すこしだけ 17



 背中がぱふっと柔らかいものに包まれたのは、生まれてから経験したこともないような高速移動に意識を半分飛ばしかけている時だった。
 あお向けに転がされ、真っ暗な部屋で見慣れない天井がぐるぐる回る。
 俺を見下ろしていたカカシ先生が視界から消えて瞼を閉じた。酔いに顔がじんじん火照って、ゴロンと寝返りを打って体を丸める。
体を包む布団からはカカシ先生の匂いがした。
(ここはカカシ先生の部屋……?)
 すーっと引き込まれるように眠りかけると、横たわった体を起こされた。唇に冷たいガラスが当たって、口の中に水が流れ込んでくる。急に喉の渇きを思い出して貪るようにして水を飲んだ。唇の端から水が零れて顎を濡らしたが、手が重くて持ち上がらなかった。首筋を伝った水がTシャツの襟を濡らして気持ち悪い。
「も、い……」
顔を背けてコップを押しのけようとするが、再び口に押しつけられた。
「いらな‥‥んっ」
 顔を背けようとする顎を戻され、唇を割って舌の上を滑るものが水でないことに気づいて瞼を開けた。ぬるぬると擦り合わされる舌に首筋が泡立つ。カカシ先生の肩を押して離れようとしたら、押されて後ろに倒れた。口を閉じられないほど深く口吻けられて、息のできない苦しさに喘ぐ。
「やっ…、くるし……」
 覆い被さる体を手で突っぱねて引き離そうとすると、手首を取られた。指の食い込む痛さに触発されて、腕に食い込んだ指を思い出す。
「いたいっ!」
 バーで冷たく俺を見ていたカカシ先生が頭を過ぎったが、手首が砕けそうなほど強く握られて霧散した。腕の痛みに<じたばたすると、上からのし掛かられ、体を押さえつけられた。
「いたい!カカシ先生、やだっ!」
 見上げたカカシ先生の表情は前髪に隠れて見えなかった。
 不意に、腹の上を滑った手が下着の中に潜り込んだ。長い指が下生えに触れ、中心に絡む。
「ちょわっ、わっ!カカシ先生!?」
(なんで!?)
 混乱してる間に、狭い下着の中でカカシ先生の手が動いた。意図を持って動く手が俺を育てようとソコを揉み込む。
「わ!わ!わ!やめてください!」
 吃驚した、なんてもんじゃなかった。ソコを誰かに触れられたことなんてない。激しい羞恥心に押さえつけられた体を必死で捩ろうとするが重い石が乗っかったようにビクともしなかった。
「やだっ、やだ……」
 抵抗していた体から力が抜けていく。初めて他人の手に触れられて、今まで感じたことのないほどの甘い痺れが走った。
「あっ…、あっ、やだ…っ」
 こんなこと絶対駄目だとカカシ先生の腕を掴むが役に立たなかった。強引に動き出した手に扱かれて、熱を持った中心がゆるりと芯を持つ。
「カカシ先生…、本当に……」
 止めてくれと泣きそうになると手が離れた。ホッとしたのも束の間、カカシ先生の手はズボンの前を寛げて下着をずらすと中心を外に引っ張り出した。
「やだっ!」
 カカシ先生の手の中で、緩く立ち上がる自身を目の当たりにして身を焼かれた。カカシ先生が下を向いて、俺はぎゅっと目を閉じた。
「カカシ先生、やめてください……」
 訴えるが、形や堅さを確かめるみたいに手が動く。裏筋を撫でられて、うっと息を詰めると手が動き出した。
 大きな手で全体を包み込むと上下に動かす。
「いやだ…、あ…っ!」
 甘い痺れが腰に蔓延した。
カカシ先生の手が動くたびに泉が沸き上がるように快楽が生まれる。
「あっ、あっ、あっ」
ビクビクと腰が跳ねて体の自由を失った。
(こんなの知らない、こんなの知らない……)
 初めて感じる強烈な快楽に息も絶え絶えになる。
 ぬちっと塗れた音が聞こえて、自分が先走りを零しているのを知った。カカシ先生の指がぬめりを拾うように先端で円を描く。窪みを抉られると走り抜けた快楽に背中が仰け反った。
「あーっ!ああっ…!」
