スキマ 3




 ――俺のことを好きでもない相手に抱いてもらわなくてはいけないほど、俺は落ちぶれちゃいない。

 そう憤っていられたのは部屋を飛び出してから僅かの間だけだった。
 家から離れれば離れるほど、――カカシ先生から遠ざかれば遠ざかるほど、胸の中に深い穴が開いていく。意識すまいとしても、不安が冷たい水のように穴の中で渦を巻いてその存在を知らしめる。凍ったように胸を軋ませる。
 耐え切れない痛みに涙が溢れ出した。
(どうしてあんなこと言ってしまったんだろう…、もう二度と会わないなんて・・。あんなに離れたくなかったのに…。もう一緒にはいられなくなった)
 突きつけられる現実に心が裂けて嗚咽が止まらなくなる。泣いて、泣いて、枯れるほど泣いても、まだ涙は溢れ出す。
 恋しかった。カカシ先生が。
 まだ好きで、どうしようもなく好きでたまらない。
 だけど、――だから尚更、カカシ先生と一緒にはいられなかった。
 想いが同じじゃなくてもいい。俺だけの傍にいて欲しい。男の身で不相応な願いだと自覚している。それでもカカシ先生のあの優しげな瞳が、手が、ほかの誰かに向けられるのが耐えられない。想像するだけで苦しくて苦しくて気が狂う。
 結局、何度考えても、どんなに泣いても同じところに行き着く。
 ――どれほどカカシ先生が好きでも、俺がカカシ先生の唯一じゃない限り傍にいられない。

 胸に出来た穴は暗く広がって、深い淵へと心を沈めた。
(どうして好きになって貰えなかったんだろう…)
 空っぽの心で考えて、また涙が零れた。




 真っ暗な夜道を歩く。里を彷徨っている間に涙は乾き、かさついた頬に冷たい風が当たる。
 どこにも行く当てが無かった。
 家に帰ってカカシ先生と向き合うのが怖い。帰って居ないのはもっと怖い。だから家に帰れない。
(でもあんなことしたから、きっといない。別の誰かのところに行ったかもしれない)
 そう思っても、もう涙は出てこなかった。
 何もかもが涙と一緒に流れ出たようで、何も感じない。考えすぎて腫れたように熱くなっていた頭も冷めた。今はただただ寒く、裸足で飛び出したことが悔やまれた。
 早く朝になればいいのに。
 そしたらアカデミーへ行っていつもの日常を過ごせる。カカシ先生とは会わないようにして、そうして毎日を繰り返せばいつかカカシ先生のことを忘れる。
(早くそうなればいいな・・)
 何ヶ月も先に居るであろう『平気になってる自分』に想いを馳せて歩いていると、ガサッと後ろの茂みが音を立てた。
 息を止めて振り返れば、大きな犬が飛び出してがなり立てる。
「うるさいっ!」
 かぁっと頭に来て、噛み付きそうな勢いで吠える犬を怒鳴りつけると、犬は「くぅ」と鼻を鳴らして後退る。
「あ、ごめ・・」
 良く見れば勢い良く振られていた尻尾はたらんと垂れ、逃げるように走り去った。
「・・・・」
 乾ていた頬に再び涙が落ちた。堪えようにもぽろぽろ出てくる。
 悔しい。一瞬、ものすごく期待してしまった。
 カカシ先生が迎えに来てくれたと、意識するより早く心が喜びに跳ねた。
 そんなことある筈無いのに。
 俺が逃げたところでカカシ先生に見つからないわけない。それがここまでほっとかれるのは探す気がないからだ。そもそもカカシ先生には俺を探す必要すらない。情人の一人が居なくなったところで痛くも痒くもないだろうから。
 それが分かっているのに、未練たらしく期待することを止められない。
 そのことがひどく悔しくて、――哀しい。
 堪えても噛み締めた唇の端から嗚咽が漏れ、枯れたと思っていた涙がぼろぼろ出てくる。
(も・・疲れた…)
 膝が崩れて地面に座り込んだ。
 我慢しても、考え込んでも、何一つ望みの叶うことはない。自分の心さえ思うままにならず、すべてを放棄して目を閉じ様とした時――。
「あ・・っ」
 すごい勢いで近づいてくる気配がある。微かに感じた気配はみるみる濃くなる。
(いやだ・・・)
 嬉しい。だけど会いたくない方が強い。
 崩れた膝に力を入れて立ち上がる。急いで逃げようと一歩踏み出したところで――。
 背後からぎゅっと抱きしめられた。慣れた腕の中でふうっと体から力が抜ける。
(どうしてなんだろう・・)
 諦めが胸の中に広がる。
(どうしてこの人の腕の中はこんなにも俺から何もかもを奪うんだろ・・)
 意思の力ではどうしようもなかった。
 心が勝手に。
 体が勝手に、ここが唯一の場所だと判断するから赤子のように安心してしまう。
「イルカセンセ――・・」
 押し殺したような声が聞こえた。
「…帰りましょう?」
 光玉のせいか、カカシ先生からは硝煙の匂いがした。
「それからちゃんと話をしましょう?お願いだから」
 胸の前に交差する腕に手を掛けると抱きしめる力が強くなった。
「訳を・・、ちゃんと聞かせてください」
「話すことなんて・・ありません」
「イルカ先生、お願いです。話を――」
 何を話すと言うのだ。聞きたいことも何もない。
 指に力を入れてカカシ先生の手を剥がしにかかる。
「まって!わかりました。話はいいから帰りましょう?ね?」
 カカシ先生の必死な声に心の奥底から『もういいじゃないか』と声がする。厭な事には目を閉じて傍にいろと。だけどその傍らで嫌だとすぐ打ち消す声が上がる。そんなこと出来ない、きっと耐えれなくなる。今離れるのが一番辛くないんだと。
 傍に居たいという気持ちと居れないという気持ちがせめぎ合う。
(居たい、駄目だ、居たい、駄目だ、居たいんだよ、・・・・もう、辛い・・)
「・・離してください」
 喉の奥から搾り出た声にカカシ先生の腕が緩む。
「どうしてなの・・?イルカ先生・・・」
 首を横に振ることでカカシ先生に答え、前に進む。
「・・・・・・どこか・・行く当てがあるの?」
 離れてだがついてくる気配がある。
「・・ええ」
 だから追わないで。
 そんな気持ちで答えると、刹那、視界を失った。

