すこしだけ 21
アカデミーの門でカカシ先生に「いってらっしゃ〜い」と見送られて一日過ごし、「お先に」と同僚に声を掛けて門に向かうと、俺を見つけたカカシ先生が手を振った。開いていた本をポーチに仕舞うと寄りかかっていた柱から体を起こした。
「お疲れ様〜」
「カカシ先生もお疲れ様です」
朝別れた場所と同じ所にいるカカシ先生にちゃんと任務に行ったのかな?なんて思ったりしたけど、足下を見ると脚絆が汚れていた。
「……カカシ先生、任務早く終わったんですか?」
「ん?そんなことなーいよ、さっき来とこ。今日はね、演習所でアイツらをみっちり扱いてきたよ」
にこやかに話すカカシ先生からは俺を長く待っていた素振りは見受けられなかった。でも何となく、ずっと待ってたんじゃないかと思えて申し訳なくなった。
「カカシ先生、今度からはお店で待ち合わせした方が良くないですか?」
「ん、やだ」
「やだって…」
前から言おう言おうと思っていたことは、子供が言うみたいにあっさり却下されてしまった。
「でもその方が早くご飯食べられるし、のんびり出来るじゃないですか?」
「でもここで待ち合わせしたら、その分イルカ先生と長くいられるし楽しいデショ?……本当は職員室にだって迎えに行きたいぐらいなのに…」
つんと唇を尖らせたカカシ先生に慌てて手を横に振った。
「そんなことしなくていいです…!待ち合わせはアカデミーの門にしましょう!それよりカカシ先生、今日は何を食べに行きます?」
カカシ先生と付き合っていることは周りには内緒にするつもりだった。恥ずかしいのもあったが、いつかフラれることを考えるとみんなには知られたくなかった。
ポケットに手を突っ込んで歩くカカシ先生の腕をぐいぐい引っ張って、早く行こうと急かすと苦笑しながらもカカシ先生は歩調を早めてくれた。
「そうですねぇ…、お刺身なんてどうですか?」
「いいですね!行きましょう!」
話が元に戻らないように、ずっとカカシ先生を引っ張って急かし続けた。
腹一杯にご飯を食べて店を出ると、いつものようにカカシ先生が俺の家へと歩き出した。前とは違って、ここからだとカカシ先生の家の方が近いのを知っているから、先に歩く背中を引き留めたくなる。
(…でも、また長くいたいからって言われるかな……?)
自惚れじゃなく、きっとカカシ先生がそう言うのを確信して頬が熱くなった。
「…どうしたの?」
歩き出さない俺にカカシ先生が不思議そうに振り返った。
「なんでもないです」
早歩きして隣に並ぶと、カカシ先生がにこっと笑った。それを嬉しいと思ってしまうのは、酔ってるからに違いなかった。さっき飲んだお酒が美味しかったから量を過ごしすぎた。頬が熱くなったのもそのせいだ。
繁華街を過ぎて人通りが無くなると、カカシ先生はポケットに突っ込んでいた手を出して俺の手を引いた。ひんやりした手が火照った体に気持ちいい。
「イルカ先生、来月にある花火大会に一緒に行きませんか?」
「花火大会…?」
空を見上げて、もうそんな時期かと思った。もうすぐ夏が来る。
「俺はいいですけど、…カカシ先生、任務あるんじゃないですか?」
「ちゃんと調節して行けるようにするから。…じゃあ、約束ってことでいいですね」
「はい…」
ふと、それがまるでデートみたいなことに気づいた。
(いや、デートなんだろうか?デートだよな?……デートなんて生まれて初めてだ…!!)
やったーっ!と、自分では制御出来ないほどの喜びが込み上げて来て困った。体が勝手に飛び跳ねそうになるのをぐっと堪える。
「……イルカ先生、嬉しいの?」
「ち、違います……っ」
俯いた顔を覗かれてそっぽを向いた。かーっと頭に血が上って耳まで熱くなる。
くすくすと笑ったカカシ先生が、「楽しみだネ」と呟いた。
興奮したせいか繋がった手が汗ばんでぬるぬるする。手を離そうとしたら、カカシ先生がぎゅっと強く握った。
「イルカ先生、離れちゃうよ」
どうしたの?と不思議そうな顔で俺を見て、滑り抜け様した指を纏めて掴んだ。
(…気持ち悪くないのかな?)
