時を重ねた夢を見る 10





 扉が完全に閉まると、彼女の気配は全くしなくなって玄関が静寂に満ちた。冷たい空気が這い上がってくるような寂しさに、ぶるりと体が震えた。
 寒い。
 温めて欲しいとカカシさんを思い浮かべながら寝室を振り返って、心臓が凍りついた。
 カカシさんが居ない。
 さっきまでベッドの脇に立っていたのにその姿は無く、気配もしない。

「あ・・っ」

 泣きそうになりながら寝室に駆け戻って、――ほっとした。ちゃんと居た。でも何故か壁に向かって正座っている。

「カカシさん」

 こっちを向いて欲しくて声を掛けた。だけどカカシさんは背を向けたままでこっちを見ない。そのせいでもっと近寄りたいのに、カカシさんまであと一歩残して近寄れずにいた。

「カカシさん・・?」

 胸がじくじく痛みだす。

(また怒らせることをしてしまっただろうか・・?)

 考えて、はっと髪に触れた。また下ろしたままになっている。

「あの・・、カカシさん・・、カカシ、さん・・・・・・」

(どうしよう・・・)

 哀しくなって涙が出た。またやってしまった。カカシさんに嫌われる。ひーと音も無く泣き出すとカカシさんが口を開いた。

「ゴメンネ、イルカ先生・・。勝手にあんなこと言って・・」
「・・え?」

 どうしてカカシさんが謝るんだろう。謝らなくてはならないのは俺の方なのに。それにあんなこととは何を指しているのだろう?
 カカシさんの思惑が見えなくて不安になる。重ならない心にカカシさんとの距離を感じて、また胸が冷たくなる。そんな俺に気付かないカカシさんは淡々と言葉を続けて、俺の心臓に刃を刺した。

「今なら間に合うんじゃない?追いかけたら・・きっと・・ゆるして――」
「さっき――!」

 何を言い出すのかと吃驚して大きな声を出すとカカシさんの肩がびくっと震えた。

「傍に居てくれるって・・!俺の傍に居るって言ったじゃないですか!!それなのになんでそんなこと言うんですか!一緒に居るって・・さっき言った・・っ!」

 何度も同じことを言って言質は取ったと突きつける。もうその言葉しか縋れるものが無かったから必死になって繰り返した。
 みっともない泣き声が口から漏れる。哀しくて寂しくて死にそうに苦しかった。この苦しみから俺を解き放てるのはカカシさんだけだ。
 助けて欲しい。早く助けて。カカシさん、助けて――。

「お、・・俺を・・捨てないで・・、カカシさん・・・捨てないで・・・」

 おねがいと嗚咽交じりに呟くと、膝の上に乗せた拳を硬く握り締めたカカシさんの肩がぶるぶる震えた。

「・・・いいの?イルカ先生・・、オレで・・いいの?」

 ようやく見え始めた光明に泣きながらうんうん頷く。だけどそれはこちらに背を向けたカカシさんには伝わらなくて、必死になって嗚咽で乱れた呼吸を整えると口を開いた。

「カカシさんじゃないと・・だめなんですっ」
「イルカセンセ・・」

 ようやくこっちを向いたカカシさんが俺を見上げた。申し訳なさそうな、不安そうな表情に何故と問いたくなる。だけど今は早く抱きしめて欲しくて、カカシさんに向かって両手を伸ばした。

「カカシさん・・っ」

 抱擁を乞えば、カカシさんが一瞬固まったのち飛びついてきた。そのまま後ろのベッドに倒れこんで、ぐうッとカカシさんの体に押しつぶされて息を詰まらせながらも重なった唇に夢中に吸い付いた。強く押し付けあって互いの存在を確かめる。少しでも唇が離れると不安になって必死で追いかけた。唇が熱くなって痺れたように感じても離れることが出来ない。そうしてるうちに体の熱が上がり、行き着くところまで行かないと収まらなくなってカカシさんの服の下に手を入れて裸の肌に触れた。
 抱いて欲しい。
 心に出来た隙間を埋めたかった。カカシさんに抱かれることでカカシさんに好かれていると、必要とされていると感じたかった。
 だけど、俺が裸の肌に触れた瞬間、はっとカカシさんがキスを止めた。体を浮かせて俺の上からどこうとする。離れていく体を引き止めたくて服を掴んだ。腕を立てた状態のままカカシさんが困ったように俺を見下ろす。その表情に、胸の穴にぴゅうっと冷たい風が吹いた。

