時を重ねた夢を見る 11
目が覚めたらカカシさんの腕の中だった。温かな布団と頬に掛かるカカシさんの息。それはいつもと同じ朝なのに、瞬く間に昨日のことを思い出して哀しくなった。抱かれて満足したはずなのに心が寂しいと訴える。
「カカシさん・・」
隣に眠るカカシさんの背に手を回す。額に乗っていた濡れたタオルがずり落ち、代わりにひやりとした手が額を覆った。
「どうしたの?苦しい・・?」
返事もせず胸に顔をうずめると、額にあった手は頬を滑り頭を撫ぜる。懐深くに抱き込んで、ほうっと大きな息を吐き出す体にぐいぐい身を寄せた。
「まだ眠ってていーよ。アカデミーには連絡入れておきましたから」
優しい声が耳に届いた。髪を梳く手に意識を持っていかれそうになる。だけど安心してはいけない。こんな風にしててもカカシさんはすぐに俺のことを捨てれる人だから。
明るい日差しが部屋を照らす。ちょうど今ぐらいの時間だったと昨日の事を思い返すと、カカシさんの腕の中にいても穏やかな気持ちではいられなくなった。
どうすればもっとカカシさんに好かれるのだろう?どうすればもっと必要と思ってもらえる?どうすれば・・、どうすれば・・。
「・・・カカシさん」
「ん・・?」
見上げるとカカシさんの瞳が優しく撓んだ。
「カカシさん、あの・・俺の気に入らないところとかあったら言ってください。ちゃんと直しますから・・。俺、馬鹿だから、言ってもらわないと気付かない――」
彼女にしたみたいに。気付かぬうちにカカシさんを傷つけていたかもしれない、我慢させていたかもしれないと思うと胸が苦しくなった。
捨てられる前に直したい、そう思ったのにカカシさんは目を見開くと否定した。
「え!?ないよ!イルカ先生に気に入らないところなんて・・。イルカ先生はいつだって一緒にいて楽しいし――」
「嘘だ!だって、昨日はあんなに簡単に俺のことす、捨て・・、捨て――」
胸が苦しくて言葉を続けることが出来ない。涙が溢れ出て、こういうところが俺の疎まれるところかもしれないと必死に涙を拭う。
「違うよ!違う・・、捨てるつもりなんて・・。あれはそうした方がいいのかと思って・・・」
「どうして・・ぇっ、あぐっ・・えっ・・っ」
大きな手が頬に流れた涙を拭う。それでも足りないとわかると目元から零れ落ちる前にカカシさんの唇が吸い上げた。壊れ物を扱うみたいに、そうっとそうっと啄ばむ。
「そんなに泣かないで・・、・・あの時、――彼女が来た時イルカ先生すごく嬉しそうだったから・・それで・・」
「そんなこと、ないです・・!」
「いーえ。嬉しそうでした」
断言されて怯んだ。
(・・・そうだったかな・・?そんなつもりなかったけど・・。)
真っ直ぐに見つめられて居心地が悪くなる。その瞳に拗ねたような色が浮かんで、カカシさんが唇を尖らせた。
「お風呂の中に居てもわかるぐらい嬉しそうなチャクラがぶわーって流れてきたもん」
それを聞いてあ!と声を上げた。
「違います!それは彼女に恋人が出来たのかって聞かれて、・・それでカカシさんのこと思い浮かべたら嬉しくなって、それでぶわーって・・」
「えっ、そうなの?で、でも、オレのこと友達って――」
「それは!俺たちみたいな関係を――、男同士とか嫌う人もいるから、彼女もそうなのかと思って・・。だったらわざわざ言う必要ないじゃないですか」
「なんだ・・。そうだったんだ・・」
「そうですよ・・」
心底ほっとしたような声音に今度は俺の方が唇を尖らせる番だった。
「もしかして・・、そんなことで俺のこと捨てようとしたんですか・・?」
「えっ、いや・・その・・イルカ先生も彼女と縒りを戻したいのかと思ったから・・」
「どうしてそんな風に思うんですか。ひどいです!俺の気持ち疑うなんて・・。あんなにいっぱい好きって言ったのに・・」
「えっ!?」
驚いたカカシさんに俺も吃驚した。何がそんなに驚くようなことがあったのか。
「あ・・・いや、そうだね・・、そっか・・」
口元を手で押さえてカカシさんが口ごもる。手からはみ出た部分が次第に赤く染まっていくのを不思議に思って見つめていたら、カカシさんが俺を腕の中に抱きこんで顔を見えなくした。ぎゅうぎゅうと腕が痛いぐらいに体を抱きしめる。息も吐けない抱擁に身を任せていたら、しばらくしてカカシさんが腕から力を抜いた。
