すこしだけ 20



 週末の休日をカカシ先生の家で過ごして日曜日の晩。明日の支度があるからと、引き留めようとするカカシ先生を振り切ってようやく自宅に帰ってきた。
 閉めたばかりのドアに凭れ、外にいるカカシ先生の気配を追いかける。しばらくアパートの階段の下に留まっていた気配がゆっくり動き出した。とぼとぼと表現しても過言でない移動速度に、胸がきゅうとすると同時に頬が火照った。
(…カカシ先生は凄い)
 二日間のことを思い出して体まで熱くなる。半端でなく甘いのだ。甘甘の大甘。苺ジャムの上にコンデンスミルクまで垂らしたみたいに俺に甘かった。
 遠退いていく気配をじっと探って、やがて消えるとほうっと息を吐き出した。
 どうしてすぐ帰らないと分かっていて、家まで送ってくれるのか。
 カカシ先生の俺への甘やかし方を思い返すと自ずと答えが見えてくる。
 ――したいからだ。
 したいから俺を抱きしめて、したいから俺に飯を食わせて、したいから俺を風呂に入れて……。
 思い出してバクバクする心臓を、手で押さえて宥めると部屋に上がった。
 自分ですると言っても、「したい」と言って聞いてくれなかった。
 正直カカシ先生があそこまで甘ったるく恋人と過ごす人だとは思っていなかったので面食らった。恋人も無く、一人で寒々と過ごしてきた俺には濃すぎる二日間だった。あんなに大事にされて、今までカカシ先生と付き合ってきた人達はよく別れられたなと思う。そして、俺の番が来たらどうしようと思った。
(ほんと、どうするよ!?俺っっ!?あんなにカカシ先生を拒んできたのに!!)
 自分を責めてみるが、もう一度あの時間に戻れたとして、拒めたかと聞かれれば返事に戸惑う。
(……酔っていたし、カカシ先生も強引だったし、……気持ち良かったし……)
「うわーっ!」
(何言ってんだ!俺!!)
 蹲った畳の上をゴロゴロ転がって、堅い座布団に顔を押しつけた瞬間、柔らかかったカカシ先生んちの布団を思い出して、その中での出来事を思い出した。
 自分の体に、あんなに気持ち良くなる場所があるなんて知らなかった。場所がかなり嫌だけど、そこを触られると抵抗できなくなる。長い指でぐりぐりされると、下肢が蕩けて甘い蜜に変わったような快楽に支配された。押さえつけられるように抱かれた金曜の晩と違って、昨日と今日は包み込むように抱かれた。
 絶対自分の人生にはそんな日が来ないと思っていたのに、覆った途端大盤振る舞いになった。誰が連日男に抱かれるなんて想像するだろう?
 本当に人生何が起こるか分からない。
 拒んでいた未来は俺の意志なんか関係ないようにカカシ先生へと押し流す。
「……………」
 だけどな、と思う。
(このまま流されても先は見えてんだけどな……)
 カカシ先生との別れは必ず来る。そのとき俺がどうすることも出来ないことは分かりきっている。
 俺はこのままカカシ先生と付き合っていいんだろうか?
 絶対に辛くなる時が来る。
 その時、俺は耐えられるんだろうか?
 深く考えるとカカシ先生とは会わない方が良くなってくる。それでももう、簡単には離れられない所まで来てしまっている。きっとカカシ先生が離してくれないし、俺だって離れたくない。
(でも、いつかカカシ先生は俺から離れて行くから……)
 考えても考えても堂々巡りで答えが出ない。
 赤い糸さえなければ楽しいばかりの恋だったろうに、見えてしまうばかりに不安が胸に突き刺さる。
 この杭が無ければどれほどいいだろう。
 



 コンコンとドアを叩く音で目が覚めた。時計を見ると起きるにはまだ早い。誰だろう?と思いながらベッドから抜け出すと玄関に向かった。
 考え事をし過ぎたのと、二日間で柔らかい布団に慣れた体は自宅の堅い布団を拒んでなかなか寝付けず、体はまだ眠りを欲している。
 もう一度ノックされて、欠伸混じりに「ふわーぃ」と返事してドアを開けると、カカシ先生が立っていた。
「カ、カカシ先生!?」
 昨夜あれほど考えた人の来訪に眠気が吹っ飛ぶ。
「どうしたんですか?!」
「…えっと、朝早くにごめんなさい。一緒に朝ご飯食べたいなーと思って、朝食買ってきました」
「えっ」
 目の前にぶらんとビニールの袋を下げられて、ぽかんとしてしまったが慌てて玄関を開けた。
「ありがとうございます。どうぞ」
 居間に案内して受け取った袋の中を覗いてみると、おにぎりとインスタントの味噌汁が入っていた。
「イルカ先生、ずっとおオレんちにいたし、昨日も寄り道せずに帰ったから何にもないんじゃないかと思って……その…迷惑だよね……ゴメンなさい、帰ります」
「えっ!待ってください!そんなことないです!ありがとうございます!せっかくだから一緒に食べましょう?」
 帰り掛けたカカシ先生の袖をぎゅうっと掴んで引き留めた。だって嬉しいじゃないか。俺だったら絶対にそこまで気が付かない。カカシ先生がどれだけ俺のことを想ってくれたのか窺えて嬉しかった。
「お湯沸かしますから座ってください」
「あ、イルカ先生起きたばっかりデショ?オレがするから座ってて」
 言われてみれば、よれよれくたくたのパジャマのままだった。急に恥ずかしくなって寝室に引っ込んだ。
「台所借りるね」
「……はい」
 手早く忍服に着替えると顔を洗った。明日の支度があると言って帰って来たのに何もしてなかったのを思い出して、カカシ先生が台所にいるのを確認しながら教材を鞄に詰めた。
 チンと電子レンジの音がして、味噌汁の香ばしい匂いが届く。
「できたーよ」
「はい、ただいま」
 呼ばれてちょこんと卓袱台の前に座るとコンビニのおにぎりは袋を剥かれ、温かな湯気を上げていた。ほくほくのおにぎりを口に運びながら、カカシ先生んちでの朝食もこんな感じだったのを思い出して関心してしまった。
「カカシ先生はほんっとーにマメですよね」
 言ってから、マメに動かないといけないのは俺だったと気づいたが、カカシ先生は気にするでもなくにこっと笑うと言った。
「そーデショー?嫁にするならもってこいですよ?」
「ぐふっ!」
(…よ、嫁!?)
 誰のだ?と聞いて墓穴を掘るほど抜けてない。冗談と受け取って、あはは…と笑ってもカカシ先生は何も言ってこなかった。いや、実際冗談だろうし。


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