はなつ光 4
はぁ、はぁ、と肩で息をしていたイルカ先生の呼吸が収まるのを待ってそっと手を離した。
「イルカセンセ」
肩先にキスして額を擦り付ける。幸せだ。イルカ先生をイかせることが出来て嬉しいし、ちょっと自信がついて満ち足りた気持ちになる。
成せば成る、だ。
「センセ」
首筋を啄ばむ。汗で張り付いた髪を梳こうとして手が濡れているのに気付いた。
イルカ先生の精液で。
ぬるぬるを手に馴染ませ、この手で触ると嫌がられるかな?とひっこめる。
「イルカセンセイ」
顔がみたいのに髪で隠れて見えない。肩を揺すってこっちに向かせようとすると、ぐっと力が入った。
(照れてるのかな?)
イルカ先生の体を跨いで反対側に寝転がる。うつ伏せになったイルカ先生に寄り添って、反対側の手でイルカ先生の髪を梳いた。
「ねぇ、気持ちよかった?」
何度も髪を梳きながら更に近寄った。イルカ先生の腰に片足を乗せて密着する。
「ね、イルカセンセ・・」
男の生理なんて簡単だ。気持ちよくなければイったりしない。それをわざわざ聞いたのは、イルカ先生に気持ちよかったって言って欲しいからだ。そう言ってオレのことを褒めて欲しい。
梳いていた髪に頬を寄せて、ぐりぐり頬擦りした。
「ねぇ、ねぇ、どうだった?気持ちよかった?」
「き・・・・・・・」
「き・・?なぁに?なんて言ったの?」
( 褒めて、褒めて!)
耳を澄ましてイルカ先生の言葉を待つ。きっと主人に褒めて貰うのを待つ犬の気持ちはこんなだ。見えない尻尾を振るようにわくわくした。
なのに。
「・・気持ち悪くないんですか、俺のこと・・」
「へっ!!?」
吃驚しすぎて声が裏返った。
「なんで!?なんでそんなこというの!??そんなこと思ったりしないよ?」
「でも、俺、男なのに。カカシさんに・・男に触られて射精するなんて、カカシさん、そういうの、嫌いでしょう?」
「そんなことないよ!嫌いなわけないじゃない!だって――」
「――うそだ。そんなのうそ・・」
――うそつき。
前にイルカ先生がそうオレを詰った時の言葉が蘇った。
――好きだって抱いたくせに。俺のこと軽蔑して・・・。嫌そうな目で見て。
ずんと重く過去の言葉が圧し掛かる。
「あの朝のことを言ってるの・・?違うよ、今はそんな風に思ったりしないよ。だってイルカ先生のこと好きだから・・」
「でも、あの時、カカシさんは俺のこと覚えてなくて・・、だとしたら、あれが本当のカカシさんの気持ちでしょう?前の日は酔ってたから俺が相手でも出来たけど、本当のカカシさんはそういうの、嫌いなんでしょう?」
イルカ先生の細い声音に不安になる。さっきまであんなに近くにいたイルカ先生が離れてしまう気がして落ち着かない。
「違うよ・・ちがう、違います。そうじゃないよ、イルカ先生・・」
「ごめんなさい。責めてるわけじゃないんです。む、無理しなくてもいいです。仕方のないことだから――」
無理ってなんだ。仕方が無いってなんだ。
「無理なんかしてません!オレは今、イルカ先生を抱きたくて抱こうとしてるの!それに仕方がないこともないです!ちゃんと男同士でも愛しあえるのに!」
力説すると顔を伏せていたイルカ先生が少しだけこっちを向いた。
泣いてはいなかったけど、涙を浮かべたように潤んだ瞳でまっすぐに見つめる。その切ない色合いに心が掻き乱された。
イルカ先生が深く傷ついている。
(そんな顔しないで。)
いつも笑顔でいて欲しいのに、だけどそんな表情をさせているのは誰のせいでもなくオレのせいだ。付き合うようになってからずっと平気な顔してなんにも言わなかったから気付いてあげられなかった。
いつだってイルカ先生が頑な態度を取るのは、オレに傷つけられるのを恐れているからだったのに。
(ずっと傷ついたままだったんだ・・)
