すこしだけ 28
片付けが終わってすることが無くなると、カカシさんがいつ帰ってしまうかと不安になった。もう少し一緒にいたい。
「カカシ、さん…っ、お茶いれますね。座っててください」
だから、まだ帰らないで欲しい。
本当に言いたいことは胸の中にしまって、ヤカンを火に掛けた。急須に茶葉を入れて湯飲みを用意する。
「イルカ先生もこっちおいでよ。まだお湯沸かないデショ?」
「はい」
誘われたことにホッとして居間に向かった。カカシさんはまだ帰らない。少なくともお茶を飲み終わるまではいてくれる。その間に、カカシさんが泊まるように上手く誘えたらいいのだが。
期待と不安で緊張しながら卓袱台を挟んで向かいに座ると、カカシさんが首を傾げた。
「イルカ先生、もっとこっち。そこじゃ遠いよ」
「あ…、はい」
遠いって言ったって、卓袱台は小さいし部屋も狭い。だけどカカシさんが言いたいことは判って、とたとたと手と膝で歩み寄った。隣は恥ずかしいから、直角90度の位置を目指す。座布団を引き寄せて、座ろうとしたらカカシさんが腕を引いた。
「わっ」
不意のことに大きくバランスを崩して、カカシさんにぶつかった。
「ご、ごめんなさい!」
顔を上げたら目の前にカカシさんの首筋があって、ドキドキした。すぐに退こうとしたが、背中にカカシさんの腕が回る。
「少しだけ抱きしめてい?」
う、うんと頷けたかどうか。その時にはもう体はカカシさんの腕の中にあって、耳元ですんと息を吸い込む音が聞こえた。
「イルカ先生、カレーの匂いがする」
「カカシさんだって……」
言い返すとカカシさんがくすくす笑った。小さく揺れる銀髪からスパイシーな匂いが立つ。首筋や肩からだってカレーの匂いがした。
「お揃いだーね」
楽しそうに言ったカカシさんの唇がこめかみに触れた。それが目元から頬へと滑って、心臓が破裂しそうになる。
キスしてくれるだろうか?
淡い期待が顔を覗かせたが、そうじゃない時のことを思うと顎を引いた。一瞬動きを止めたカカシさんが俺を見る。
「……キスしてい?」
ドキン!と心臓が跳ねて口を開き掛けた。だけど出てくる言葉が見つからない。
「あ……」
それっきり、なにも言えないでいると、カカシさんがゆっくり顔を傾けた。薄く開いた唇が、俺のと重なる。ちゅっと音を立てて離れた唇に、かあっと顔が熱くなった。2日ぶりの口吻けだった。嬉しいのに胸が痛くなって泣きそうになる。
「イヤ……?」
嫌じゃない。ぶんぶん顔を横に振って否定すると、今度はさっきより長く唇がくっついた。薄い唇が唇を挟み込む様に動いてジンと痺れる。唇の隙間を舌で濡らされて、そうっと開くと熱い舌が飛び込んできた。口の中を舐められ、舌が絡まると瞬く間に体が熱くなる。
「…ふっ…んん……っ」
頭の芯がぼやっとなってカカシさんにしがみついた。そうでもしないと体から力が抜けて、ちゃんと座っていられない。カカシさんの手が服の裾を手繰って中に入り込んだ。素肌を撫でられるとびりっと淡い電流が走って肌が粟立った。大きな手が背中を撫ぜて下に下りていった。その手がウエストからおしりへと触れて、ビクッと体が跳ねた。
それ以上は触れないで欲しい。
くっついていた唇が離れて、カカシさんが俺を見た。もじもじと腰を浮かせて離れようとすると、強く腰を抱かれた。
「……イルカ先生、今日はしてい?」
「え……あの……」
じっと見つめられて泣きそうになった。
(……本当は嫌なくせに。俺のこと、汚いから嫌なくせに)
答えずにいると、さっとカカシさんの顔色が変わった。
「もしかして痛いの?ちょっと見せて」
(え?え?なにが……?)
