はなつ光 7





「え・・」
 小さな声がイルカ先生の喉から漏れた。戸惑うような、言われたことがよく理解出来ていないような声が。
「イルカ先生のココに、オレの挿れたい」
 ココ、とお尻を撫ぜると腰が逃げるように跳ねた。
「セックスがしたいんです、・・したい」
「あ・・うわっ・・」
 肘を突いて上半身を起こしていたイルカ先生の膝を持ち上げ、引き寄せると、シーツの上を滑るようにしてイルカ先生の体が布団に沈んだ。
「カッ、カカシさんっ!」
 焦るイルカ先生の膝を大きく開いて体を割り込ませると腰を重ねる。イルカ先生の膝を押し上げて腰を浮かせると、熱を孕んではちきれそうになった先端を窄まった入り口に触れさせた。
「・・っ、あ・・、無理ッ、むりむりむりむりっ!」
 ぎゅーっとイルカ先生の手がオレの体を押し返した。
「カカシさん!いきなりなんて入らないです!」
「う〜っ」
 そんなことない!きっとオレはイルカ先生のことが好きだからすんなり入る。
 勝手な理屈を付けて押し進める。
「カカシさんッ」
 イルカ先生の悲痛な声に、未練たらしく先端を後口に擦り付けてから体を離した。
 そうだった。解さないといけないんだった。
 ここにきて漸く勉強したことを思い出した。手順を踏まないとイルカ先生の体を傷つけてしまう。
「ゴメンなさい」
 怯えた目でオレを見上げるイルカ先生の胸に縋る。どっと後悔が押し寄せた。ガキみたいなヘタクソなセックスしか出来ない自分に凹んだ。凹みすぎて張り詰めていた中心も萎えた。
 いままでどれだけ自分本位なせックスをしてきたか思い知らされる。相手のことなんて考えたことなかったから、いざ大切な人と体を繋げようにもそんな自分勝手ところが出てしまう。
「・・・・・」
 一番最初の時、オレはどうやったんだろう?イルカ先生を傷つけずにどうやって最後まで・・・。
 聞きたいけど聞けなかった。それを聞くにはプライドが邪魔をする。悔しい。一度はちゃんと出来たことなのに・・。
「カカシさん・・、俺は男だから・・、その、濡れたりしないから・・、ごめ・・」
 言いにくいことを言わせてる。謝る必要なんてないのに。オレが悪いのに。
「ごめんなさい!!」
 最後の言葉を掻っ攫って大声で謝るとイルカ先生が吃驚して跳ねた。
「カカシさん?」
「焦って無茶しました!」
「は・・?」
「ヘタクソでゴメンなさい!」
「え?そんなことは・・」
「もっと上手く出来るよう頑張るから!」
 きょとんと見上げるイルカ先生に懇願する。
「ここまま続きさせてください・・っ」
 最後は尻すぼみになりながら言うと、一瞬黙り込んだイルカ先生がぷーっと吹き出した。ひゃっ、ひゃっと腹を抱えて笑い、目じりに涙まで浮かべる。まさに大ウケだ。
「・・・ヒドイ」
 ぽつりと呟くとますますイルカ先生が笑った。
「だってカカシさんっ、そんなこと、真剣な顔で・・っ」
 思い出してまた吹き出すイルカ先生にむくっと不貞腐れて口を尖らせた。バツが悪くなってのの字を書くとそこは胸の上で、イルカ先生はひゃふっと息を詰めると胸の上にあった手を握り締めた。
「くすぐったい・・」
 はっはっと息を弾ませオレを見上げる。
 イルカ先生が笑っている。
 それだけでくすぐったい気持ちになって口元を尖らせていられなくなった。ふふっと笑いが込み上げる。イルカ先生が手を広げたから、吸い寄せられるように首筋に額を付けた。頭を抱え込まれて、髪に温かな息が触れた。
「カカシさんはへたくそなんかじゃないです」
 その言葉にじわっと温かいものが胸の中に広がる。
「ちゃんと俺のこと気持ちよくしてくれる・・」
「ホントに?」
 イルカ先生の顔が見たくて頭をあげようとすると腕の力を強くすることで阻まれた。
「イル・・・」
「下手糞なのは俺の方で・・、カカシさん、まだ一度もイってない・・」
「ちがっ・・」
「だから!・・してください。俺もカカシさんに気持ちよくなって欲しい・・」
 言い終えて、力の緩んだ腕に顔を上げた。目の前には真っ赤に染まったイルカ先生の顔がある。。だけど――。
「ちがうんです。オレがイルカ先生の中に挿れたいのは、気持ちよくなりたいのもあるけど、・・もっと深いところで繋がりたいって言うか、一つに溶けたいって言うか・・」
 イルカ先生の奥底に体を沈めて繋がるところを想像すると、それだけで体の芯からとろりと蕩けて快楽に沈みそうになる。
 きっとすごく満たされる。
 それは快楽に近いけれど、快楽よりももっと気持ちイイもので。
「・・それを手に入れたいんです」
 上手く表現できないまま伝えるとイルカ先生の顔がくしゃりと歪んだ。みるみる瞳に涙が溜まる。
 ・・あ。
 ほろりと落ちた涙に慌てて唇を寄せた。
 また、イルカ先生を傷つけた。
 オレは、――オレ達は、前にそこへ到達しているのかもしれない。忘れてしまった記憶の中で。
 それなのに無神経なことを言ってしまった。不用意なことを言ってイルカ先生を傷つけた。