せめて手を拭いて繋ぎ直したかったけど、連行するみたいに繋がれた手は離れることが無かった。
アパートの下まで来るとカカシ先生が足を止めた。
「じゃあまたね、イルカ先生」
額当ての上からキスをして手を離したカカシ先生に、あれ?と思った。いつもなら別れを惜しんでもっといろいろしてくる。昨日だって、なかなか離してくれなかったのに…。
「………」
いつの間にか、そうするのが当たり前のように思っていた自分に吃驚した。でも慣れてしまったのだから仕方ない。さっさと帰ろうとするカカシ先生を引き留めたくて仕方なかった。
(まだ遅い時間じゃないし、いいよな…?)
空を見上げて思案する。
「……カカシ先生、お茶でもどうですか?」
声を掛けると、ぴたっとカカシ先生が足を止めた。足早に戻って来て目の前に立つ。
「……いいの?」
「え?ええ、はい……」
あまりの勢いに仰け反りながら返事した。送ってくれたんだし、それぐらいするのは当然だろう。
「和の国の美味しいお茶があるんで……」
「………」
じっと俺の顔を見てくるカカシ先生に、迷惑だったのかと前言を撤回したくなった。
「あの…、時間が無いなら――」
「いただきます。……イルカ先生の部屋に行っていい?」
「ええ、もちろんです」
そんなことをわざわざ聞いてくるカカシ先生に内心首を傾げるが、引き留める事が出来た嬉しさに階段の上る足が弾んで、後ろから着いてくる足音を聞きながらズボンのポケットから鍵を取り出した。玄関を開けて、暗がりの中明かりのスイッチを探していると背中を押された。
「わっ、ちょっと待ってくださいね。今、明かりを点けますから……」
壁をごそごそ探っている間にドアが閉まって真っ暗になった。狭い玄関に男二人が立って身動きとれなくなる。慌ててサンダルを脱いで先に上がろうとしたら、長い腕が体に巻き付いた。
「あっ、あぶな…っ、あ…!」
バランスを崩して二人揃って転けそうになるが、カカシ先生が先に手を突いてくれたので堅い廊下に激突せずに済んだ。
「すいません、カカシ先生…。大丈夫ですか?」
ホッとして見上げると思ったより近くにカカシ先生の顔があってドキッとした。体の上にのし掛かる重みに連日のことを思い出して心臓が早鐘を打ち出す。暗闇の中でもカカシ先生の深い瞳の色は分かって、近づいてくる瞳に吸い込まれるように目を閉じるた。
啄むように触れてくる唇はちゅっと音を立てて離れるとまた戻ってきた。ちゅ、ちゅっと濡れた音を廊下に響く。ぺろっと上唇を舐められて、薄く唇を開くと舌が潜り込んできた。口吻けが深くなって舌が絡む。
「ふぅっ…ん…っ、…んんっっ」
上顎を舐められてくすぐったさに仰け反ると、拘束する腕が強くなった。
「あっ…あの…カカシセンセっ…」
食い込む腕が痛くて袖を掴むとカカシ先生が顔を上げた。
「……ずっと、こうしたかった……」
「え…?」
「金曜の晩からずっと一緒にいたのに、昨日はイルカ先生帰ったから寂しかったです」
今にも「くぅん」と鼻を鳴らしそうな顔でカカシ先生が言った。道端に捨てられ、箱の中から外を見上げる子犬と同じ目をしている。普段は生命力逞しく、上忍然としているカカシ先生の弱り切った姿を見せられて、胸がきゅんと疼いた。
どうしてカカシ先生は俺のことをこんなにも好きでいてくれるんだろう?
昨日、俺が自分のことばかり考えている間、カカシ先生は俺のことを想ってくれていたのかと想うと胸が熱くなった。
手を上げてふさふさの銀髪を撫で付けると胸に顔を押しつけられた。なんだか愛しくなってぎゅっと頭を抱え込むようにすると、カカシ先生が伸び上がって唇にキスした。
すぐに深くなった口吻けに舌を絡め取られて、ビリビリと首筋に電気が流れた。カカシ先生の背中に両手を回しすと、たくし上げられた服の下に冷たい手が入り込んで、びくっと体が震えた。
「イルカ先生、いい?」
ひたりと脇腹に当てられた手の平に、こくんと頷いた。刹那沸き上がりそうになった罪悪感は胸の奥に押し込める。
カカシ先生が体を起こすと俺のことを抱き上げた。
「うわぁっ」
けっして軽くはない体を楽々と持ち上げたカカシ先生に吃驚してしがみつく。ふふっと耳元で忍び笑いを漏らしたカカシ先生に、顔を見るとさっきまであった憂いの顔は消えて優しく蕩けていた。
そんな顔を見せられると急に恥ずかしくなって、狭い家の中を運ばれながらカカシ先生の肩に顔を埋めた。
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