やさしい手 2





「このぐらいの量が適量ですよ」
 イルカ先生が詰め込んだ服を掻き出して適当な量にするとフタを閉じてスイッチを入れた。
「分かりました。ありがとうございます。いろいろ教えていただいて」
「どういたしまして」
 イルカ先生も理解したみたいだし、これで帰っても良かったはずなのにそうしなかった。一人にしておくと何かやらかしそうでほっとけなかったのだ。
 なんとなく備え付けのベンチに二人して座って話をした。イルカ先生は子供たちのことやアカデミーでのことを話してくれた。人の話を聞くのは好きじゃないのにイルカ先生のは何故かイヤじゃなくて、ニコニコしながら話すのを見るのは楽しかった。
 乾燥機が鳴って乾いた服と濡れた服を入れ替えながら話していると、話はイルカ先生の暮らしぶりにまで及んだ。
 イルカ先生の暮らしぶりはこれぞ男の一人暮らしといったカンジでなかなか豪快だった。ま、オレも似たようなもんだけど。
「そういえばイルカ先生って食事とかどうしてるの?」
「あー俺料理出来ないんで簡単に済ませることが多いです」
「お弁当とか?」
 昨日のを思い出して言ってみる。
「ええ。あとカップラーメンとか。あれって手軽でいいですよね」
 他にも焼きそばとかスパゲティだとかお湯を入れるだけみたいなのが好きらしい。それにしても麺類ばっかり。
「ご飯モノは食べないの?カレーとか結構ウマいのあるよ」
「カレーは好きなんですけど、レトルトってあんまりおいしくないっていうか・・・」
「そうですか?最近のは良く出来てると思うんですけど。野菜も入ってるし」
「うーん・・・その野菜が硬いっていうか・・・。油が分離してるし・・・」
 ちょっと待て、まさかとは思うが。
「あの。それってちゃんと温めてます?」
「あ。いや・・・今電子レンジ壊れてんでそのまま食べてました」
 てへっと笑う顔は可愛いけど更に聞き捨てならないことを言ったよな、今。
「あれって難しいですよね、温めるの。加減が分からなくて爆発させてしまいました」
 爆発!?しないだろう普通!一体どうやって?
「カレーが爆発したんですか・・・・?」
「はい。『温め5分でOK』って書いてあったんでチンしたら途中ですごい爆発音がして吃驚して見に行ったら台所中カレーまみれになっていて電子レンジが落っこちてました。危ないですよね、カレーのパウチって」
 アブナイのはアンタだよ。機械に弱いってさっき言ってたけどここまでとは。いや・・・機械云々以前の問題だよ。
「・・・お湯です」
「え?」
「そういうのはお湯で温めるんです」
 でも良かった。その時レンジの近くにいなくて。
 内心はーっと息を吐く。
「・・・そうなんですか」
 暢気に呟くのを聞いたら無性に腹が立ってきた。
「アンタね!『そうなんですか』じゃ無いですよ!仮にも教師でしょう。ちゃんと説明読みなさいよ!怪我でもしたらどうするんですか!!」
 気が付いたら立ち上がって頭ごなしに怒鳴りつけていた。オレに怒鳴られたイルカ先生は吃驚した顔をしてしゅんとうな垂れる。
 ヤバい。言い過ぎた。
「すいません。オレカッとして・・・つい失礼な事を・・・」
 イルカ先生が俯いたまま首を振った。
「でも密閉してある物を電子レンジに入れたらダメですよ」
「すいません」
 いや、オレに謝られても。
「そうじゃなくて・・・大怪我するところだったんですよ。分かってます?」
 今度はコクンと頷いて更に俯く。
 あぁ。責めるつもりはないんだけど・・・どうしてこんな言い方しか出来ないかなぁ。
 イルカ先生はぎゅうっと膝の上に手を突いて固まっている。まるで怒られてる子供みたいに。心なしか耳が赤い。
 泣かせちゃった?
 どうしようと俯いたイルカ先生の顔を覗き込んで見ると。
 笑っていた。嬉しくて仕方が無いけどそれを堪えてる、みたいな顔して。
「・・・なんで笑うかな、ここで」
 拍子抜けしてぼそっと聞くと更にイルカ先生が赤くなった。
「いえ・・・なんか嬉しくて・・・つい・・・」
 すいませんと呟く。
「はぁ・・・えっと、なにが?」
 もう、訳が分かんないよ。このヒト。
「俺、あんまり人に怒られたり、心配されたりする事無いから」
 鼻の傷を掻きながらイルカ先生は照れたように笑う。
「ありがとうございます」
 そう言ってとても嬉しそうに笑った。それは綺麗に。
 瞬間その笑顔に見蕩れて言葉を返すことが出来ない。
「カカシセンセ?」
 じっと見上げてくる瞳に心臓が跳ねた。
「あ・・いえ。お礼を言われるほどのことでも・・・」
 あれ・・・・?なんだかおかしい。息がしにくいというか、手が震えそうというか、目の前が霞むというか、血の巡りが早いというか。なにこれ。
 とりあえず落ち着こうと座って口布に指を入れると隙間を開けてスーハーと深呼吸してみた。
「大丈夫ですか?どこか具合でも・・・」
 いや、大丈夫。なんでもない。なんでもない。
 『大丈夫です』と言おうとして横を向いたら心配そうなイルカ先生と目が合った。
 大丈夫じゃない。ますます呼吸が苦しくなってクラクラする。
「なんでもないデス。でも、その。イルカ先生って早く嫁さん貰って世話してもらった方がいいタイプですね」
 あんまり心配そうな顔するから誤魔化したくて気付いたらそんなこと言っていた。無理やり笑って見せるとイルカ先生がほっと息を吐いた。
「ははは、俺もそう思うんですけどなかなかいい人にめぐり合わなくて」

 それを聞いて、あれだけ勢い良く巡っていた血流が止まった。

 やっと分かった。

 オレってイルカ先生のこと好きなんだ。



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