったオレは狂い始めていたのかもしれない。一度は失った宝を目の前に戻されて、目が眩んだオレは自分のことしか考えられなくなっていた。
イルカ先生の幸せなんてしらない。ずっとオレの傍に――。
誘われてご飯を食べて酒を共にする。
話を聞いているうちに、イルカ先生が思うほどそれが完全な別れじゃないと気付いた。相手の気を引きたくて女がよく使う手だ。だけど恋に初心なイルカ先生はそれに気付かない。教えてなどやるものか。チャンスとばかり心の隙間に入り込む。優しくして、心を癒すフリをして甘やかす。オレという人間が必要と思えるように傍に寄り添う。
それでもまだオレは、自分がイルカ先生の恋人の座に収まろうなんて思いも寄らなかった。
ただ好きだから、イルカ先生が誰のものにもならなければ良かったはずなのに――。酔いを見せ始めたイルカ先生に理性が揺らぐ。酒を過ごして気が緩んだのかしどけない仕草を見せる。酔って無いと言い張るが熱を持った瞳がオレを見つめる。そう思ってしまうのはオレこそが熱を抱えているからなのか、判断しかねてこれ以上まずいことになる前にと腰を上げると、イルカ先生がベストを掴んだ。下から潤んだ瞳がオレを見上げる。
「・・・・帰ったら・・嫌だ・・・」
弱弱しい声がどれほどオレの心に愛しく響いたことか。
酔っているから。
きっと人肌が恋しいだけだ。
言い訳を用意してイルカ先生の手を拒む。そうでもしなければ余計にイルカ先生を傷つけてしまいそうだったから。
だけど、イルカ先生の言った言葉に理性なんか弾けとんだ。
「好きって言われたのが嬉しくて・・それで・・・」
・・・たったそれだけのことで?
それで彼女を選んだイルカ先生を憎いと思った。あの日好きだと告げれなかった自分はもっと憎かった。あの時、気持ちを告げていればイルカ先生を奪われずに済んだかもしれない。あの夜消えた部屋の明かりを思い出して狂いそうになる。
「じゃあ、オレがスキって言ったらどうするの?オレのこと好きになるの?」
「・・・・カカシ先生・・・・?」
「スキだよ、イルカ先生、スキ――」
哀しみに塗れた心を隠してイルカ先生に口吻ける。初めて触れる唇への沸き立つような喜びが哀しみとせめぎ合い、――やがて愛しさへと溶けた。いつだって最後に残るのはイルカ先生への愛しさだけだ。
おいで、と手を引いて立ち上がる。これからすることをどこまで理解しているのか。イルカ先生のあどけなさを見ていると不安になる。
それでもイルカ先生を布団に沈めると唇を重ねた。裸にして体中に愛撫を施す。色の淡い、不慣れさを表す性器に舌を這わして色を覚えさせた。与えられた快楽を必死に耐えながら押し殺した声を上げてイルカ先生が達した。口の中に溢れた精液を嚥下しイルカ先生を見上げた。そこに愉悦の表情があるものと思えば、目に飛び込んできたのは泣きじゃくるイルカ先生の姿だった。
「どうして泣くの?気持ち良かったデショ?」
「ごめんなさい・・!我慢出来なくて・・、口の中に・・」
「いいんだよ?ちゃんとイルカ先生がイクのわかってたし・・」
言い聞かせても首を振って言葉を聞き入れない。ぐすぐすと泣く姿は哀れで憐憫の情が湧く。与えられることに不慣れなイルカ先生に、彼女の好意をあっさり受け入れたのも仕方ないとも思えた。
「ね、覚えてて。オレがすることはみんなイルカ先生にしたいことだから、イルカ先生が気に病むことないんだよ。オレが、そうしたいんです。だからそんな風に泣かないでよ、ね・・?」
腕の中に入れて髪を梳くと次第に嗚咽が小さくなる。
「・・俺のこと、嫌いになったりしませんか・・?」
「ならなーいよ。なるわけないじゃない」
こんなに愛おしいのに。
この瞬間、オレはイルカ先生の過去がどうでもよくなった。涙の残る頬に口吻けて誓う。
一生手放さないと。