すこしだけ 46
脱衣所では、この上の無く幸せそうな顔でカカシさんが俺の服を脱がしてきた。
「ハイ、イルカ先生ばんざいしてくださーい」
両手を挙げると、勢いよく服を脱がされた。下も脱がそうとするのに、慌ててカカシさんの手を除けると、不満そうに口を尖らせたものの、すぐに退いた。ちぇーと言いながら、自分の服の裾に手を掛けると腕を交差させて上着を脱ぐ。目の前に現れた白く逞しい胸板にドギマギした。明るい蛍光灯の下、目を泳がせておろおろする。そうしている間にもカカシさんは下も脱いで俺を待った。
「イルカせんせ、早く」
カカシさんの潔い脱ぎっぷりに覚悟を決める。
(銭湯だと思えばいいんだ…!)
えいや!と下着毎ズボンを脱いで洗濯かごに押し込んだ。カカシさんの視線を体に感じて、ぎゅうぎゅう洗濯物を押していると腕を引かれた。
「行こ」
カララとアルミサッシを引いて浴室のドアを開けると、俺を伴いカカシさんが中に入っていく。
(…狭い!)
とても銭湯だとは思えなかった。ただでさえ狭い風呂場は大男二人入るとますます狭くなった。体が密着しそうな空間に、前に二人で入った時に一緒にしたアレコレを思い出して、顔が熱くなった。
「カカシさん、狭いですね!やっぱり俺、後にします」
「だめ−!!」
そそくさと逃げだそうとすると背中から抱き締められて、重なった肌の熱さと生々しさに羞恥した。
「わ、わ、わっ」
「もぉ、逃がさなーいよ」
片手で抱き込まれたまま、頭からシャワーを浴びせられる。
「わーっ!…ぅぷっ…」
「ホラ、しゃべらなーいで」
遠離ったシャワーにゴシゴシと濡れた顔を擦れば、カカシさんが困った顔で笑っていた。
「一緒にお風呂入りたいだけだーよ。ヤラしいことしないから心配しないで」
「し、心配なんか…!」
そんな風に言われたら、俺がやらしいことを考えてたみたいじゃないか!
「心配なんてしてません!俺はただ風呂が狭いから…、狭いなぁって…」
上手い言い訳が思い当たらず唇を尖らせると、「そう」とカカシさんが表情を緩めた。
「イルカ先生は立ってるだけでいいよ。オレが全部してあげるから」
それが恥ずかしいんだよ!とは諭された手前言い出せず、「それなら」と突っ立っていると、カカシさんがシャンプーを手にとって、オレの髪に擦りつけた。フンフンと鼻歌を歌いながら髪を泡立て、指先で地肌を擦る。
人に髪を洗われる心地良さに、トロンと目を閉じた。耳にしゃくしゃくと泡の音とカカシさんの鼻歌だけが届く。とても穏やかな時間に、ここ数日の心を乱す出来事が遠離っていった。
いつもと変わらないカカシさんの態度が、俺の危機感を薄れさせる。彼女と会っても変わらないカカシさんの瞳に、ずっとこのままでいられる気がした。
このまま何事も無く過ぎて欲しい。2ヶ月したら彼女は帰っていく。その間にカカシさんが彼女に惹かれなければ、今の生活を続けられる。
彼女はカカシさんの運命の人かも知れないけど、二人がくっつくタイミングは今じゃないかもしれない。
「イルカセンセ、流すよ?」
こくんと頷くとシャワーが泡を流した。顔の上を流れていく泡を、目を瞑ったままゴシゴシ擦って荒い流すとカカシさんがくすっと笑った。
「イルカ先生、可愛い。アライグマみたい」
「か、可愛い…??」
大の男のこんな仕草が可愛いく見えるなんて、カカシさんって相当変だと思った。だけど、ぽうっと頬が熱くなる。可愛いと言われて、嬉しく思った心が勝手に舞い上がって、俺を落ち着き無くさせた。
「可愛くなんてありません!」
「可愛いよ。イルカ先生は可愛い」
「可愛くありません!」
「じゃ、愛しい。愛しいでいいよ。イルカ先生見てると胸がきゅーってなる。だから愛しい」
「ちょ…、な、なに言って……」
どうしてこんなことを恥ずかしげもなく言えるのだろう?