「カカシさん・・、カカシさん・・・・抱いてください」

 困った顔したカカシさんにこんなことを言うのは多大な勇気がいった。だけどこのまま放って置かれるのを想像すると、そっちの方が数十倍も怖かった。

「カカシさん・・シテください・・」

 小さな声で乞うと、ふいっとカカシさんが顔を背けた。

「・・・ひっく・・っ」
「あ!違うよ!イルカ先生、今本当はすごく高い熱がでてるんです。薬が効いてて楽かもしれないけど・・今日は安静にしてないとダメなんです」

 知らない、そんなこと。

 少しだけほっとして、涙に濡れた顔をぐいっと拭うと、無理矢理カカシさんの体を返して上下入れ替わった。

「おわっ、ちょっ・・」

 腰の上に跨って、カカシさんのズボンのボタンを外してファスナーを下ろす。

「イ、イルカセンセ!?」
「・・シます。今からスルんです・・」
「ダメだって・・、ね?イイ子だから・・」
「いやだ!!」

 カカシさんの下衣をごそごそしていた手を取られると癇癪が爆発した。

「カカシさんはなんでそんなに冷静でいられるんですかっ!俺はこんなにも不安なのに!カカシさんは俺のことちっとも好きじゃない!俺ばっかりカ――」
「――このっ」

 押し殺した声にひやっと身を竦ませると、体を返されていた。カカシさんの下に組み敷かれて腕を押さえつけられる。痛みに怯えてもカカシさんの手は緩まなかった。

「そんなこと、ある訳ないじゃないですか。そんなこと――」

 カカシさんが噛み締めるように言う。

 痛みを堪える表情に酷くカカシさんを傷つけたのだと判ったけど、俺の心を満たしたのは喜びだった。

 ああ。

 嬉しくて溜息が漏れた。

「だったら抱いてください・・。抱いて、俺のこと安心させてください」

 空いた手でカカシさんの体を引き寄せて唇を重ねると、カカシさんがかみ付くようにして唇を吸い上げた。

「我慢してたのに――」

 どこか拗ねたような口調だったけど、俺を見る目は優しい。素肌の上を滑る手に歓喜して体が震えた。カカシさんが熱を測るように額を合わせた。

「・・後でちゃんと面倒見ますから」

 うんと頷くと服を剥ぎ取られた。最初から下着まで脱がされて恥ずかしくなる。だけどカカシさんがそうしたいならと明るい日差しの中裸体を晒した。開いた足の間にカカシさんが居座る。さわっと腿を撫ぜられて体が震えた。

「あ・・カカシさん・・」

 どきどきと心臓が逸る。愛撫を施そうと肌の上を滑る手を抑えて、こっちを見上げたカカシさんを見つめ返した。

 愛撫なんていらない。快楽も無くていい。早くカカシさんと繋がりたい。

 押さえた手を引っ張り上げるとカカシさんの体が覆いかぶさってきた。背中に手を回して広げた足の間にカカシさんの体を挟みこむ。
すると俺の願いを受け取ってくれたのかカカシさんの手が尻の間を滑った。後口に触れた指が表面をなぞって中に入ってくる。均すように動く指に焦燥を掻き立てられてぶんぶん首を振った。

「カカシさん・・も、い・・はやく・・」
「もう少しだけ待って・・」
「もういい・・おねがい・・カカシさん・・」

 切なくなって目に涙が浮かぶ。

「おねがい・・はやくカカシさんで俺を満たして――」

 言い終わらない内にカカシさんの指が後口を開いて、ぐっと熱いものを宛がわれた。指と入れ違いに入り込んできたものを息を吐き出しながら迎え入れた。狭い腸壁をカカシさんの性器が満たしていく。

