こっ恥ずかしくて口に出せない 3





家に帰ると並んで台所に立って夕食を作った。
と言っても、今日はカカシさんがメインで作ってくれるから、俺は料理の下準備をする。
野菜を切ってしまうと俺のすることは無くなって、後はカカシさんの後ろに回って手元を覗き込んだ。
見え難いからカカシさんの背中に張り付いてみる。
肩に顎を乗せても怒られなかったから、腰に手を回して密着した。

――俺のー。

マーキングみたいに首筋に頬を押し付ける。

「あははっ!くすぐったいよ、イルカ先生。なぁに?お腹すいたの?」

洗ったプチトマトを唇に押し付けられたから食べたけど、違う。
ただ甘えたいだけだった。
ぎゅぅぅと抱きしめる腕を強くすると、お肉に下味を付けていたカカシさんの手が止まった。

「あ、ごめんなさい」

ジャマになった。
すごすごと身を引こうとすると、外し掛けた手をぐいっと引かれて、背中にぶつかった。

「わっ」
「どこいーくの?ココにいないと駄目デショ?」

ココと自分の腰に手を巻きつける。
ぽんぽんと俺の手を叩くとカカシさんは料理を再開した。

‥バレバレだ。

顔が熱くなったが、でも許されて、次第に体から力を抜くと温かな背中に寄り添った。
そうしていると背負われたように心地よくて、安心できた。



ご飯が出来ると、カカシさんはまずケーキを運んで卓袱台の真ん中に置いた。
去年は苺のケーキだったから今年はチョコクリームのケーキにした。
真ん中に、でんと俺の名前の書いたプレートが乗っていて、いかにも誕生日ケーキなのが気恥ずかしい。
カカシさんは蝋燭を立てると火をつけて蛍光灯を消した。
真っ暗な中、蝋燭の明かりにケーキとご馳走とカカシさんが浮かび上がる。

「じゃあ、歌うよ。終ったらふぅーだからね」

子供みたいに言われて照れくさい。
でもこういうのは嫌いじゃなかった。
無言で頷くと、カカシさんが誕生日の歌を歌い出した。
静かな部屋にカカシさんに歌声が響く。

ああ、どうしよう。

正座した膝の上に両手をぐっと押し付けた。
そうでもしないと嬉しくてカカシさんに飛び掛ってしまいそうだった。
ごく普通の誕生日の光景が目の前にある。
歌い終わるとカカシさんがこっちを向いて、俺は息を吸い込むと、ふーっと息を吹きかけて蝋燭の火を消した。

「お願い事した?」
「しました」

頷くと、ちゅっと唇が音を立てた。

「イルカ先生の願いが叶いますように」

カチッと音がして明かりが点く。

「ケーキは食べ終わるまで冷蔵庫に入れておこうね」

「はい」と頷いたものの、ケーキを持った後姿が台所に消えると、急に不安になってカカシさんを追いかけた。
冷蔵庫を開けてケーキを入れようとする背中にどんっとしがみ付けば、カカシさんが不思議そうな顔で振り返る。

「どうしたの?」

俺を背中に貼り付けたまま、カカシさんは冷蔵庫の扉を閉めるとこちらに向き直った。
首筋に顔を埋めて、背中に手を回す。
幸せで、怖かった。

俺はこの人の優しさや温もりを無くしたら生きていけない。

そんな激情が一瞬にして押し寄せて、何も考えられなくなった。

「カカシさん、カカシさん‥」
「うん。イルカセンセ」

よしよしとカカシさんの手が頭を撫ぜる。
その手が甘くて俺はすぐに、ぽうっと蕩けた。
本当のところ、俺はかなりの甘えただ。
今受け持っているどこ子よりも、俺が一番甘えただと自覚がある。
俺の中にはどうしようもなく子供の部分があって、隠していたのにカカシさんがそれを引き出してしまった。
誰も知らないのに、カカシさんだけが俺のそんなところに気付いて、俺を甘やかした。
子供にも同僚にも絶対見せられない。
カカシさんと居る時だけ、俺は本当の自分で居られる。
恥ずかしくてみっともない姿だが、カカシさんはそんな俺を受け入れてくれた。

「…イルカセンセ、あとでイイ事しよっか?」

耳元でカカシさんが囁いた。

「良い事?」
「ウン。ご飯食べてケーキも食べたら、――今までシたことないコトしてみよっか」
「・・・・・」

ふわーっと顔が熱くなった。
ご飯の後と言われて、何を?と聞くほど初心じゃない。

‥今までしたこと無い事?

