すこしだけ 2



帰り道、一人残された孤独がひしひしと押し寄せて来た。
スリーマンセルを解散してから3年。
俺が内勤でクヌギとユリは外勤だったからいつも一緒では無かったが、クヌギ達が任務に出ても帰ってくると言う安心感があった。
だけどこれからは違う。
クヌギもユリもいない。
これから二人は俺のいない二人だけの生活と時間を作っていくのだ。
いつかこういう日が来ると判っていたから、心の準備はしていたはずなのに。
俺達はもう21歳だから、結婚するにはけっして早くない。
だけどクヌギに里外任務の話が来なければ、こんなに急なことにはならなかっただろう。
油断すると口の端が震えそうになる。
往来でみともない姿を晒す前に家に帰ろうと歩調を速めると、いきなり肩を叩かれた。

「イルカセンセ、お帰りですか?」

振り返ると、口布をして片目しか見せない男が首を傾げ、俺を見ていた。
唯一見える目がふわりと弧を描く。

「カカシ先生」

柔らかな笑顔につられる様に笑顔が浮かんだ。
カカシ先生は不思議な雰囲気を持った人でこの人の傍だと気持ちが和む。
強張っていた心が、ふっと解けて楽になった。

「カカシ先生も。今お帰りになられたんですか?」

土埃に白くなったベストにそう聞くと、カカシ先生は「うん」と頷いて、困ったように頭を掻いた。

「汚いデショ。今回は泥水に浸かる嵌めになって・・乾いたらこの有様。イルカ先生は?正装してどうしたの?お祝い事?」
「はい。友人の結婚式だったんです。馬子にも衣装だってからかわれました」

いつまでも忍服の汚れを気にしているカカシ先生に、冗談めかして言うとカカシ先生が手を止めて俺を見た。

「そんなことないよ。カッコイイです」
「・・!」

(・・この人は!)

目を細めて俺を見るカカシ先生に、勝手に頬が熱くなった。
自然とそんなことを口にするカカシ先生に、お世辞だとしても照れくさい。

(カカシ先生はモテるんだろうな)

ちらりとカカシ先生の腕に目をやる。

「ね、イルカ先生。良かったらこのあと一緒にご飯食べに行きませんか?」
「えっ」
「帰ってきたばっかりで作るの面倒だし。イルカ先生が嫌じゃなかったらだけど」
「そんなっ、嫌だなんて・・」
「そう?じゃあ決定〜。報告書出して着替えてから行くから1時間くらい後でいい?」
「はい」
「時計塔で待ち合わせ」
「はい」

また後で、と手を上げて去っていくカカシ先生に手を振り返して家に向かった。
誘われて嬉しかった。
一人で家に居れば暗く落ち込むのは目に見えている。
誘ってくれたのがカカシ先生だと言うことが喜びに拍車を掛けた。
知り合ったのは最近だけど、カカシ先生は上忍なのを鼻に掛けたりしない、優しいとてもいい人だ。
気が付けば、さっきまでの重く悲しい気持ちは軽くなっていた。



家に帰り着くと、正装用の外套を脱いでシャワーを浴びた。
軽く汗を流して忍服に着替える。
髪を結いなおしてベストを羽織るとする事がなくなって、サンダルを引っ掛けると外に出た。
てくてく歩いて待ち合わせの場所に向かう。
時計塔の下に着いた時には、まだ待ち合わせの時間までに大分あったけど構いやしなかった。
目の前を行き交う人々をぼうっと眺める。
この場所は繁華街に近かったから、宵の時間を前にたくさんの人がいた。
仕事帰りの人や俺と同じように待ち合わせしている人。
その彼らから、それぞれの腕から伸びる赤い糸が揺らいでいだ。
待ち人が来ないのか、そわそわと周囲に視線を走らせる女の人。
その表情がぱっと輝いて、彼女の腕から伸びる赤い糸の先を辿れば、ずっと先に人を探している男が人が居た。
女の人が駆け寄り、声を掛ける。
距離の縮まった二人の間で赤い糸も短くなった。
手を繋いで歩き出す二人の間で、赤い糸が腕と腕を繋ぐ。
その彼らと擦れ違ったカップルの糸は別々の方向に伸びていた。
遅かれ、早かれ彼らは別れる。
それでも楽しげな様子で歩いていく彼らに、幾度目とも知れない羨望がちらりと浮かんだ。

(何も見えないっていいな・・。俺も見えなければ、随分違った人生になっただろうに。)

俺には他の人には見えない物が見えた。
俗に言う、『運命の赤い糸』。
そんなものが見えたお蔭で、俺は21にもなるのに上手く恋愛出来ずにいた。
赤い糸は運命で結ばれた者どうしを全く違えることなく繋ぐ。
赤い糸で繋がった人たちは、どんなに互いを嫌っていても最後には必ず結ばれたし、またどんなに惹かれあった人たちでも、糸の繋がりがなければ必ず別れた。

(いや、そんなもの見えなくったって、ずっと――)

じっと自分の腕を見下ろす。

「待たせ過ぎちゃった?」

唐突に声を掛けられ、はっと顔を上げた。
いつの間に来たのか、目の前に心配そうなカカシ先生がいる。
同じく忍服に身を包んだカカシ先生からはふわりと石鹸の匂いがした。
髪がまだ少し湿っていて、急いで来てくれたことが伺える。
時計を見ると約束の時間には少し早かった。

「いえ、俺もさっき来たばかりです」
「良かった。・・もし、疲れてるなら言ってね。オレ、あまりそういうの気遣えないから・・」
「そんなことないです!カカシ先生はとてもいい人です。今日も誘ってもらえて、とても嬉しかったです!」
「いい人・・」

否定的なことを言うカカシ先生にそんなことないと力説すると、何故かカカシ先生がしょぼんとなった。
俺の言い方がいけなかったのかと慌てて取り繕おうとすると、一笑して話題を変えてしまった。

「さ、行こ?お腹すいちゃった。イルカ先生、なに食べたい?オレはね、魚が食べたい気分なんだけど?」
「あ、俺もです。この前のお店行きませんか?焼き魚の美味しいとこ」
「いいね。そうしよう」

俺が歩き出すのを待ってカカシ先生が横に並ぶ。
両手をポケットに突っ込んで、背を丸めて話すのは俺に目線を合わせてくれる為なのか。
そう思わせるほどカカシ先生はじっと視線を合わせて話す人だった。
にこにこ話すカカシ先生の瞳の中に、さっきのしょぼんとなった影は見当たらなくてホッとする。

(でも、もっと気をつけて話そう・・)

強いけど、案外デリケートな人かもしれない。
俺はカカシ先生に嫌われたくなかった。


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