 いつもなら、自分でソコを弄ったってこんな風にはならない。強すぎる快楽に涙を零すとカカシ先生の手の動きが速くなった。追い上げるように先端に向かって扱かれる。
「ひぅっ、…だめ…っ!あーっ、やぁっ」
 制止の言葉が言い訳にしか聞こえないほど甘い声が出た。
 気持ち良くて堪らない。
 外へ弾けようとする衝動が込み上げて、カカシ先生の肩を掴んだ。
「も、だめ…、カカシ先生、はなして…」
 射精するところを見られたくなくて堪えようとするが、膝がブルブル震える。訴える俺に構わず、カカシ先生がますます俺を追い込んだ。
 中心を小刻みに揺すられて、快楽が駆け上がる。
「ああっ!あーっ!ああーっ!」
 先端からぴゅるっと精液が吹き出た。その後も二度三度と快楽が走り抜けて唇を振るわせた。
何も出なくなった後も、苺のジャムに浸かったみたいに甘ったるい快楽が下肢を支配した。
(……信じられない。)
 カカシ先生とこんなことするなんて。
 はあー、はあーと息を乱していると、カカシ先生が上着を脱いだ。これからカカシ先生がしようとしていることが朧気に分かって怖くなる。
 逃げなきゃと思うのに、カカシ先生に膝の上に乗られたままで体が動かなかった。
 ゆっくり伸びてきたカカシ先生の手を払う。
「や…だ…」
「………」
 逸れた手は、また戻って俺の上着を掴むと引っ張り上げた。服を掴んで離さないでいると、カカシ先生は俺の腕を引き上げて無理矢理服を剥ぎ取った。
 裸になった体の上にカカシ先生が伏せて、首筋に唇が這った。
「やだっ、カカシ先生、いやだ…」
 どうしてこんなことになっているのだろう?
 前に迫られた時は無理強いなんてされなかったのに。
 腕を張って抵抗するとカカシ先生が吃驚するようなことを言った。
「……どうせ、誰かとこんなことするつもりだったくせに」
(は?)
 言われたことが理解できなくて動きを止めた。
(俺が…?誰と…?)
 そんなこと、俺の人生にあり得ない。恋をしないと決めている俺が、誰かと体だけ合わせるなんてことあり得なかった。
 カカシ先生は何か誤解している。
「さっさと変化解きなよ」
 怖い声で鼻の上のなぞられて、震える手で解術するとぼふんと煙が上がった。
 変化と言うほど変化していなかったから、顔の傷が戻ったぐらいだ。
「イルカ先生が男に興味あるなんて知らなかった。それともオレに言い寄られる内に興味出た?」
「何言って――」
「ウソツキ」
 鋭く睨まれて、きゅっと心臓が引き連れて息が詰まった。
(な、なんで…?)
「嘘なんか吐いてないです…!」
「……オレとの約束なんて、所詮その程度なんですね」
「ち、ちがっ…、本当に……」
「……誰とも食事に行かないでって言ったのに――」
「行ってません!カカシ先生がいない間、ずっと一人で……」
「だったら今日のは何?バーで男漁りしてたくせに」
「違うっ!バーにいたのはそんなつもりじゃなくて……」
「じゃあ、どういうつもりよ」
「…………」
 言えない。赤い糸を見に行ったなんて言える事ではなかった。
 言ったところで理解して貰えない。
「……あの、カカシ先生が思ってるようなことじゃなくて……」
「もういい、黙って。これ以上話すと酷くしたくなる」
「え……?」
 怖い顔で伏せてきたカカシ先生が首筋を強く吸い上げた。
「いたっ!痛い!」
 皮膚が破れそうな痛みに悲鳴を上げるがカカシ先生は許してくれなかった。違う場所に移動すると同じ痛みを残す。
 そのうち手が体を這い出して、もうカカシ先生を止められないのだと知った。
 カカシ先生がその気になれば俺は太刀打ちできない。
(怒っているのにこんなことするなんて……)
 これは罰なんだろうか?
 一生訪れることのない筈の経験が、こんな形で訪れたことが少しだけ悲しかった。


text top
top