意味不明なカカシさんの言葉を問いただす暇もなく、いきなりズボンを下ろされた。パンツも一緒に下ろされて、半勃ちになった中心がぼろんと飛び出す。
「ぎゃーっ!!」
「あ、勃ってる。カワ……わっ!」
股間を直視されて、カカシさんを突き飛ばした。
「な、な、な、なにするんですか!!」
慌ててズボンを引き上げようとするが、素早く立ち直ったカカシさんがそれを阻んだ。ズボンを掴んで離さない。
「わー!やめてくださいっ、恥ずかしいじゃないですか!」
「イルカ先生、恥ずかしがらなくていいから」
攻防を繰り返す間、中途半端に勃ち上がった中心がふるふる揺れた。あまりの格好に、ズボンを下げたままぺたんと座ると体を丸めて前を隠した。そうすると、カカシさんが後ろに回ろうとした。一番見られたくないところを晒していることに気づいて急いでズボンを履いた。
「イルカ先生…」
困った顔したカカシさんが何か言い出す前に、火に掛けっぱなしになていたヤカンの蓋がカタカタ鳴った。ふしゅーっと吹きこぼれる音に慌てて立ち上がると台所に駆け込んだ。火を止めて沸騰が落ち着くのを見ても振り返ることが出来なかった。口の端がふるふる震えてみっともなく顔が歪みそうになる。カカシさんの前で裸になるのが嫌だ。あそこでしかセックス出来ないのが悲しかった。
(……女なら良かったのに)
別に女になりたいと思わないが、今だけその構造が羨ましい。
「…イルカ先生、ゴメンね。そんなに傷になってるとは思わなくて……」
いつの間にか背後に立っていたカカシさんに言われて項垂れた。謝らないで欲しかった。謝るのは、俺の考えを肯定することだから。曖昧だった想像が現実となって杭の様に突き刺さる。
カカシさんはこれからどうするのだろう。やっぱり無理だと、俺を放り出すのだろうか。
「イルカ先生、病院行こ?オレに見せるのがイヤだったら、それでもいいから……。…………あ、でも男の医者はイヤだな。女もイヤだけど……。う〜ん……」
「へ?」
(…病院?医者?)
頭を抱えて考え込んでいたカカシさんが意を決した様に俺の腕を引く。玄関へと向かうカカシさんに意味が分からず足を踏ん張った。
「ちょ、どこ行くんですか?」
「だから病院です。大丈夫、ちゃんと付いてます。説明もオレがするから……。――強姦されたってことにしてもいいよ。それなら恥ずかしくないデショ?」
「ご、強姦!?」
物騒な発言に目を白黒させた。
「強姦なんてされてないです!」
「分かって―るよ。だから、それは物の例えです」
困った顔してたカカシさんの頬から喜びが滲み出た。何故だか嬉しそうに笑っては表情を引き締めようとするカカシさんに内心首を傾げるが、ひょいと抱き上げられて泡を食った。
「行かないったら!やだ……っ!」
手を伸ばして廊下の柱を掴む。
「もぉ!イルカ先生!そんなこと言ったって、おしり切れちゃったんだから仕方ないでしょう?」
「はあ?何言って…、切れてません!人を痔みたいに言わないでください!!」
「え?そうなの……?」
急に力の抜けたカカシさんの腕から飛び降りると居間へ逃げた。
「……じゃあなんで嫌がったんですか。イルカ先生、オレとするのイヤなの?」
口を尖らせて追いかけてきたカカシさんの言いぐさに、カッと泣きそうになって振り返った。
「嫌なのは、カカシさんの方だろ…!俺のこと嫌なくせに!別に恋人だからって無理して抱いてくれなくていいです!」
「え?ちょっと待って!どうしてそんなこと言うの?オレ、イヤだなんて言ってないデショ?」
「昨日、何もしないで帰ったじゃないか!その前だって、終わったらすぐに帰った!ちゃんと……抱いてくれなかった!カカシさんは俺が汚いから嫌なんだ!あんなとこでしか出来ないから……だから――」
