すこしだけ 4



初めて赤い糸を意識したのは4歳の時だった。
その日、外の任務に出ていた母が帰ってくると聞いて、俺と父は門まで迎えに来ていた。
俺の両親は忍びで、二人一緒に家に居ることは少なかった。
特に母は長期の任務に出ることが多く、俺を世話してくれたのは父だった。 手裏剣や千本の扱いは父から教わった。
投げ方の手本を見せてくれる父の姿は格好良くて、自慢の父ちゃんだった。
父の乾いた大きな手を握って、背伸びしながら母を待っていると、父が俺の体を抱き上げた。

「こうした方が良く見えるだろう」
「うん!」

高くなった視界に胸が高鳴る。
遠くに目を凝らしていると小さな点が動いて、あっという間に人の形になった。

「イルカ!」
「かあちゃん!おかえり!」

久しぶりに見る母の姿に胸がいっぱいになる。
嬉しい筈なのに、何故か泣きそうになって母に手を伸ばした。
俺の体は父の腕の中から母へと移り、柔らかな胸に顔を押し付けた。
あやすように母が体を揺らし、父の手が頭を撫ぜた。
帰り道、両親の間に入って手を繋いだ。
足を浮かせると二人が体を持ち上げてくれ、嬉しくて何度も繰り返した。
その時、目の前で1本の赤い糸が揺らいだ。
出所を追うと、いつもはそれぞれの腕にぶら下がってる糸が繋がっている。

(いつ結んだんだろ・・?)

俺は体を浮かせるのに夢中で、あまり気に留めていなかった。
気になりだしたのは家に着いてからだ。
家のどこにいても、二人だけが繋がっている。

「・・とうちゃん、かあちゃん、僕も混ぜて」

俺は仲間はずれにされていると思ってべそを掻いた。

「僕にも赤い糸結んで!」

最初二人は不思議そうな顔をしていた。
俺の言うことが理解できなくて困ってるみたいに。
だけど質問されて答えてるうちに、俺の見えているものが二人に伝わった。

俺にだけ見えていた赤い糸。

質問にくたびれて、母の膝によじ登ると抱きしめてくれた。
今思うと、俺を偏見の目で見なかった両親は偉大だ。
母は何度も父と赤い糸で繋がっているか聞いて嬉しそうに笑った。
父は教えてくれた。




いつかイルカにも、赤い糸で結ばれた人が現れるよ、と。









ジリリリ、とけたたましい音で目が覚めた。
朝の光が目を射し、手を伸ばして窓際の目覚まし時計を止めようとすると、頭の上におっこちて来た。

「イテッ」

耳元でベルが鳴る。
鐘を鷲掴みにして音を止めると、時計の裏のスイッチを下げた。
布団を上に時計を放り投げると、ベッドから抜け出した。
ぼさぼさの髪を手櫛で纏め、洗面台に向かう。
開きかけた歯ブラシに歯磨き粉を乗せて歯を磨いた。
鏡の中の疲れきった顔から目を背ける。
最近忙しくて休みがとれていなかった。

(まるでおっさんみたいだ。)

同じ21歳でも、とうちゃんはもっと若く見えたような気がする。
思い出そうとして遠い記憶を探った。

(・・あ、だめだ。上手く思い出せない・・)

口を濯ぐと身支度を整えた。



***



ベンチに座って、校庭を走る子供たちを監督する。
預かっている子供たちは年少組みで8歳だったが、皆一様に赤い糸を持っていた。
入学したての頃は持ってないヤツもいたが、ある日突然、細い手首に赤い糸を結びつけていた。
それは運命の相手が生まれた証だった。

「せんせい、終ったよ!」
「よーし。じゃあ移動するぞ」

子供たちを引き連れて演習場に向かう。
小高い丘を中心に林の広がる演習場で子供たちをスリーマンセルに分けると半分のグループにバトンを渡した。

「バトンを取られたら交替な。どこに逃げてもいいが、柵の外に出たら駄目だぞ」

思い思いの場所に子供たちが隠れたのを見計らって、パンッと手を鳴らした。

「はじめ!」

枝がざわめき、草が揺れる。

「三人同じ方向から追いかけるんじゃなくて、分かれて回り込め」
「ほら、そこ!追いつかれるぞ。仲間にバトンを渡せ」

背後から上がった泣き声に、演習を中断させると駆け寄った。

「どうした、ミドリ!」
「せんせい、ノボリくんがずるいんです!ミドリばっかり追いかけて・・!」

そう声を上げたのは泣いているミドリではなくて、同じグループのアカネだった。

「そういうルールなんだからいいだろ!」
「バトン持ってないときも追いかけたくせに!」

かぁっと赤くなるノボリにああ、と納得する。
好きな子ほど――ってやつだ。

「ノボリくんなんて嫌い!」

泣いていたミドリが叫ぶと、ノボリが目に見えて動揺した。

「な、なんだよ!ミドリがグズなのがいけないんじゃないか!」
「こら!」

怯えたように肩を竦めたノボリの頭を押さえた。

「女の子に酷いこと言うな」
「だって・・せんせい・・」
「言ったら駄目だ」

(でないと、お前が後悔するぞ。)

とは心の中にしまって、ノボリの頭をぐりぐり撫ぜた。
しゃがんでいたミドリを立たせると怪我の具合を見る。
転んで少し膝を擦りむいているだけだ。

「ノボリ、あっちに救急箱があるからミドリに薬を塗ってやってくれ。出来るな?」

押し黙っていたノボリが頷いた。

「・・行こう」

離れていく二人から、「ゴメンな」と小さな声が風に乗って届いた。
木陰に向かって歩いていく姿に、いつかの光景が重なる。

「・・・・・・ほら!演習を再開するぞ!」

ぱんと手を叩くと、バトンを持った子達が慌てて逃げた。


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