"ある場合" 2





最初に『可愛い』禁止令を出した時、カカシ先生は不服そうな顔をしていたけど俺の言うことを聞き入れてくれた。
カカシ先生の『可愛い』は口癖になっていたようだけど、その一つ一つを封じると3日もすればカカシ先生の口から『可愛い』は聞こえなくなった。
でもそれは完全に無くなった訳じゃなく、カカシ先生の意志の力で、口を開いて言いかけては止める光景をよく目にした。
過程はどうあれ良いことだ。
これで外でも安心してカカシ先生といれるとホッとしていたら、思わぬ副作用があった。
それは主に夜、ベッドの中で現れた。
あれは一週間前の夜。
ひちゃひちゃとカカシ先生に熱心に舐められた乳首がふくりと勃ち上がった。
満足そうに顔を離したカカシ先生が口を開きかけて、止めた。
何か言いたげな顔に言いたいことは判ったが、俺が何も言わずにいるとカリっと歯を立てられた。

「痛い!」

思わずカカシ先生の頭を引き剥がすと、口をへの字に曲げて俺を見た。

「‥‥‥」
「カカシ先生、約束」
「‥わかってます」

その後カカシ先生は気を取り直して続きをシたが、様子がいつもと違った。
射精しても満足しない。
一晩に何度も求められて俺はへとへとになった。
最後は気を失うように眠ったが、――そんな夜が毎晩続いている。
昨日だって一度くっついたら離れず、「もう疲れた」と言っても「お願い、お願い」と何度も埋め込み直されて揺さぶられた。
すっからかんになるまで精気を吸い取られ続けること1週間。
そろそろ体力も精神的にも限界を感じていた。
いつもの食事だけでは体力が回復せず、栄養ドリンクに頼る日々。
寝不足だって疲れが溜まる大きな要因になっていた。
本音を言うと、もうセックスしたくない。
でもそんなことを言えば、カカシ先生を傷つけそうで言い出せなかった。

「はぁー‥」
「なんだ。悩むぐらいなら許してやったらいいじゃねぇか」
「駄目ですよ!せっかく言わなくなったのに‥。俺、もうそのことでカカシ先生とケンカしたくないです」
「家の中だけでも許してやれよ。カカシもバカじゃねぇ。一度言わなくなったなら、外で言わねぇようにコントロールするだろうよ」
「‥そうでしょうか。でも今更カカシ先生に何て言ったら‥」

う〜んと思案していると頭が重くなった。
アス兄が頭に手を置いてぐりぐりと撫ぜている。

「アスにい?」

つい昔の呼び方で名を呼ぶと、アス兄がにかっと笑顔を浮かべた。

「でもなんって言うか、お前にも心を許せるヤツが出来て安心した」
「な、何言って‥」
「カカシを怒鳴ったって言うのはそういうこったろ?お前ぇは昔からなかなか他人には心の内を見せなかったからな。ま、相手がカカシってのが兄としては不満だが、イルカが好きになっちまったもんは仕方ねぇしな」
「ア、アスにい!」

ストレートな物言いにかあっと顔に熱が集まってくる。
照れ臭くなってドンとアス兄の胸を叩いた瞬間、目の前で火花が散った。
アス兄が手にしたクナイで飛んできた手裏剣を弾く。

「チッ!めんどくせぇなぁ」
「‥どういうつもり?」
「カカシ先生!」

突然現れたカカシ先生の姿に一瞬心が浮き足立ったが、いつもと違う様子に口を閉ざした。
なんだか凄く怒ってる感じがする。
今俺達に飛んできた手裏剣はカカシ先生が投げたんだろうか?

「あっぶねぇな、イルカに当たったらどうするんだ」
「当たらないよ。それよりなんでこんなところに二人でいるの?随分楽しそうだったけど」
「それはちょっと‥」

まさかカカシ先生の相談をしていたとは言いにくい。
口篭っているとアス兄が誤魔化してくれた。

「昔話してただけじゃねぇか。子供の頃のイルカは可愛かったなぁってな。なんせ、オレはイルカがこーんな小さかった時から知ってるからな」
「そうそう‥」

‥って、何故かさっきよりカカシ先生の雰囲気が剣呑になった気がする。

「よく迷子になったりもしてな。べそ掻いてるとこ見つけて負ぶさって帰ったっけな。背中でめそめそしてるのが可愛くってな、途中で駄菓子屋によって飴なんか買ってやると、途端に嬉しそうな顔して‥」
「ふふふっ、ありましたね。そんなことも――」

懐かしさに思い出し笑いしていると、アス兄が瞬身で消えた。
さっきまで立っていたところにクナイが刺さっている。

『まあ、後は上手くやれや』
「アスにい!?」

耳元で声がしたが、その気配はどこにも無くて辺りを見渡した。
ちっと舌打ちする音が届いて視線を向けた。

「カカシ先生!危ないじゃないですか!!」

さっきの手裏剣と言い、クナイと言い、仲間に向けるもんじゃない。
カッとして怒鳴りつけると、カカシ先生がきつく眉を顰めた。
見様によっては不貞腐れているようにも見える表情だが、

「‥‥‥ゴメンなさい」

やがて聞こえてきた小さな声に嘆息した。
実際誰も怪我しなかったし、上忍同士のことだから、あれぐらいは遣り慣れてるのかもしれない。
でも――。

「もうこんなことしないでくださいね。ここは子供たちの遊び場でもあるんですよ?」

地面に刺さったクナイを抜いてカカシ先生の手の中に返した。
予鈴が鳴り響いて、気持ちが午後の授業へと傾いた。
あと5分もすれば授業が始まるから職員室へ戻らないとけない。

「アスマさんとは偶然ここであっただけです。ちょっと話をしていただけで、なにも疚しいことはありません」

諭すように言うと、カカシ先生は横を向いたままこくんと顎を引いた。
視線を合わせない姿は、怒られた犬が地面から顔を上げようとしないのに似ている。
気まずい空気のまま別れるのは抵抗があったが、帰ってから話そうと踵を返した。


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