「ストーップ!!……そんな風に思ってたんだ?参ったな……」
額を抑えて俯くカカシさんに悲しくなった。きっと上手く隠してたつもりなんだ。でも俺に気づかれて、どうしようか悩んでる。
「別に悩まなくていいです……。俺だって――」
「イルカ先生、オレのこと信じてないの?オレはイルカ先生の体に汚いところなんてどこにもないって言ったよ?」
「だって……」
カカシさんに睨まれて言い淀んだ。怒っていた。それでいて悲しげで、俺の方が悪いことしたような心境になる。
「でも、コンドーム付けたじゃないですか!俺に子供なんて出来ないのに……!」
「あー……」
再び項垂れたカカシさんにほらな!と自分を奮い起こした。これから言われる言葉に立ち向かうため、唇を引き結ぶ。
「違うんです、イルカ先生。ちゃんと説明するから聞いて?」
近づいてくるカカシさんに弱気になった。結んだ唇がふるふる震えて、胸が痛くなる。
「あ、ウソ。泣かないで……」
「…ぃてな……!」
喉が震えて変な声を出すと、ぎゅっとカカシさんに抱きしめられた。鼻の奥がつんとして、目の前が滲む。
(カカシさんはどこまでなら俺のこと大丈夫なんだろう?こうして抱き合うのは大丈夫なのか?)
「……ひっく……」
「あー、だから違うって!コンドームのことはゴメンナサイ!!……なんて言うか、前は射精がコントロール出来たからゴムは必要なかったんだけど、あっ、でも、ちゃんと付けてたよ。付けても外に出してから射精してたんだけど、イルカ先生の場合はそれが無理って言うか、我慢できないって言うか……、むしろぶちまけたいって言うか……。とにかく、中に出したらイルカ先生の負担になるデショ?終わった後もすぐ終わるし、平日は早く眠れた方が良いよね?それにゴムだと濡れたときツルツルするから痛くないデショ?」
「……別に中に出したって、平気です。それに、付けてなくても痛く無かったです……」
「あ…、…うん。そう。そうだったんだ…。でも平日は早く寝た方が良いでしょ?」
「……そうですけど……」
何故付けると早く眠れるのか分らなかった。
「男同士でも付けてするのって、普通のことなんだよ?」
「……そうなんですか?」
「うん」
そうだったのか。俺って何も知らない。
「……早く帰ったのも、俺を寝かせようとしてですか?」
「うん、そう……」
俺が気にしたほど、カカシさんが俺のことを嫌に思ってなかったことを知ってホッとした。
「ゴメンね、イルカ先生。何も言ってなかったから傷つけちゃったね」
カカシさんの手が甘く髪を撫でて、とろんとした。絡まっていた心が解けていく。抑えていたカカシさんへの気持ちが沸き上がって、ぎゅっとしがみついた。
「イルカ先生は何も付けてない方が良いの?生の方が好き?」
ただ確認されてるだけなのに、エッチなことを聞かれている様な気がして頬が熱くなった。頷くのを戸惑っていると、カカシさんの指が耳の縁を撫ぜる。
「イルカ先生は毎日したいの?」
耳元で囁かれて、かあっとなった。
「………これって、毎日は……しないんですか?毎日するのかと……」
「ううん、毎日です。でも毎日したら、イルカ先生疲れない?」
「……へーきです。たぶん……」
だって毎日なんてしたことない。カカシさんとしかしたことないから、毎日したらどうなるかなんて知らなかった。
「……俺って知らないことばかりだ」
「初めてだからね。これからは不安に思ったらオレに聞いて。二人のことだから、他の人に聞かないでオレに聞いてね」
「……はい」
促されて顔を上げると、にっこり笑ったカカシさんがいた。
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