「イルカセンセ、・・ゴメ・・」
 だけど、イルカ先生が涙を零したのは一粒だけで、ふわっと笑うとオレを引き寄せた。温かな腕と笑顔に許しを感じた。
「俺も、それを感じたいです。俺もそこに連れて行って・・」
「うん・・、イルカセンセ・・・うん・・」
 わーと感情の波が押し寄せる。上手く話せなくなってイルカ先生の唇に唇を押し付けた。背中に回るイルカ先生の手がぎゅううとオレを締め付けるから胸が詰まる。
「イルカ、センセ・・」
 唇から首筋へ移動するとイルカ先生が顎を上げた。晒された喉元に唇を這わせる。愛しくて、愛しくてたくさんの痕を付けた。
 手は迷わずに下肢へと滑らせる。性器よりもさらに奥へと手を潜らせ窄まったところに触れた。そこが驚いたように、きゅっと締まる。宥めるように指を擦り付けた。オレの先走りのせいかそこは僅かに濡れているが・・。
 一旦手を離すと指を口に含んでたっぷり唾液を絡めた。そうしてまた後口を潤す。何度か繰り返すと入り口がふやけた様に柔らかくなって、そろそろいいかな、と指を一本だけ、沈めてみた。
 うわ・・。
 初めて入ったイルカ先生の中は吃驚するほど熱くて、柔らかな粘膜がひたっと指を包んだ。柔らかく、柔らかく、そして優しくオレの指を包み込む。
「カカシ・・さん・・」
 気持ち悪いのかイルカ先生が眉を寄せ、ぎゅっと目を閉じた。
「ゴメンね、もうちょっと我慢して・・」
 今度は中を潤すために指に唾液を絡めた。心臓のどきどきが止まらない。
 もうすぐ、ここに――。
 そう思うといてもたってもいられなくなる。だけど逸る気持ちを抑えて後口を解した。さっきみたいなことを繰り返したくない。でも、早く――・・。
 ふと、気付いてイルカ先生の膝を持ち上げた。肩へと押して後口を露にする。
「カカシさんっ、やだっ!」
 拒絶する声が聞こえたけど、双丘を掴んで左右に広げると唇を窄まりへと寄せた。舌先を潜り込ませて唾液を送る。
「いやだ、いやだ!ふぁっ・・あ・・っ」
 何度も舌を出し入れしているとイルカ先生の声が甘く掠れた。目の前の性器が勃ち上がりかけている。
 そういえば、中にも感じるとこがあるという。
 舌の隙間から指を潜らせて中を探った。柔らかい襞を押し広げ強く擦り上げる。
「ふあぁっ、ああっ!」
 ある一点でイルカ先生が鋭い反応を返した。指先に襞の奥でコリコリしたものが触れる。
 ここ・・?
「アッ!アアッ・・ヤッ・・だめっ・・ああっ」
 ぐりぐりと抉るように擦れば、あられもない声を上げてイルカ先生の仰け反り、そそり立った性器の先から白濁をぽろぽろ零した。入り口は指を締め付けるが、中は緩んで指を飲み込む。舌を引き抜くと指を増やした。ぐっ、ぐっと突き上げるようにそこを刺激しながら中と入り口を広げる。
「あ・・っ、イ・・っ、はっ・・あぁ・・」
「ここ、キモチいい?」
 そぉっとイルカ先生の瞳を覗いて聞けば、イルカ先生の顔が涙でぐしゃぐしゃに濡らしたまま頷いた。
「うん・・!イイ・・っ、ヘンに・・な・・、カカ、・・っ・・ああ」
「そう、よかった・・」
 ぽろぽろと涙の流れる頬に口吻ける。ぐすぐす鼻を鳴らしながら背中に抱きつかれて限界を迎えた。
「イれるよ?」
 うんうん頷くイルカ先生の瞳からまた涙が零れ落ちる。
 指を引き抜くと膝を広げて抱え上げた。後口に先端を宛がい、ゆっくり腰を勧めた。
「あっ!」
 ぐっと押し付けた途端、先が滑って入り口から逸れた。ヘタクソぶりにかあっと頬が火照る。それでも気を取り直してイルカ先生の片足を肩に担ぎ上げると、空いた手を性器に添えて後口に当てた。ぐっと押しても緊張の為かなかなか入らず、もう一度指を潜り込ませると中を刺激した。
「カカシさん・・」
 イルカ先生が不安げにオレを見つめる。
「大丈夫だから・・大丈夫・・」
 なにに対してそう言っているのか曖昧だったが何度もそう励まして、後口を広げた。
「もう一回・・」
「はい・・」
 ふう、ふうと息を吐いて力を抜こうとするイルカ先生に合わせて腰を進める。指で広げた入り口にひたっと性器の先を潜らせると、小刻みに腰を揺すりながら奥へと進んだ。だんだんと、性器がイルカ先生の中に包まれていく。先の広がったところが抜けると、あとはぐぅーっと中へと進んで奥に辿り着いた。
「はいった・・。はいったよ、イルカ先生。ちゃんと最後まで・・」
 嬉しくなってイルカ先生を見ると、イルカ先生は息も絶え絶えで顔を赤くしている。それでもはふはふと息をしながらにこっと笑った。「・・嬉しい・・」と。
 鼻の奥がつうんと痛くなって、堪え切れず涙が溢れた。
「嬉しい・・オレも嬉しいです・・」
 そんなこと初めてだった。繋がったことに感動して泣けてくるなんて、それが嬉しくてたまらないなんて。
 セックスすることの意味が初めて分かった気がする。
「イルカ先生、オレ、生まれてきた中で今が一番幸せです」
 告げると、はっと目を見開いたイルカ先生が笑って、「俺も」と呟いた。