「う・・っ・・あ・・あ・・っ」
「痛い・・?」

 首を横に振ると目に溜まった涙が流れて、カカシさんがそれを啄ばんだ。優しい口吻けの合間に少しずつ楔が体の中に打ち込まれる。そうしてすべてが収まるとほうっと息を吐いてカカシさんが動きを止めた。

「はいったよ、イルカせんせい・・」

 潤んでぼやけた視界の先にカカシさんが映り込む。髪や頬を撫ぜる手に目を閉じて体の中にあるカカシさんを感じた。
 熱くてお腹の中が温かくなる。みっしりと隙間無く埋められて心が満たされる。

「これでい?」

 温かな笑顔を向けられて胸がいっぱいになった。

 うん、うんと頷いてカカシさんの首の後ろに手を回して、引き寄せた頬に頬を重ねる。

「カカシさん・・、カカシさん・・」

 好き・・、すごく好き、と首筋に強く顔を押し付けて頬を擦りつけると、カカシさんの手が強く体を抱きしめた。あまりに強くて骨がきしみそうになる。胸が押しつぶされてはっと息を吐き出すとカカシさんの手が緩んだ。

「や・・もっと・・」

 力の抜けてしまったカカシさんの腕の代わりに強くしがみ付く。首筋に熱い息が掛かり、むちっと唇が触れて強く吸い上げた。

「アッ」

 痛みに震えた体を撫ぜてカカシさんが言った。

「動いてい?」

 頷くとゆるゆると動き出す。さっきまでは快楽なんていらないと思ったけど、そこを掻き混ぜられると無関心ではいられない。穏やかな抽挿を繰り返されて快楽が生まれた。いつの間にかつんと前が硬く勃ち上がり、二人の体の間で揺れる。

「あっ、はあっ・・、あっ、あっ・・」

 次第に早くなる動きに息を乱される。カカシさんに着いて行こうと必死に呼吸を合わせていると、ふとカカシさんが動きを止めて突き上げる角度を変えた。

「アッッ!!」

 快楽のつぼを抉られ、前からびゅくっと白濁が溢れる。だけどそれは完全な射精では無くて、――終わりでは無かった。

「アッ!アッ!アッ!」

 立て続けにそこを突かれて、勝手に背中が引き攣った。差し出されたように突き出た腰を掴んでカカシさんが腰を振るう。喘いで吐き出すばかりの息に胸が苦しくなった。

「アッ、・・や・・っ、死ぬ・・っ」

 死にそうなほど苦しいのに、体は快楽を追い続ける。

「アアッ、アーッ、・・イイ・・っ」

 駆け上がろうとする体に腰が勝手に動いた。カカシさんを受け止めようと、カカシさんの動きに合わせて腰が揺れる。

「イルカセンセ、一緒に――」

 カカシさんの言わんとすることに気付いて、頷いた。だけど、

「カカシ、さ・・、俺、も・・だめ・・っ」

 今にも弾けそうな前に泣き言を漏らすとちゅっと唇を啄ばまれた。

「うん、わかった。ちょっとだけ待って――」
「ひっ、アッ・・」

 言ったカカシさんの動きが早くなる。腸壁を激しく擦られてぶるぶる震えた。

「カカ・・さ・・!も、ダメ・・、ダメ・・ッ」

 堪えようとする体がきゅぅぅとカカシさんを締め付ける。

「っ、・・はっ、いいよ、イルカせんせい・・、いつでもイって・・」

 最奥を突かれて意識が飛びそうになる。

「アーッ、ああっっ!ああーっっ!!」

 びゅくびゅくと前から白濁を噴き零すと、カカシさんがぐっと腰を押し付け、最奥に熱を吐き出した。何度も叩きつけられる熱に体を撓らせ仰け反ると、やがて引いていく快楽の波とともに意識も攫われた。



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