すこしだけ 27



 男二人の食事分だったから、結構な量の買い物になった。それにカレーだからジャガイモやニンジンと重い物ばかりだ。おまけに切れかけていた洗剤なんかも一緒に買ったから、スーパーの袋は重くなっていたのに、カカシ先生は当然のように一人で袋を持つと空いた手で俺の手を引いた。どんなに俺が持つと言っても聞いてくれなくて、支払いもカカシ先生が済ませてしまい、俺のお金は一円も受け取ってくれなかった。
「今日はイルカ先生んちで美味しーもの食べさせて貰うからいーんだよ」
 そんな風に言われると、張り切って美味しいご飯を作るしかないのだが、
「こんなカンジでいーい?」
「……はい」
 今日も手伝うと言い出したカカシ先生に、俺より綺麗にジャガイモの皮を剥かれて自信が萎んだ。ボールの中のジャガイモを見れば、どちらが剥いたか一目瞭然だ。
「ニンジンも剥いていーい?」
「…はい、お願いします」
 ざくざくジャガイモを切りながら、視界の端でしっぽからニンジンを剥き出したカカシ先生が、器用に葉の生えていた縁まで包丁を入れた。長いニンジンの皮がぽとりと落ちる。
 カカシ先生って、料理が出来るんじゃないだろうか? (なんだ‥‥)
 料理の本なんか買って馬鹿みたいだ。きっとカカシ先生の方が俺より上手に料理が作れる。
「イルカ先生、こっちもするね」
「………」
 つるつるに剥けたニンジンを手渡されて無言で頷くと、カカシ先生がタマネギの皮を剥いた。「オレも切っていい?」と聞かれて場所を空けると、隣に並んだカカシ先生が嬉々とタマネギを切っていく。
 タマネギの香りにジンと目が染みて、カカシ先生から離れようとしたら、
「アレ?なんで?目が痛い…。イルカ先生、なんかおかしい…、…目が痛い。痛い、いたい…!」
 ぽろっと涙を零したカカシ先生が慌てて包丁を置いて目を擦ろうとした。
「あっ!カカシさん駄目ですよ!そんな手で触ったら」
 手を握ると、ぎゅっと閉じたカカシ先生の目からぽろぽろと涙が零れる。それがあまりにも綺麗で、つい、ぼうっと見とれてしまった。
「いたいっ、イルカ先生いたい……っ」
「大丈夫ですよ、しばらくしたら収まります」
 俺に手を握られて、ひっくひっくと泣いてるみたいなカカシ先生が可愛い。涙の零れる目元を袖で拭ってやるとカカシ先生が顔を押しつけた。
「……ほら、もう大丈夫でしょう?」
 真っ赤に染まった目を瞬いて、カカシ先生が頷いた。
「……収まりました。でもなんで……?」
「タマネギを切るとああなるんです。知らなかったんですか?」
「…………」
 泣いて赤くなった鼻が更に赤くなる。それが頬に広まって、顔全体が赤くなった。カカシ先生が「う〜」と呻いて俺の肩に顔を埋めた。
「カカシセンセ?」
 まだ痛むのかと焦るが、
「……オレってカッコ悪い」
「え……」  消え入りそうな声で呟いたカカシ先生に、ひくっと腹筋が揺れた。一度起こった笑いの発作は炭酸が空気に触れたみたいに弾けて、次々溢れ出す。
(……確かに)
「ふっ!ふくくっ、あはっ!あははっ」
「イルカ先生ヒドーイ」
「ご、ごめんなさ……っ、でもっ、あはははっ」
 顔を上げたカカシ先生がぷくっと頬を膨らませたが、自分でも可笑しかったのかすぐに頬を緩めた。
「イルカ先生が笑った」
「え?」
 カカシ先生がくすぐったそうに笑う。
「それにさっき、『カカシさん』って言った」
「あ・・」
 今度は俺が赤くなる番だった。つい、うっかいそう呼んでしまった。
「す、すみません。慌ててたから、つい……」
「ううん、嬉しい。そっちの方がいい。ね、もう一回呼んで?」
「…………!」
 ぎゃーっと叫びたくなった。改めて言われると恥ずかしい。
「ま、また今度……」
「だぁーめ!今呼んで」
 期待いっぱいの顔で見つめられて逃げ場を失った。覚悟を決めて、名前を口にする。
「………、さん」
「聞こえない」
「…………かっ、カカシさん!」
「はい」
 柔らかく返事したカカシ先生に微笑まれて、どうしようもなくなった。照れくさくて消えたくなる。ふしゅ〜と頭から湯気を出しているとカカシ先生の腕の中に閉じ込められた。顔を見られなくてホッとしていると、耳元で「嬉しい」と聞こえた。腕の輪が閉まって、強く抱きしめられる。
(……カカシ先生って素直だ)  嬉しい時には笑って、それもいろんな表情で笑う。したいことと反対のことをしてきた俺とは大違いだった。
「………ごめんなさい」
 疑いの目でカカシさんを見てしまった。
「ん?何が?」
「…えとっ、タマネギのこと教えてなくて……」
「ううん、いーよ。もっといいことあったし」
 額に吸い付いた唇がちゅぱっと盛大な音を立てて離れて、大輪のひまわりが咲いたみたいにカカシ先生が笑った。

 カレーは申し分ないほど上手かった。今まで作った中で一番の出来だ。二人でたらふく食べた後、カカシさんが片付けを申し出てくれた。
「すぐ終わるから座ってていーよ」
 そう言われても、カカシ先生が洗い物してる間、座っているのは落ち着かなくて台所でうろちょろした。手持ち無沙汰に鍋の蓋を開けて、まだたっぷり残っているカレーを見て閃いた。
「あ、そうだ」
 確か常備のインスタントラーメンがまだ残ってたはずだ。
「どうしたの?イルカ先生」
「明日の朝はカレーラーメンにしようと思って……、あった!」
 ほらと戸棚から袋を引っ張り出して見せると、カカシ先生は微妙な顔をした。
「…イルカ先生、朝からラーメン食べるの?」
「おいしいから……」
「……そう」
 途中で気づいて、どうなるのだろう?と思った。
 カカシ先生は明日の朝、来てくれるのだろうか?
 いつも朝ご飯のために来てくれていたのに、明日は理由が無くなった。
(俺、余計なこと言ったかも……)
 背中を向けて皿洗いを続けるカカシ先生の顔が見たかった。ガッカリしているのか、それとも何とも思ってないのか。いっそのこと、カカシ先生も泊まればいいのに……。
(そうだ!カカシ先生に泊まってけって言ってみよう……!)
「か、カカシ先生…!」
「『カカシさん』」
 間髪入れずに直されて、ビクッとなってしまった。なんだか言い方が冷たかった様な気がする。
「あ、あの…、カカシ、さん…」
「どうしたの……?」
「……いえ…」
 皿洗いを終えて、手を拭きながら振り返ったカカシ先生はいつも通りにこやかだったけど、なんとなく言いだし難くなってしまって、ごにょごにょと言葉を濁すと、また後で言ってみようとタイミングを計った。


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