 二の腕に指が食い込み、引き摺られるようにして歩いている。雑草が頬を叩き、顔を上げるとそれを踏み分けるカカシ先生の足が見えた。
「何・・?」
 状況を把握出来ないまま、カカシ先生を止めようと足を踏ん張る。動きを止めたカカシ先生にほっとしたのも束の間、地面に転がされ、腰を跨ぐとカカシ先生が服に手を掛けてくる。
「・・なにしてるんですか?」
「・・・・・・・」
 月を背にしたカカシ先生の顔色が窺えない。ベストのファスナーを下ろし両側に寛げてくるのに、まさかという思いが駆け抜ける。
「やめてください」
 寛げられたベストを前で掻き合わせるとカカシ先生の腰が浮く。それに気を抜いていると肩からベストを抜かれ、袖ぐりが肘に来て腕を動かすことも、体を起こすことも出来なくなった。
「ちょっ・・」
 冷たい指が無遠慮に腹に触れる。ズボンのウエストを弄られ、ジッと音がしたかと思えば下着ごとズボンを下ろされ下肢が空気に触れた。
「やめてくださいっ!!」
 カカシ先生の下から這い出そうと身を捩ると、足を持ち上げられ、膝に蟠ったズボンを使って体を押さえつけらる。秘所を曝け出す格好に恐慌を来たして心臓が轟き、呼吸が荒くなった。
 カカシ先生が空いた手で自分のズボンを寛げ、中のものを取り出すと扱き始める。
「カカシ先生お願いです、こんなことやめてください」
 懇願してもカカシ先生の手は体を押さえつけ、目は冷たく冷えて俺を映そうともしない。
(いやだ…、取り上げられる・・・)
 ――記憶の中にある優しく触れてくれた手を、愛しいと物語っていた眼差しを。
 たった一つ、俺に残されたる筈だった大切な想い出でさえ、こんな行為で塗り替えようとする。
(無くしたくない・・!)
「いやだっ!やめてください・・っ!!」
 足をばたつかせて力の限り暴れた。
「・・っ」
 突然暴れだした俺にカカシ先生が慌てたのはほんの一瞬で、すぐに押さえつけると身動き取れなくする。
「カカシ先生っ!」
 ひたっと熱を持ったものを後口に当てられる。
「いやだっ!やめっ、――あ、・・いっ!」
 ひぅっと息を吸ったきり喉が詰まった。狭い後口を押し広げ熱が入り込んでくる。それはいつもの濡れたゴムがつるんと入る感覚とは違い、力で捻じ切るように内壁が擦られる。
 潤いもなく、一向に奥へと進まないのに焦れたのか、カカシ先生が小刻みに腰を押し付けてくる。そのたびに錆びたナイフを突き立てられるような鋭い痛みが走り、目の前に火花が散った。
 あまりの痛みに声も無く仰け反る。目からぼろぼろと涙が零れ、息をすることすら儘ならない。痛みの中にぴりっとした痛みが混じり、辺りに錆びついた匂いが漂う。
 やっとカカシ先生が奥まで入り込んだときには息も絶え絶えで、意識があるのかないのか曖昧だった。
 その曖昧な意識を引き戻される。
「あぁっ・・ひ・・っ!」
 漸く入り込んだものを引きずり出され、鋭い痛みが全身を貫いた。そして、また挿れられる。
 揺すられる度、そこは燃えるように熱くなり痛みを鈍くさせた。それとも血が潤滑剤代わりになったのか。
 はっ、はっと息を吐きながら、空を見上げてカカシ先生が果てるのを待つ。
 痛みが遠のくと感覚が鋭くなった。
 カカシ先生が動くたび、確かな質感を持ったものが出し入れされるのを感じた。人の肉が動く、生々しい感覚。

