すこしだけ 1



リーン、ゴーンと幸せを告げる鐘の音が青空に響いた。
屋根に止まっていた鳥達が羽ばたき、重厚な木の扉が内側から開く。
中から白い衣装に身を包んだ新郎新婦が出てくると、皆一斉に手にしていた花びらを空に向かって投げた。
赤やピンクの花びらが二人に降り注ぐ。

「おめでとう!」
「おめでとう!」
「ありがとう」

祝福に応えながら二人が階段を下りて来る。

「イルカ!」

二人が俺に気付いて笑顔を浮かべた。
綺麗になって幸せそうな笑顔を浮かべたユリとガキ大将がそのまま大人になったような顔で得意げに笑うクヌギ。

「おめでとう!」

持っていた花びらを二人に向かって空高く舞い上げた。

今日は幼馴染でスリーマンセルを一緒に組んだユリとクヌギの結婚式だった。



式を終えると教会の中庭へと場所を移して披露宴が行われた。
両親の居ない二人に身内と呼べるものは来なかったが、代わりに同期の仲間や友人がたくさん集まり、かえって賑やかなものとなった。
歌を歌う者や芸を披露する者、中には大技の忍術を発動させて人目を惹く者もいる。
そんな中、俺は出された料理をせっせと食べていた。
バイキング形式の料理は普段口にしないものが多く用意され、どれも美味しい。
さっき口にしたお肉が美味しくて、もう一度取りにいって皿いっぱいに盛り付けていると、パコンと頭を叩かれた。

「いてっ!」

振り返ると仁王立ちしたユリがいる。
ウエディングドレスに身を包んだ姿は清楚なのに、腕を組んでしかめっ面する姿はいつもの勝気なユリで花嫁という姿に似つかわしくなかった。

「なんだよ、ユリ。痛いじゃないか」
「ダメじゃない、食べてばっかりじゃ。こんな時はもっと人の輪に入って話しかけないと。女の子の一人や二人、声を掛けたらどうなの」

ユリが指差した方向を見ると、確かに年の近い女の子達がいて、同期のやつらと楽しげに話している。
だけど彼女らの腕から伸びる赤い糸を目に留め、視線を逸らした。

「・・いい。苦手だから」

はむ、と肉を頬張ると、ユリが大きな溜息を吐く。

「はーっ、私達が居なくなった後で、イルカが一人でも大丈夫か心配だわ」
「何言ってんだよ。もう大人なんだから大丈夫に決まってるだろ」

ムキになって肉を口の中に詰め込むと、食べるのに忙しいフリをした。
無理に飲み込むとユリがじっと俺の顔を見ている。
勝気なユリの目に、結婚式を迎えた花嫁に不釣合いな不安と悲しみを混ぜたような色が浮かんだ。

「イルカ――」
「イルカ!お前もこっち来て飲めよ」
「ああ!」

クヌギに呼ばれて手を上げた。
行こ、とユリを見ると、そこにはもうさっきまでの翳りはない。
華やかな笑顔を浮かべると、俺の背中をぐいぐい押して人の輪に押し込んだ。



***



夕暮れ時。
披露宴を終えた後、ユリとクヌギは服を着替えて阿吽の門へとやって来た。
二人はこのまま里外の長期任務に出立する。
二人が選ばれたのは二人とも両親がいなかったことと、夫婦という結びつきを得て任務に適していると判断されたからだった。
今度はいつ帰ってくるとも知れない。
幼い頃からずっと三人一緒だったが、それも今日でお別れだ。
他の仲間たちとの別れは教会で済ませ、俺だけ門まで見送りに来た。
多分、みんな気を使ってくれたのだろう。
身寄りの無い俺達は仲間でもあり、家族でもあった。

「・・じゃあな」
「ああ、元気でな」
「イルカ。困った事があったらいつでも連絡しろよ。オレ達はいつでも駆けつけるからな」
「ああ、分かってるって。お前らもなんかあったら言って来いよな!あっ!子供が生まれたら連絡しろよ。それとなく見に行くから」
「ふっ、なにがそれとなくだ。そんなもん適当な理由つけて会いにくればいいだろ。昔世話になったとか、なんとか」
「そうだな、そうする。・・ユリ。ユリも元気で」
「うん・・っ、・・うん」

黙って俺達の会話に耳を傾けていたユリがとうとう堪えきれないように泣き出した。
顔をくしゃくしゃにした泣き顔に、幼い日の泣き顔が重なる。

「ばぁーか。泣くなよ」
「・・なによぉ!」
「人のかみさんにバカとはなんだ!」
「あ、そうでした」

ぺろっと舌を出すと肩にクヌギの腕が回った。
強く抱かれ、昔よくそうしたようにユリも交えて三人で抱き合う。

「離れても、オレ達はずっと一緒だ」
「うん」

喉元にぐっと大きな塊みたいなものが込み上げたが、それをなんとか飲み込んで笑顔を作った。

「ほら!そろそろ行かないと日のあるうちに宿に辿り着けないぞ」

二人の背中を押すと門の外へと押し出した。

「行って来る!」
「ああ!」

何度も振り返りながら二人の姿が遠ざかる。
その度に大きく手を振って声を掛けた。

元気でな、頑張れよ、喧嘩するな、病気するなよ。

やがて前を向き、寄り添うように歩きだした二人の影が小さく小さくなって、道の果てに消えていく。
何も見えなくなってから、踵を返すと門の中に入った。
頭の中では二人の後ろ姿がいつまでも残っていた。
二人を繋ぐ赤い糸がいつもより輝いて、目に焼きつくように鮮やかだったから。


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