やさしい手 5





 昨夜は二人で歩いた道を一人で歩く。両手には洗濯物の入った袋の変わりに野菜や肉のいっぱい詰まったビニール袋をガサガサいわせて。買い過ぎて余りの量に指は千切れそうになったが足取りは軽い。
 だって今日はイルカ先生んちに"お呼ばれ"だ。
 普段買い物なんてうっとおしいからしないけど、イルカ先生の為となると別だ。
 見上げれば快晴。その何処までも青く澄んで雲一つない空に昨日の星空を思い出した。


***


 最後の乾燥も終わり、たたみ終わった服を袋に詰め込む。
 とうとう終わってしまった。
 イルカ先生と一緒だったらココに住んでもいいぐらいこの空間が気に入っていた。でも、さっきほど沈まない。だって、もう約束した。
 一人じゃ大変だろうと荷物持ちを申し出ると速攻断られた。
「イルカ先生の家どこか知らないから教えて」
 強引に袋を手に取り、コインランドリーを出ると、慌てたようにイルカ先生がついて来た。イルカ先生の家の方角なんて知らなかったから適当な方向にずんずん歩いて行った。
「カカシ先生!待って!」
 振り向けば息を弾ませ、黒髪をぴょんぴょんさせながら追いかけて来る。
「こっちです」
 遠慮がちに指差して歩き出すのについて行った。
 商店街を抜け、暗い夜道を歩きながら、ちょっと強引だったかなと反省した。イルカ先生を覗き込んで見ると俯いていて表情がよく見えない。急に罪悪感みたいなものが込み上げた。
「イルカ先生、怒ってる?オレ迷惑だった?」
 迷惑?と聞かれて迷惑ですと答えられる中忍なんていないのに。もっとマシな聞き方があるだろうと頭の中では分かっているのに焦って出てきたのはソレだった。
 迷惑・・・は迷惑だろうな。明日が休みと聞いていきなり行くって言ったんだから。何か予定があったかも・・・。
「そんなことないです!俺・・・嬉しくて!」
 己の自分勝手さに今更ながら気付いてずぅんと落ち込みかけているとイルカ先生が叫ぶように言った。吃驚して見ているとカカカッとイルカ先生の目元に朱が昇ってあわあわしだした。
「あ・・・いぇ・・・その迷惑だなんて思ってないです。でも・・・なんか突然で・・・実感が湧かないというか・・・」
「それは確かに・・・」
 オレだって想像すらしてなかった。イルカ先生の家に行く事になるなんて。今こうして二人で歩いている事すら不思議だった。
 でも ――。
 でも何でだろう。こうして二人で歩いている事がとても自然なことのようなカンジがするのは。そう思うのはオレだけ・・・・?
 
 手を繋ぎたい。
 
 ふいに浮かんだ考えが胸の中を占めていく。
 隣を見ればイルカ先生はまた下を見て歩いている。その手を見れば袋をしっかり握って白く骨が浮かんでいた。重そうだった。
「イルカ先生、それ持ちますよ」
 空いた手で袋の持ち手を掴めば、
「大丈夫ですよ。これぐらい持てます」
 と、手を離さない。
「じゃあ、半分っコね」
 何かを言いかけるイルカ先生を無視して持ち手を持ったまま夜空を見上げた。
「ねぇ、アレってオリオン座?」
 聞けばつられたように空を見上げ、星について語りだした。さすが教師と言うべきか、淀みなく星に纏わることをいろいろと教えてくれた。
 でも、ごめんね。話の半分も耳に入ってこない。
 袋を持つ互いの手が僅かに触れ、そこからイルカ先生の温もりが伝わってくる。
 気付いてるかな・・・?
 その事が気になって横顔をちらっと盗み見るが、一生懸命話し続けるイルカ先生からは何の反応も伺う事が出来ない。
 ま、いっか。
 ただ、離れていかない温もりが嬉しかった。ほんの僅かな温もりでもイルカ先生の、と思うだけで堪らなく嬉しい。

 やがてイルカ先生のアパートに着いた。階段の下まで送ると、
「じゃあ、また明日ね」
 と袋を手渡し背を向けた。本当は部屋の前まで送りたかった。もっと一緒にいたかった。でもこれ以上進むと帰りたくなくなってしまう。離れたくなくなってしまう。いきなりそんな気持ち押し付けられてもイルカ先生も困るだろう。
「カカシセンセ!」
 後ろ髪たっぷり引かれる思いで歩き始めると呼び止められた。肩越しに振り返ると階段に袋を置いて追いかけてくる。
「なぁに?」
「あの・・・今日は本当にありがとうございました。明日・・・楽しみにしてますね」
 遠慮がちに俯いてぽりぽりと鼻のキズを掻きながら言うのにちょっとばかり我慢の箍が外れた。口布を下ろして頬にちゅっと口吻けるとすぐに戻した。弾かれたように顔を上げるイルカ先生に、
「また明日ね」
 と笑いかけて屋根へと飛んだ。ちらっと顧みたイルカ先生は耳まで真っ赤で、そこに嫌悪の色はないことに安堵した。それどころか、もしかしてこれは脈アリ?と期待してしまいそうな初心な反応がくすぐったかった。



***


 ウキウキと歩きながら、指が痺れて落としそうになった袋をくいっと上げて持ち直した。あの角を曲がれば昨日別れた階段がある。
 その階段を下から見上げて、はーと深呼吸した。カンカンと音を立てて二階に上がる。その二階の一番奥の角部屋がイルカ先生の家。
 やっと逢える。
 ドアの前に立ち、どきどきする心臓をもう一度深呼吸することで宥めるとドアをノックした。



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