こっ恥ずかしくて口に出せない 2





玄関の鍵を閉めて外に出ると、空は晴れ渡り澄み切っていた。
照りつける日差しは熱いほどで、風の暖かさに初夏を感じる。
朝食を食べ過ぎたせいで膨れた腹を撫ぜると、手首に巻いた銀の鎖がちゃりっと音を立てた。
普段俺はアクセサリーを着けないが、カカシさんは案外こういったものが好きだ。
今着けている鎖もカカシさんがお土産にと買ってきたもので、家を出る前に手首に巻かれた。
他にもごつい銀の指輪を左手の薬指と人差し指に嵌められて、

「外に出すのが勿体無いぐらいカッコ良くなった」

と、恋人馬鹿丸出しの笑顔を向けられた。
そんな風にされると拒めない。
ちゃらちゃらするのは苦手だが、悔しいかなカカシさんの言われるままの格好で同僚達との飲み会に行ったりすると褒められる。
じじむさいと言われてた俺でも年相応に見られるようになって、女の子から声を掛けられるようになった。
以来服装に関してはカカシさんに任せる事にしている。
俺は服なんて何でも良かったが、カカシさんにカッコ良いと言われると嬉しかった。
ちゃりちゃりと手首の鎖を鳴らしてみる。

「‥ジャマ?」

振り返ったカカシさんが首を傾げた。
左目を下ろした髪で隠し、口元には大判のストールを巻いている。

「いいえ!」

首を横に振ると安心したように前を向いた。
カカシさんは俺の手首のと同じ鎖を首に着けている。
ストールに隠れて見えないそれは密かにお揃いなのだが、同じ鎖を巻いていると、まるで見えないリードで繋がっているみたいな気がした。
カカシさんはそんなことは一切頓着しないのだが、それともそんな風に思ってしまう俺が変なのか、――飼い犬を散歩させる飼い主を想像してしまう。

「天気良くて良かったね。どこ行く?」

じっと首元を見ていた俺の視線に気付いたのか、カカシさんがこっちを向いて目を細めた。

「‥えと、木の葉商店街に」
「りょーかい」

失礼極まりない想像を消して、カカシさんの横に並んだ。

「・・・・」

平日万々歳だ。
この時間だと出勤時間を過ぎて人通りが少ない上に教え子達も居ない。
思い切ってカカシさんの手を握ると指先がビクッと震えた。
驚くカカシさんの視線を感じて道端のタンポポを探した。
何年経っても自分から手を繋ぐのは気恥ずかしい。
反応の無いカカシさんの指先に、手を離そうとすると力が入って手を握り返した。
ドキドキしていた胸の辺りがふわーっと温かくなる。
横を見るとカカシさんが向こうを向いた。
ストールから覗く耳が赤い。
指先から力を抜くとカカシさんの指が指の間に入った。
指先を軽く曲げて緩く手を繋ぐ。
その手が離れないように、ゆっくり歩いて商店街に向かった。



商店街に着くと片っ端から店を覗いて回った。
何か欲しいものがあったワケじゃない。
今日の目的はカカシさんと一緒にいることだから、一緒にいれたら入る店はどこでも良かった。
誕生日ぐらい、一日中カカシさんと一緒にいる贅沢が許されてもいい筈だ。
と思っても、まだ一度も願いは叶った事が無い。
もちろん、毎年カカシさんは今日の日を空ける様にはしてくれているが、忍鳥や使いがカカシさんを連れて行った。
渋るカカシさんを笑顔で見送るけど、寂しく無かった訳じゃない。
大きな鳥が頭の上を通ると、こっちに気やしないかと不安になった。

「イルカ先生、こっち」

カカシさんに呼ばれて服屋に入った。
ここなら鳥に見つからない。
が、改めて周りを見て緊張した。

‥なんか高そう。

俺は大抵、服を買うときは木の葉スーパーなのでちゃんとした服屋さんには入ったりしない。
カカシさんは良く来る店なのか、すぐに店員の人が来て話し始めた。
ちょっと近寄りがたい。
仕方なく一人で店の中を見て回った。
だけど服の事は俺には良く判らない。
うろうろしている内にど派手なTシャツを見つけて、物珍しさに近寄った。
刺青みたいな鯉がTシャツ一面に描かれている。

あれ…?

よく見ると、それは刺繍だった。
細い糸で細やかな配色がなされている。

‥綺麗だなぁ。

他にも竜や寅のがあって、鱗の一枚一枚や風に揺れる毛並みが表現されているのに感嘆した。

あ、これカカシさんにいいかも。

肩にいる雷神が雲の合間から雷を落している絵柄を見つけてほくそえむ。
腰のところに小さく描かれた竜を見つけて手に取った。
青い竜が天を目指して舞い上がっている。

‥カッコイイ。

他のに比べると刺繍も小さく、俺にも買えるかな?と服の下に隠れた値札を引っ張り出して、硬直した。

無理!

これ一枚で米が三袋買える。
いそいそと広げた服を畳んでいると、

「欲しいの?」

いきなり声を掛けられて飛び上がった。

「い、いえ!違います!綺麗だなぁと思って見てただけです」

はっきり否定しておかないとカカシさんが買ってしまう。
過去にも何度かそういうことがあった。
あまり高価な物は俺には勿体無いだけだった。

「カカシさんは?何かいいのありましたか?」

興味を持ち始める前に話題を変えたかったが、カカシさんの手が鯉のTシャツを広げた。

「・・・」

不思議だ。
カカシさんが持つと刺青みたいな柄がカッコ良く見える。

「うーん。今日はあんまり」

関心を無くした様にTシャツを置いたカカシさんにホッとしながら、――今の一言でカカシさんがここの常連である事を知った。

もしかして、今まで貰った服でここのもあったんだろうか?



お昼は一楽でラーメンを食べて、それからまたぶらぶらした。
映画館ではカカシさんが見たがってた『イチャパラ』シリーズの映画をやっていたけど、カカシさんは俺の手を引くと素通りしてしまった。
日が傾くと公園で休憩をした。

「イルカセンセ、アイスとコーヒーどっちがいい?」

喉が乾いていたのでコーヒーをお願いすると、戻ってきたカカシさんは俺にコーヒーカップを二つとも握らせると、「ちょっと待ってて」と姿を消した。

‥‥トイレかな?

ちぅーっとストローを吸いながら待つこと5分。
戻ってきたカカシさんの手には袋があった。

「はい、イルカセンセ。プレゼント」
「えっ?」
「さっき見てたデショ」
「あっ!」

渡された袋には引っ張り出したタグと同じロゴが書いてある。

「高かったのに・・」
「いーの。オレがあげたかったから。それにオレも気に入ったし」

ほら、と見せられた手には同じ袋が握られている。

「柄違いのお揃いだーよ」

私服で一緒に出かけることなんて滅多にないからそれがお揃いだと気付く人はいないだろう。
けど無邪気に笑うカカシさんが可愛くて嬉しい。
それに服を買ってもらったことが嬉しくて嬉しくて、袋を大事に胸に抱えた。


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