* *




 目が覚めると長い髪と剥き出しのまるい肩が見えた。
 イルカ先生の肩。
 認識するとふわっと甘いものが胸の中に広がり、そこかしこをくすぐる。

 なんて、幸せ!

 とうとうイルカ先生とセックスした。イルカ先生と一つになった。幸せで、一度目はすぐに達してしまったけど、それから何度も何度もシた。お互いが疲れ果てるまで。と、いってもイルカ先生の負担が大きいから先にバテテしまって、そのあと強請って無理矢理させてもらったけど。
 思い出すとふわわーーんと甘い疼きが体中に広がる。
 あんなに気持ちがいいなんて!
 その気持ちよさは筆舌に尽くしがたいが、とにかくオレはすごい人を手に入れた!それは言い切れる。
 オレの、イルカ先生。
 甘い気持ちになって背中に擦り寄ると肩に口吻けた。ちゅ、ちゅっと啄ばめば、イルカ先生の肩が跳ねた。
「あれ?起きてたの?」
 自分でもどうかと思うぐらい甘い声が出た。でもものすごくイルカ先生に優しくしたい。
 そうっとイルカ先生の肩を引いて抱き寄せようとすると抵抗されてしまった。
「・・どうしたの?」
 ぐずっと鼻を啜る音が聞こえて心臓が飛び跳ねた。顔を覗きこむとイルカ先生の瞳からするする涙が零れ零れ落ちた。シーツに大きなシミが出来ていて、いつから泣いていたのかと胸が痛くなった。こんなに静かに、たった一人で。
 オレが無理させたから・・?
「イルカセンセ、ゴメン・・どっか痛いの?」
 恐る恐る声を掛けると涙に濡れた目を擦りながらイルカ先生が呟いた。
「・・・覚えてた」
 その瞬間、イルカ先生の痛みが体の中に流れ込んで、ざくっと胸を切り裂いた。だけどそれはイルカ先生を傷つけたと分かっていながら、どこか甘く切ない痛みだった。イルカ先生と目が合うまでは。
「忘れません!!忘れたりするわけないじゃな、い、・・です・・か・・・」
 眼光が鋭くて言葉に詰まる。
 たらっと額から汗が流れた。下からイルカ先生がぎっと睨み付けてくるその目が、オレのこと責めている。
 うん、忘れました。確かに忘れたケド、・・こ、こわい。
「どの口が、そんなこと――」
 言うんでうすかーっと、下から伸びてきた手がオレの頬を摘まんで引っ張るから堪ったもんじゃない。
「いひゃ!ゴメ・・!いふかてんてっ、はな・・って!」
 イルカ先生の手が漸く離れたのは、オレの目からぽろっと涙が零れ落ちた時だった。痛みにじりじり痺れる頬を押さえて、「ごめんなさい」と繰り返す。
「怒んないで、イルカ先生・・」
 情けなく縋ると、むすっとしていたイルカ先生が口を開いた。
「怒ってないです・・。本当は忘れてしまったことも、もういいんです。また、好きになってくれたから・・。しつこく泣いたりしてごめんなさい」
 しょぼんと謝るイルカ先生に胸が痛くなる。
「謝らないで、いくらだって責めてくれていいんです。イルカ先生が好きだから・・。もう絶対忘れないから、忘れたりしないから――」
 この言葉がどれほどイルカ先生に嘘くさく伝わるだろうと考えるが言わずにはいられなかった。
「もう二度と決して忘れたりしません」
 オレの言葉をイルカ先生は口吻けと共に受け止めた。
「はい。二度と忘れないでくださいね」
「忘れません!」
 絶対の、絶対に!
 何度も繰り返すとイルカ先生がくすくす笑った。昇り始めた朝の光に包まれながらふわりと笑う。
「カカシさん――」
 オレに向かって伸ばされる両手に漸くあの朝を取り戻せた気がした。
 イルカ先生の手が背中に触れる。
 その温かさに包まれて、イルカ先生にもう一度顔を寄せると深く、深く口吻けた。



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