すこしだけ 14
会いたい。でも会いたくない。
本音を言えば会いたくない。
でも会って、カカシ先生が俺を見てどんな表情をするか見たかった。
昨日、帰る時は普通に接してくれたけど、一晩経ってもう俺の顔なんか見たくないほど嫌いになってるかも知れない。
. カカシ先生を見て、どっちに気持ちが傾いているのか知りたかった。鬱々と書類を片付ける合間に溜息が零れる。
「…イルカ、またかよ……」
隣から呆れた声が聞こえて、唇を引き締めた。
「何だよ、お前…、昨日ははたけ上忍と楽しく夕食を食べたんじゃなかったのかよ?
…ったく」深く追求するつもりは無いのかタツミが書類に視線を戻した。
怒ったのかと横顔を伺うと、書類を捲る手が止まった。「話を聞いて欲しいなら聞いてやるぞ」
「あ…」真面目な横顔に、すべてを話してしまいたくなった。
聞いて欲しい。
そしてこれから俺がどうしたらいいのか教えて欲しかった。
どうすれば俺がこれからも傷付くことなくカカシ先生の傍にいられるのか。
だけどそれを聞くには、きっと俺のことも話さなくてはならなくて、――知らず、腕を机の下に隠した。「…ごめん。いい……」
「そうか」手が動き出し、ぺらぺらと書類を捲る。
「ありがとう、タツミ」
タツミは口元だけで小さく笑って、俺を安心させた。
前を向いて仕事を再開させる。
暫らく集中していると、戸口がカタンと鳴って顔を上げた。
見るとカカシ先生が受付所に入ってくる。
ズキンと心臓が痛くなって、でもカカシ先生はまっすぐ俺のところに歩いてきて名前を呼んだ。「イルカセンセ。オレは今から任務でしばらく里を空けることになりました。だから今日は一緒にご飯にいけません」
「……そうですか」(……普通だ。)
残念そうではあるけれど、カカシ先生はいたって普通だった。
俺のことを嫌ってる様子も怒ってる様子も無い。
ほっと安心して気を抜きかけたら、カカシ先生の表情が暗く沈んだ。「イルカ先生、オレが居ない間――」
そのまま口を閉ざしてしまったカカシ先生に、心臓が冷たい手で撫ぜられたように竦み上がった。
「…悪い、ちょっと席を離れる」
「おう」断りを入れてカカシ先生を廊下へ引っ張り出すと、人気の無い所を探して角を曲がった。
柱の影にカカシ先生を押し込むと、問い詰めた。「危ない任務なんですか?どのくらいで帰ってくるんですか?」
聞きながら不安が込み上げてきて、カカシ先生のベストを掴む手が震えた。
受付を通さない任務ならAランク任務だろう。(カカシ先生にもしものことがあったらどうしよう…)
不安と恐怖で押し潰されそうになっていると、そんな俺を見たカカシ先生がふわりと笑った。
「笑いごとじゃないです!」
「違うんです。嬉しくて」こつんと額を合わされ、ベストを握っていた手が包まれた。
「ちょっと護衛に行ってきます。大名が自国内を移動するだけの護衛だからそんなに危ない任務じゃないよ。四日で帰ってきます」
「でも、さっき……」
「ウン。言いたかったのは、オレが居ない間、誰かとご飯食べに行ったりしないでねってこと。でないと気になって任務に集中出来ないから」
「行きません!…だから怪我とかしないで帰ってきてください」
「ウン。分かったーよ。……イルカセンセ、ちょっとだけ補給させて」
「補給?」と首を傾げると体に腕が回った。
抱き締められて慌てふためく。「カカシ先生!ここじゃあ……」
「少しだけ……」ぎゅううと抱き締める力が強くなって、体から力が抜けた。
抗えない。
狭い腕の中で体が安心しきって動けなくなる。
もう一度抱き締められたことにも安心して、尚更だった。「イルカセンセ……」
ふと緩んだ腕に、もう終わりかとカカシ先生を見上げると唇が重なった。
「…っ!」
口吻けはいきなり深くて、頭の芯がジンと痺れた。
ちゅくちゅくと絡んだ舌をじゅっと吸われる。
体の中から熱が湧き上がる。
これ以上されるとおかしくなる、そう思ったときカカシ先生が唇を離した。
離れていく唇を唾液の糸が繋ぐ。
ぷちっと切れて唇の端に付いた唾液の球を舌を伸ばして舐め取ると、カカシ先生が戻って来てちゅっと吸った。
ちゅっ、ちゅっと唇だけじゃなく頬や目蓋にも口吻けを落す。「はあ…、これ以上するとおかしくなりそう……」
きゅうぅぅと頬を押し付けてカカシ先生が呟く。
(あれ…?いつ口布を下ろしたんだろう…?)
そう思うと、急に我に返ってかーっと顔が火照り出した。
「カカシ先生!こんなところで……!」
両腕を突っぱねてカカシ先生の胸を押して体を引き離す。
抵抗して元に戻ろうとする腕の下を潜って逃げると、カカシ先生は「ちぇっ」と頬を膨らませた。「イルカ先生、本当に誰とも食事に行かないでくださいよ」
口布を上げながら、念を押してくる。
「何度も言わなくても分かってますよ!さっさと行って下さい!」
手を振って追い払うと、両手をポケットに突っ込んで歩き出したカカシ先生が振り向いた。
「お土産楽しみにしててくださいね」
にこっと笑うと瞬身で消える。
そんなものいらないから、無事に帰って来い。
その夜、俺は押し入れの中から使っていなかったパソコンを引っ張り出した。
インターネットに接続して、密林という名の本屋さんに行く。
そこで、同性愛の本を買い漁った。
赤い糸に関する新たな研究対象を見つけたのだ。
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