やさしい手 12





 びくっと腕の中で跳ねる気配で目が醒めた。
 いつの間にか眠ってしまったらしい。
 ごそごそと腕の中で動く気配に、『イルカ先生も起きてるんだなー』と思いつつ。目を瞑ったまま眠ってるフリをした。だって・・・なんていうか・・・すごいことになっている。しっかり抱きこんでるのは眠る前からだけど、イルカ先生の足なんかもしっかり己の足の間に挟みこんでいて、抱きまくら?っていうくらい、それは、もう、しっかりと―――密着していた。
 よくやった!!寝てるときのオレ!
 かーっと頭に血が上って心臓がばくばくいいそうになるのを必死で押さえた。寝たフリがバレてしまう。
 腕の中でイルカ先生が動く。周りを見てるみたいだった。そういえば電気とかつけっぱなしだった。
 イルカ先生が身を捩るのに、抜け出してしまわないように静かに腕に力を入れた。別に意地悪してる訳じゃない。ちょっと知りたかったのだ。
 オレの事をどう思っているのか。
 こうしてるのがイヤだったらオレを起こしてでも離れるだろうし、イヤじゃなければ・・・―――。
 オレを起こさない為にかそっと胸を押して体を引こうとする。腕が外れないと判ると今度は足を動かした。蔦のように絡まった足を引き抜こうと膝を上げたり下げたり―――。
 ―――イルカ先生、その動きはヤバイです。
 ナニにイルカ先生の太股が当たりそうな当たらなさそうな。というか、そう動きだけで反応しそうで。
 いくつのガキだよ、オレは!
 ぐうっと耐えた。さすがにそれはマズイ。イヤだ。カッコわるいデショそれは・・・――でもっ!
「んんーー」
 背に腹は代えられず抗議の声を上げてみた。いかにも寝てますってカンジで。
 途端にイルカ先生がぴたっと動きを止める。身を固くしてオレが起きないか様子を伺っているようだった。息を潜めてじっとしてる。
 腕に伝わるイルカ先生の背中の筋肉の動きでオレを見上げてるのが分かった。顔を――見られてる。
 目を閉じたまま表情を変えないようにじっと耐えた。
 キスされたらどうしよう。
 浮かれていられたのは最初のうちだけだった。
 ずっと見てる。
 イルカ先生が体の力を抜いた。でも、まだ見てる。
 どうしよう・・・。
 もちろん嫌がられたらすぐに離すつもりだ。イルカ先生の嫌がる事はしたくない。
 でもこれは?
 なんの反応もないまま、ただ見てる。
 どうしたのかな?
 コチコチと静かに響く時計の音を聞きながら、上下するイルカ先生の胸の動きを感じていた。秒針を数えて1000を過ぎる頃、
 言えないだけかもしれない。
 ようやくそこに考えが至って、いつでも抜け出せるように腕の力を緩めようとしたとき、
「き・・れい」
 イルカ先生がポツリと呟いた。それからくわっと欠伸をすると、ちょっと丸まったような体勢をとって―――眠ってしまった。イルカ先生の重みがぐっと腕にかかる。
「・・・・・・・」
 ・・・・・きれいって言った?言われたのかな?言われたよね?
 ぶわっと体温が上がる。半径一メートルぐらいが常夏になったみたいに。
 うわっ、恥しい。でも――うれしいっ!
 今まで幾度となく顔について言われてきたが、こんな風に思ったのは初めてだった。面と向かって言われた訳ではないが、
 ――イルカ先生の好みの顔かもしれない。
 そう思うと、このままイルカ先生を担いで里中を駆け回りたいような衝動が湧いてくる。押さえ切れないほど心臓がどきどき言って指の先まで熱いのに、胸の中はくすぐったくてこそばゆい。クスクスと笑いが込み上げそうになるのを抑えながら、いつまでもイルカ先生の固く結ばれた髪を見ていた。




 ***




 なんだか体の下が固い。
 掛け布団を引き寄せながら―――そのいつもとは違う匂いに飛び起きた。
「イルカセンセ!?」
 いつの間にかイルカ先生がいない。周りを見れば、卓袱台の上は綺麗に片付けられていて、明かりは消され、カーテンの隙間から朝の光が筋になって畳の上を照らしている。
「ウソ・・・」
 ありえない。
 寝てたとはいえ、イルカ先生が抜け出したのに気付かないなんて。その前にあれほど近くにいた人が動くのに気付かず眠っていられたなんて。
 おまけに布団掛けられてるし。オレ、どうしちゃったの?
 愕然としながら頭を掻いていると、味噌汁の匂いが漂ってくる。途端に昨夜のことが蘇って朝だというのにテンションが上がった。
「起きられました?」
「イルカ先生!」
 布巾を持って、オレが起きてる事にびっくりしてるみたいだった。
「あー、すいません。泊まっちゃって・・・」
「いいんですよ・・・・」
 背を向けて卓袱台を拭くとさっと立ち上がる。
「朝ごはん食べて行かれるでしょう?」
「はぁ・・あの、イルカセンセ―――」
「すぐ温めますから」
 それだけ言うと台所に引っ込んでしまった。
 なんだろう。
 どこかよそよそしい。昨日のことがウソみたいに。
 落ち着かなくて布団から抜け出すとイルカ先生の後を追いかけた。
「イルカセンセ・・・・」
「すぐ用意できますから・・・座っててください」
 味噌汁の鍋を掻き混ぜながら、ちらりともこちらを見ない。
「あの・・・オレなんか気に障ること―――」
 ―――したと言えばしたよな・・・・。
「怒ってるんですか?」
「?怒るって・・・俺は何も怒ってませんよ?」
「ウソ。じゃあどうしてこっち見ないんですか?気に障ったことがあったのなら言ってください」
「・・・ですから俺は何も」
「じゃあ、こっち見てください」
「・・・・それは嫌・・・かも」
「!!」
 イヤって言った!・・・・・もしかしてオレ嫌われちゃってるの?



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