やさしい手 6





 こんこん。
 ドアをノックする。が、反応なし。
 あれ?
 こんこんこん。
「イルカセンセー?」
 もう一度ノック。
 今度はパタパタと足音が聞こえてきて、その音に胸がドキドキする。だが、近づいてくる足音の勢いの良さに、ん?と体をずらした途端、勢いよくドアが開いてイルカ先生が飛び出してきた。
 アブなかった・・・。
 内心冷や汗を掻きながらも、さすがオレ、と誉めつつイルカ先生を見て、どきんと心臓が高鳴った。
 ぴょこっとくくった髪はいつものままだが、水色のTシャツに支給服のズボン、おまけに裸足とラフな格好で、何だかいつもよりあどけなく見えた。イルカ先生が着ているだけで見慣れてるズボンが可愛く見える。着ているTシャツが、昨日洗ってオレがたたんだやつだったから見ていてくすぐったかった。
「・・・・えーと、コンニチハ」
 ちょっと緊張してぎこちなく挨拶すると、何故かドアノブを持ったまま吃驚したように固まっていたイルカ先生が、ぱぁっと笑った。
 眩しいです。イルカ先生。
「こんにちは、カカシ先生。お待ちしていました」
 「お待ちしてました」を頭の中で何度もリピートしながら、笑顔に見とれてくらくらしていると、袋を一個持ってくれた。
「どうぞ」
「はい」
 どうしよう。すんごく嬉しくなってきた。
「おじゃまします」
 脚絆を脱いで後を付いて行く。
 イルカ先生の家は玄関を入ってすぐのところが台所になっていた。イルカ先生が近くにあったテーブルに袋を置いたのでオレも真似して置いてみる。
「早かったんですね」
「ハイ・・・」
「こんなに沢山買われて重かったんじゃないですか?」
「イエ、それほどでも・・・」
「?・・・・もしかして、緊張してます?」
「ハハハ・・・ちょっとだけ・・・」
 乾いた笑いを漏らしながら、ホントはすごく緊張していた。だって初めてイルカ先生の家に来たんだから。
「俺もね、なんだか緊張してます」
「えっ?」
「ほんとにね、来るのかなって、ちょっと思ってたんで」
「えっ、そうなの?・・・迷惑、だった?」
 あ、また言っちゃった。
「そんなことないです!・・・来てくれて嬉しいです」
 俯き加減に笑って鼻の傷を掻いている。
「楽しみにしてました」
「よかった・・・」
 はにかんで言うのに心底ほっとした。
「こっち」
「え?」
 イルカ先生の熱いぐらいの手が手首を掴む。戸惑っていると手を引かれて居間に連れて行かれた。
 足の裏に柔らかい畳の感触が伝わる。居間の奥は寝室になっていて開け放たれた窓から風が入ってきて、柔らかそうな生地のカーテンを押し上げていた。ほのかに畳の香りと日向の匂いがする。部屋の真ん中にはにちっちゃな卓袱台が置かれていた。
 一生この光景を忘れない。何故だかそう思った。
 でも、たぶん。きっと。絶対忘れない。
「座っててください。お茶いれますから」
「ハーイ」
 頷いて壁に凭れるようにして座った。カチャカチャと台所から零れてくる音を聞きながら部屋の中を見渡した。あんまり物のない部屋で卓袱台の他にはテレビがあるくらいだった。閑散としていて、ちょっと意外だった。昨日の話しからもっと凄いのを想像していた。
 すっかり寛いでいると、イルカ先生がお盆にお茶を乗せて戻ってきた。どうぞ、と卓袱台に置かれたそれに寄って行く。
「イルカセンセ、結構綺麗にしてるんですね」
 よく冷えた麦茶片手にそうい言えばルカ先生は何故か慌てた。
「いえ!そんなことないんです。いつもはもっと凄くて、昨日までは足の踏み場もない位で」
「そうなの?」
「そうなんです。今日は朝から片づけをしてて、でもまだ途中で・・・」
「そっか」
 本当に待っててくれてたんだ。
 そう思うと自然と頬が緩んだ。
 それにしても、これ以上ドコを片付ける必要があるんだろう?さっき見た台所もきれいだったし。
 そんな事を考えていたら寝室の方で、がさっ、ぎしっと音が鳴った。
「あっ!」
「ん?」
 何の音だろうと、寝室の方を見ているとイルカ先生が焦ったように腰を浮かせた。その瞬間、ばたん!と倒れた襖と一緒に、中に詰め込まれていただろう、新聞やら、巻物やら、布団やら、座布団やらが雪崩れてきた。昨日洗濯物を詰めた袋もあった。
「「・・・・・・・・」」
 唖然としているとイルカ先生がスッと居間の襖を閉めて、寝室を隠した。
「・・・・見ました?」
「・・・・すいません」
 見えちゃいました。
「・・っ、ホントはもう少しマシなんです!最近忙しくて家の事まで手が回らなかったと言うか・・・・・」
「ウン・・・・」
 手をじたばたさせて必死で言い訳するのが可笑しい。でも、ちょっと泣きそうな顔をしているから、息を詰めて耐えた。
「いいですよ。そんなに可笑しかったら笑っても」
「えっ、いや、ウン、可笑しくないよ?」
 込み上げてくるものをげほっと咳で逃すと、イルカ先生が口を尖らせた。
「そんな赤い顔して言われても信憑性ありません!」
「えっ、ぶぶっ、いや、ぷはっ、ごめんっ」
 堪えきれず吹き出した。一旦笑い出すと止まらなくなって腹を捩った。慌てるイルカ先生の仕草が可笑しかったのもあるが、緊張の糸がぷつっと切れて―――イルカ先生の前で思った以上に緊張していた自分が可笑しかったのだ。
「カカシ先生・・・笑いすぎです」
 恥ずかしそうに縮こまって言うのがまた可笑しい。
「ごめっ・・・でも・・・今更・・・です」
 だって、昨日アレだけの洗濯物を見たんだから。
 そう言えば、「それもそうですね」とイルカ先生も笑いだした。


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