すこしだけ 24



「イルカ先生もお風呂入ったら?」
 肩を揺さぶられて目を開けた。いつの間にかウトウトしていたらしく、眠い瞼を擦って目を開けると、すっかり忍服を着込んだカカシ先生が立っていた。
「……帰るんですか?」
「うん。もう少しいるけど…、シーツの換えある?取り替えて置くから、その間にお風呂に入って来て」
「…はい」
 シーツを体に巻き付けられベッドから追い出される。引き出しから新しいシーツを出してカカシ先生に渡すと風呂場に向かった。
(エッチする前は風呂に行かせて貰えなかったのに、どうして今はこんなにも追い立てるんだ…)
 やっぱり俺のどこかが汚かったのかと思うと、胸がしくしく痛んだ。
(だから風呂に入るって行ったのに。それにゴムだって……)
 ざーっと勢いよくシャワーを流してタオルで体を擦った。精液がこびり付いてベトベトする腹や足の間は特に念入りに擦った。
 だけど、そうしている内にカカシ先生が帰ってしまいそうな気がして急いで風呂から上がった。濡れた体を大まかに拭って、下だけ履いて戻るとカカシ先生が吃驚した顔をした。
「もう上がったの?」
(…………だって早く上がったら、それだけ長くいられるじゃないか…)
 ぽたぽたと濡れた髪からしずくが垂れて肌の上を滑った。
「イルカ先生、まだ濡れてるじゃない。よく拭かないと…」
 カカシ先生が肩に掛けてあったタオルをとって頭に被せた。前にカカシ先生の家でしてくれたみたいに拭いてくれるのかと期待すると、ぽんと頭を撫でて隣を通り過ぎた。
「……帰るんですか?」
「うん。だって明日も任務があるでしょ」
 振り返らずにサンダルを履くと、「またね」と言って出て行った。いつもする、別れ際のキスもなかった。
「……………」
明かりを消すと布団に潜り込んだ。カカシ先生が取り替えてくれたシーツは洗剤の匂いがして、さっきまであったことを無かったことにした。
(……やっぱり俺、男だからな……)
 コンドームを付ける仕草が随分手慣れていた。何人もの女の人と、ああいうことをしてきたのだろう。
(……やっぱり、汚いよな…)
 挿れるところを考えたら、カカシ先生がコンドームを付けたのも頷けた。
(…でも、そんなの最初から分かってたことじゃないか)
 もう嫌になったのだろうか?と考えたらと胸がぼこっとへこんだ。
 俺はカカシ先生の運命の相手じゃないから、嫌だと思ったら早いだろう。あっという間に気持ちが離れて、別れてくれと言われるに違いない。
 胸が痛い。
 でも、今ならまだ平気だ。そんなに好きになっていない。付き合った期間だって短いから、深く傷ついたりしない。心の準備だって出来ている。でも胸がしくしくする。
(…………もし次があったら、絶対お風呂に入ろう)
 お風呂なしでは絶対にエッチはしないと心に固く決めて、深く被った布団の中で目を閉じた。



 翌朝、コンコンと玄関を叩く音で目が覚めた。部屋の中は薄暗く、まだ夜が明けきっていない。なんだろう?と思いながら布団を抜け出て、玄関に向かうと見知った気配がした。
 カカシ先生だ。
「……どうしたんですか?」
「うん、朝早くにゴメンね」
 ドアを開けると、カサコソとビニールの音を立てながらカカシ先生が立っている。
「昨日のシーツ、洗濯しないで帰っちゃったから、した方がいいかなと思って……。それと朝ご飯」
「はあ……」
(シーツなんて次の休みに洗えばいいのに……)
 どうしてそんなことまで気にするんだろうと疑問に思いながらも招き入れると、カカシ先生は静かに入って来た。
「イルカ先生、まだ寝てていーよ。眠たいデショ」
「……カカシ先生は眠くないんですか?」
 正直、昨日はすぐに寝付けなかったからまだ眠い。カカシ先生のせいだと思ったが、こうして来てくれたことを考えると、気持ちが浮上した。昨日と同じように朝ご飯を持って来てくれたから、きっとまだ嫌われてない。
 洗濯と言っても、ピッとボタンを押すだけなので洗い上がるまですることが無かった。ごぅんごぅんと洗濯機が動き出したのをカカシ先生の隣で確認して、目を瞬く。
「……イルカセンセ、寝てて」
 寝癖でボサボサになった頭を撫で付けながらカカシ先生が言った。優しい声だった。思い切って袖を引いてみる。
「イルカセンセ?」
 何も言わないで寝室に連れて行くとベッドの中に押し込んだ。ついでに俺も入って布団を被る。
「イルカセンセ…!?」
 カカシ先生の戸惑った声が聞こえる。でも眠くて聞こえないフリした。煩いほど心臓が胸を叩いた。
 じっと息を潜めて、眠ったフリをする。
 そのうち長い腕が体に巻き付いた。引き寄せられて、トクトクと心臓の音が聞こえる。ぎゅっと閉じ込められた腕の中は泣きたくなるほど暖かくて、ホッと息を吐いた。
 狭いベッドの中、カカシ先生の背中に手を回して寄り添う。眠るつもりは無かったけど、一定の調子で頭を撫でられて眠くなった。昔聞いた子守歌みたいに心地よくて、意識が眠りへと吸い込まれていった。

ジリ、と鳴りかけた目覚まし時計が音を止めた。ヴヴヴヴとモーター音が響いた後、カチと停止を掛けられ静かになる。それを眠りの縁で聞いて目蓋を開けた。顔を上げと白い光が目に飛び込んで来る。
「おはよ、イルカ先生」
 どこか残念そうな顔をしたカカシ先生が目の前にいた。
「う、わ?お、おは、おはようござ……」
 ぴたりと密着した体と絡んでる足。抱きつく様に背中に回した自分の手に、じわりと夜明け前の記憶がやってきてドキッとした。
(おわっ!俺、何やって…!)
 さっと手を後ろに引いて下がるが、狭いベッドから落っこちそうになって、俺の背中にあった腕が締まった。
「落ちるよ?」
 開いた距離が瞬く間に縮まって、体が密着した。
「も…っ、起きるから…!」
 カカシ先生の体を突っぱねて、今度は落ちない様に体を起こすと、あっさり腕が外れた。
「ちぇ、朝なんて来なければいいのに」
 体を起こしたカカシ先生は颯爽としていて、寝ていたようには見えない。
「顔を洗っておいで。朝ご飯、温めておくから」
「は、はい」
 するっと指の裏で頬を撫でられて、洗面台に走った。
(カカシ先生が優しい…)
 昨日のそっけなさが嘘みたいに甘い空気を纏っていた。
(一晩経って、俺の嫌なとこが薄れたのかな…)
 歯を磨きながら、そうならいいなと思った。

 だけど、その夜。いつもの様に送ってくれたカカシ先生は、家に上がったものの何もしないで帰って行った。俺がいれた和の国のお茶を飲んで、ほんの少し寛いだだけだった。
 さすがに鈍い俺にも分かった。カカシ先生は俺が汚いのが嫌なんじゃない。俺が、嫌なんだ。もう、俺と寝るのが嫌なんだ。
 だったらもう、優しくなんかしなくていいのに。
 どのタイミングでお風呂に入ろうなどと考えていた俺が馬鹿みたいじゃないか。


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