 いつもならとっくに果ててる頃なのに、カカシ先生は一向にイく気配がない。
 顔を上げれば、カカシ先生は両手で服を掴み、頭を胸に押し付けながら腰を振っている。していることを除けばその様は、まるで親に縋る幼い子供のように頼りない。
 だから、つい。
 上がらない腕を曲げて頭を撫ぜてしまった。
 愛しさがこみ上げて、いつものように撫ぜてしまった。
 手が髪に触れた瞬間、はっとしたようにカカシ先生が顔を上げた。目が合うと、くしゃりと泣きそうに顔を歪め、体の上を這うようによじ登り唇を重ねてくる。
「いやだっ」
 顔を背けると顎を押さえ、無理やり唇を抉じ開け舌を捻じ込んできた。
「んぐっ、んんっー」
(いやだ、いやだ、いやだ!こんな無理やりなことばっかり――)
 かっとして歯を立てる。
(噛み切ってやる!)
 そんな勢いで歯を立てたのに。
 カカシ先生は深く舌を差し込んだまま動かない。
(あ・・)
 じわりと口の中に血の味が広がる。怖くなって顎の力を抜くと、

「・・・殺せばいいのに」

 カカシ先生がぽつりと言い、ぱたぱたっと頬に水が落ちた。それが耳へと流れ込む。

「・・・・カカシせんせ・・?」

 ――俺はもしかしてすごい思い間違いをしてるんじゃないだろうか。

 強烈な疑惑が浮かんで胸の辺りがざわついた。都合よくそう思いたいだけかも知れない。だけど――。
「カカシ先生」
 俯いたカカシ先生の顔は見えない。おもむろに足を抱えなおすとまた動き始める。
「あっ、まっ・・て、カカシ先生、話を――」
 ふんと鼻で笑われた気がした。
(そうだ・・)
 何度も「話を――」と言っていたカカシ先生を先に無視したのは俺だ。
(だけど、こんなの――・・、こんなやり方・・)
「カカシ先生、まって・・、ちゃんと・・話を――・・ひあっ!」
 その時、お腹の中から変な感覚が湧き上がった。体が勝手にビクビクと痙攣する。
 動きを止め、顔を上げたカカシ先生の訝しげな視線が絡む。
(まさか・・これって・・・)
 だけど、こんな時に。
 自分に嫌悪感が湧き上がる。
(なにも陵辱みたいにされてるときじゃなくたって――)
「いやだっ」
 慌てて足掻いてカカシ先生から逃れようとすると、足を抱え込まれ、中を探られる。
「やめろっ、あっ、あぁっ!」
 ぐりっと角度を変えて突き上げられた時、それはきた。ぶわっと熱が広がるような甘い感覚が。
 カカシ先生がの性器が確かめるようにそこを行き来する。
「いやだ!いやっ、・・うんっっ・・やめっ・・」
 拒絶する言葉が甘く響く。突き上げられるたびにどろどろの甘さが下腹から沸きあがって声を抑えることが出来ない。触られてもいない性器が立ち上がり、先走りを零した。
 悔しくて涙が出る。
 だけどカカシ先生の動きが早くなると、あまりの気持ちよさに理性は吹き飛んで、必死にその体にしがみ付いた。
 最奥を穿たれ、強烈な射精感に耐え切れず欲を放つ。吐き出すたびに震える体を、カカシ先生が強い力で抱きしめた。
 開放の余韻に浸りながら、強張っていた体から力が抜けていく。
「イルカ先生、・・イルカ・・」
 次第に意識が遠ざかる意識の中、切なく呼ぶ声が耳に響く。
 やがて、体の奥に放たれたカカシ先生の熱が腸壁を叩くのを感じて、「熱い」と思ったのを最後に意識を手放した。



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