今、ようやく気が付いた。理解しているつもりだったのに、オレはなんにもイルカ先生のことを分かってなかった。許されて、それで済んだと思っていた。
「・・ごめんね、イルカ先生。あの時は確かに忘れてて、男とは経験無かったし興味も無かったから吃驚して、それであんな風に見てしまったけど、でも違うんです。イルカ先生を好きになって、初めて本当に人を好きになって、そんな風に思えたのはイルカ先生だけで、それがすごく幸せで――。だからもうオレはイルカ先生をそんな風に見たりしないんだけど、でもそんなこと言ったって信じられないよね・・」
きっと初めてイルカ先生を抱いたオレも似たようなことを告白したに違いない。その上で綺麗さっぱり忘れているのだからバカとしか言いようがない。
言葉なんていくら重ねても意味ない。かと言って強引に抱く事も出来ない。前にも後ろにも進めず打つ手もない。頭の中が真っ白だ。
途方に暮れて放心しかけていると、イルカ先生の声が現実に引き戻した。
「い・・今は・・」
ん?と言葉の途切れたイルカ先生に首を傾げて見せた。イルカ先生の望みならなんでも叶えてあげたい気持ちでいっぱいになる。尽くすことでしかイルカ先生に償えない。
「今は、俺のこと気持ち悪くないんですか?」
「ないよ。まったく。キスしたら気持ちいいし、カンジてるイルカ先生見たら心臓がどきどきして凄く興奮する」
「カ、カカシさんはっ、俺なんかに、・・興奮するんですか?」
「するよ。イルカ先生にだけ、興奮する」
心からの気持ちだったのに、イルカ先生は嘘だと言うように顔を背けた。だから証明するため、やりすぎかと思ったが、イルカ先生の手をとって下肢に導いた。イくイルカ先生を見て滾ったままでいる中心にその手を押し付ける。
「ね?わかる?硬くなってるでしょ?」
ココと擦り付ければその動きに反応してしまった。性器が熱を孕んで膨れ上がると、恐れるようにイルカ先生の手が退いた。
「ね?」
苦笑して手を離す。
考えてみれば、イルカ先生も男との経験は無かったはずだ。だったらオレのこんな反応は気持ち悪いかもしれない。本当は俺に触れられて気持ち悪いのかもしれない。
(・・上手くいかないな。)
胸の奥で嘆息する。
急ぎすぎたのかな。体を繋げるよりも、まず心を繋げることに心を砕いた方がいいかもしれない。もっとお互いのことを知って、それからだって遅くないはずだ。それでもイルカ先生がイヤだと言えば、一生しなくたっていい。ずっとそばにいれさえすれば、それだけで――・・。
そんなことを考えていたら、唇に濡れた感覚がした。
一体なにが起こったのか。
目は開いていたけど見ていなかった。慌てて焦点を合わせると離れていくイルカ先生が・・。
(え?)
心臓がやかましくがなりたてる。耳鳴りがしそうだ。
「イルカせん――」
「気持ち悪く、なかったですか?お、俺にこんなことされて、カカシさんは気持ち悪く――」
――もう何も言わないで。
思うままイルカ先生を引き寄せて抱きしめた。
(骨も体も砕けて溶けてしまえばいい。)
そんな気持ちで力いっぱいイルカ先生を抱きしめれば、震える吐息が首筋に掛かった。
「イルカセンセイ、イルカセンセイ――」
イルカ先生の髪を掻き乱して首筋に顔をうずめた。唇に触れた皮膚に唇を強く押し付け吸い上げる。
「・・いたっ!」
鋭く上がった悲鳴に胸が疼く。赤く咲いた痕に目の前が潤んだ。泣いてしまいそうなほどイルカ先生が愛しい。
「イルカ先生は?オレのことコワくない?こんな風にされてイヤじゃない?」
頬を撫ぜながら瞳を覗き込むと、真っ赤に染まった瞳からぽろっと涙が零れ落ちた。
「嫌なわけないじゃないですか。好きな人に触れられて、嬉しくないわけないじゃないですか」
責めながらもたどたどしく甘い言葉を紡ぐイルカ先生に歓喜が満ちて息も吐けない。
いつだって許されるのはオレの方だった。