関心はむしろそっちの方で、48手も家の中のいろんなところでするもの試したのに、この上何をするのだろうと好奇心が疼く。

「いい?」

無邪気に見つめられて頷いた。
カカシさんは楽しげで、悪い感じじゃない。

「じゃあご飯食べようね。お風呂にも入らなくちゃ」

ニコニコするカカシさんに手を引かれて食卓に戻った。
カカシさんの作ったご飯はどれも美味しくて、食べている間に先ほどの激情は穏やかに流れ去った。
さっきのことを思い出すと照れくさい。
俺もいっこ年をとったのだから、いくらカカシさんが甘やかしてくれるとは言えしっかりしようと心に決めた。

今年は俺、大人になろう。

それが今年一年の俺の目標になった。



ご飯を食べ終わると食休みに風呂に入って、それからケーキを引っ張りだした。
ホールのケーキのほとんどを食べるのは俺の役目で、カカシさんが食べるのはちょびっとだ。
それでも丸いケーキを切り分けてくれるのが嬉しくて、そわそわと落ち着かない。
カカシさんが三角に切ったケーキをお皿に乗せた時に、あっと思い出して立ち上がった。

「カカシさん、プレゼント開けていいですか?」
「うん、いーよ」

寝室から袋を持ってきて開いた。
中身は知っていたけど、プレゼントを開けるのは楽しみだった。
だけど、

‥あれ?

俺が見ていたTシャツと色が違う。
俺が見ていたのは黒いTシャツだったが袋の中にあったのは水色だった。

‥色違いかな?

カカシさんは俺に明るい色を着せたがる。
それでかな?と袋からTシャツ取り出して広げた。

‥‥刺繍が無い。

あるべき場所に竜の刺繍が無い。

カカシさん、俺が見てたヤツって言ってたような‥。

店員さんが包み間違えたのかな?と頭を捻らせていると、Tシャツの向こうでカカシさんがほよーんと笑み崩れた。

「やっぱりイイ。見た瞬間これだーって思って。イルカ先生のイメージにぴったり」

何の事だとTシャツの背中を見て、固まった。

羽が描いてある。
純白の羽が二枚。
はばたくみたいに翼を広げている。

自分で着てみたところを想像して、むぅっと口角を下げた。
カッコ良くない。
外に着ていくのは恥ずかしい。
どちらかと言えば、こういう絵柄は女の子向きなんじゃないだろうか。

‥カカシさん、俺にどういうイメージを持ってんだ?

でも貰ったものだし、面と向かって文句は言いにくい。
箪笥の肥やしになるのは必須だが、一応お礼は言った。

「カカシさん、ありがとうございます」
「ううん。あ、オレのも見る?」

がさごそとカカシさんが取り出したのは俺が見ていたTシャツだった。

意味判らん。

どうして俺のがそっちじゃないんだ?と見ていたら、カカシさんが着替え始めた。

「良かった。サイズぴったり」

カカシさんの銀髪に映えて黒のTシャツはカッコ良く見えた。
竜の刺繍ももの凄くカッコ良く見えて、悔しくなった。
きっと俺が着るより、カカシさんが着た方がカッコ良い。

「イルカ先生も着てみて」 「え!」

嫌だと言う間も無く、着ていたTシャツを脱がされて新しいのを着せられた。
不本意だ。
面白くない。
その面白く無さに、カカシさんの一言が拍車を掛けた。
俺の背中に回ったカカシさんがぱちぱちと手を叩く。

「うわぁー、やっぱり可愛い。天使みたい」

その瞬間、ぶちんと頭の中が音を立てた。

‥俺のこと、可愛いって言った!!

ある場合を除いては、もう二度と言わないと誓わせたのに。
そりゃ俺だってカカシさんのこと可愛いと思うことはあるけれど、けっして口には出さなかった。

しかも天使ってなんだよ!

俺のどこをどう見れば天使に見えるのか。
夢を見るのも大概にしろってんだ。
もそっと着せられたTシャツを脱ぐ。

「あれ?イルカ先生どうしたの?」
「‥――――せん」
「え?」
「いらないって、言ったんです」
「えっ!?どうして?‥気に入らなかったの?似合ってる?」
「‥‥とにかく、いらないったら、いらないんです」
「でも、可愛いのに‥」
「可愛くなんか、無くていいです!!‥俺だってカッコイイ方がいいのに!!カカシさんのバカー!!!!」

持っていたTシャツをカカシさんに押し付けると寝室に逃げた。


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