「あ、ヤバ…、勃つ」
「えっ」
思わず俯きかけたら、カカシさんが俺の顎をくいっと持ち上げた。
「だから、見なくていーの。こんな話ししたら、こうなるのは当然デショ」
照れたように言ったカカシさんは唇を尖らせて、自分の頭を泡立てた。カカシさんの欲情を目の当たりにして嬉しくなる。目の前で証明された事実に安堵して、束の間彼女の存在を忘れた。
「…カカシ、さん」
「んー?」
カカシさんが照れて逸らしていた瞳を俺に戻した。
(…ほら、大丈夫だ)
「あの、俺も洗ってあげます」
「えっ!」
吃驚したカカシさんが動きを止めた。
「駄目ならいいです…」
あまりにも凝視するカカシさんにオロオロと視線を彷徨わせて、下を見る訳にも行かず、回れ右して外に出ようとしたら、ぬるぬるした手で肩を掴まれた。
「洗ってください!ホラ!いいですよ。ん!んーっ!」
泡まみれの頭を差し出されて、赤面したまま向き直った。
「じゃあ…」
髪の中に指を滑らせてクシュクシュすると、カカシさんが嬉しそうに笑った。
「気持ちいーです」
「そ、ですか…」
「ウン、上手」
誉められて嬉しくなって、生え際や耳の後ろを丁寧に擦る。もっと気持ち良くなって貰いたかった。
「イルカセンセ、体洗って上げるネ」
体の間でタオルを泡立てると、俺の体に押しつけた。
「ひゃはっ!」
くすぐったい感触に逃げると、カカシさんが追い掛けて来た。
「ダメだよ、イルカ先生。ちゃんと洗わないと」
「だって、くすぐったいんですもん」
狭い風呂の中で泡まみれになって追いかけっこした。子供みたいにはしゃいで、めちゃくちゃ楽しかった。
湯船の中では向かい合って座ろうとしたけど、カカシさんが俺を抱っこしたがって、強引に膝の上に座らされてしまった。
カカシさんを背もたれに足を軽く折り曲げて座る両脇にカカシさんの足が並ぶ。俺の前で組まれた腕が、時折波を運んで肩に湯を掛けた。
「気持ちいーネ」
ぴったり頬を重ねたカカシさんが俺の顔を覗き込むようにして言う。俺は心地良さと温かさにぽーっとなった。とてもあと2ヶ月で、カカシさんがあの人のものになると思えない。
振り返ると、カカシさんがちゅぱっと音を立てて、濡れた俺の頬を吸った。
「イルカ先生、おいしそう」
ぐりぐりとぬいぐるみを抱くように顔を擦りつけてくる。ぎゅうっと抱かれて、カカシさんの腕を掴んだ。
右手には赤い糸、左手には俺が結んだ玉虫色の紐が外されること無く結ばれている。カカシさんの右手を湯船の中に沈めると、左腕を抱いて、手首に絡まる紐を弄んだ。
(…俺のとお揃い)
「ふふ、イルカ先生のとお揃い」
同時に同じことを考えたカカシさんに、はっと振り返ると視線が絡まった。カカシさんが睫毛を伏せて俺の唇を見たから、俺もつられてしまった。カカシさんの唇に視線を落とすとカカシさんが顔を傾けて、そっと近づいて来たから目蓋を閉じた。軽く啄む様に唇が触れる。それからちゅっと吸い上げると、濡れた音が浴室に響いた。
「イルカセンセ…」
触れるだけだった唇が強く押し当てられる。唇が形を変えて僅かに開くと、つるりと唇の内側を舐められた。ビリビリとした刺激とくすぐったさに首を竦める。はっと息を漏らすと口吻けは深くなった。互いの舌を絡めて吸い上げる。背中に当たっていたカカシさんの中心が熱を持った。それを感じて、俺の腰までかぁっと熱くなる。
「か…かし、さん」
「ん、ゴメン」
照れた顔で唇を離して、カカシさんが俺の体を押した。
「先、上がって?」
「え、なんで…」
「だって、シたらイルカ先生また一緒にお風呂入ってくれないデショ」
(『また』があるのか…)
『また』があるのだ。
「…いやだ」
振り向いて、カカシさんに抱きついた。伝わればいい。俺の熱も。カカシさんだけがそうなってるんじゃないんだと。
「…イルカセンセ?」
首筋に顔を埋めて体を密着させれば、すぐにカカシさんは気が付いた。手が体の間を滑って、俺の熱へと辿り着く。確かめるようにまさぐられて、ひくっと腰が跳ねた。カカシさんの手の中で、中途半端だったものがはっきりと形を取る。
「いい?」
それは質問じゃなくて確認だった。俺が抱かれたいかじゃなく、カカシさんが抱きたいのだと伝えてくれた。
首筋に顔を押しつけて頷くと、カカシさんがちゅっと肩に口吻けた。それからふわっと体を持ち上げると、湯船の縁に座らされた。
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