「でもね、いつか彼女がイルカ先生のこと取り戻しにくると思ってたから、ついに来たって・・」
「え!!?どうしてそんなこと思うんですか!?カカシさん、彼女と知り合いだったんですか?」
「違ーうよ。でもそれぐらいイルカ先生の話聞いてたら分かります」
「ええ!?」
カカシさん、すごい。
なにがどうなってそう思ったのか俺にはさっぱりだ。尊敬の眼差しで見上げると心地悪そうに視線を逸らした。
「・・とにかく、その・・、ゴメンなさい・・」
改めて謝られて口がへの字に下がった。前にカカシさんが俺に謝るなと怒ったことがあったけど、その意味が今になってようやく理解できて、ますます口角が下がる。だからむすっとしたまま思いのまま口を開いてしまった。
「こ、今度俺のこと捨てようとしたら承知しませんよ!!」
言ってすぐあわわとなった。泣いて鼻水を垂らした状態でなに言ってんだか。それに承知しないと言ってもカカシさんを引き止める術なんて持ってないのに――。
それでもカカシさんは、「うん」と神妙に頷いた。
「もう2度とこんなことしないけど、もしまたこんなことがあったらオレのこと叱り飛ばしてね。引き止めてね。離さないでね。約束してくれる?そうするって」
「・・はいっ、約束しますっ、・・します・・っ」
にこーっと頬を緩めて顔を伏せてきたカカシさんの唇が唇に深く重なる。舌も絡めずに角度を変えて重ね合わせていると、祈るような神聖な気持ちになって心の底で誓った。
――ずっと離れない。
温かな唇に、頬を撫ぜる優しい手に、カカシさんも同じ気持ちでいてくれると信じたい。最後にコツンと額を合わせて甘く微笑むカカシさんに、こんなことを聞くのはしつこいかなと思いつつ、安心したくて聞いた。
「・・カカシさん、俺のこと、嫌いになってませんか?」
「なってなーいよ。今も、前と変わらず、前よりもっとイルカ先生のことが好きでーすよ」
想像以上の答えに胸がいっぱいになる。
カカシさんが好き!
きゅうぅとしがみ付くと、気が緩んだせいかぐうっと腹が鳴った。
「あ・・」
「お腹空いたデショ?昨日なんに食べてなかったから」
ふふっと声も無くカカシさんが笑う。恥ずかしくて顔を伏せると、するりとカカシさんが布団から抜け出た。
「あ・・っ」
「・・だいじょーぶだよ、どこにも行かない。待ってて、ご飯作ってくるから」
ちゅっと口吻けられて、ついていきたくなるのを堪えた。寝室や居間の襖を開け放ってしまえばベッドから台所まで筒抜けになる。ベッドの中から必死に動きを追っていたら、どきどきカカシさんが振り返ってにこっと笑った。
しばらくすると土鍋を手にしたカカシさんが戻ってきた。漂ういい香りにくんと鼻を鳴らすとベッドサイドに鍋を置いて布団の中に手を差し込んだ。自分で起きれると思ったけど甘えたくてカカシさんに身を委ねる。枕を背に座らされてカカシさんを見ていると、カカシさんが椀にお粥を装った。
レンゲに掬ったお粥をふうふう冷まして俺の口元に運ぶ。
「ハイ、あーん」
差し出されたレンゲとカカシさんを交互に見て、かかーっと頬が火照った。いつもいろいろして貰っているけど、まだこれはしたことがなかった。
「じ、じ、自分で出来ます・・っ」
「知ってまーすよ。でもオレが食べさせたいの。ホラ、口開けて」
あーんと言われて口をもごもごさせた。
開けたい。でも恥ずかしい。でもカカシさんがそうしたいと言ったから、していいに違いない。
あ、と小さく口を上げるとレンゲを押し込まれ大きな口を開ける。程よく冷めたお粥をもぐもぐしていたらじわーっと頬が緩んだ。
嬉しい。嬉しくてたまらない。
「美味しい?」
頷くとカカシさんがにこーっと笑った。そうして笑うカカシさんはいつもの俺の世話を焼くカカシさんだ。はい、と差し出されたレンゲにまた口を開けた。
その後も、約束した通りカカシさんは自分で指を上げる必要もないほど俺の面倒をみてくれた。いつも以上に俺の世話を焼くカカシさんは幸せそうで、その日一日たっぷり甘やかすことで俺の心を満たしてくれた。