"ある場合" 3
授業が終ると急いで家に帰った。
カカシ先生の帰りがいつになるか分からないけど、ご飯を作って待っていようと思ったのだ。
途中スーパーに寄って茄子を買う。
カカシ先生の好きな茄子の味噌汁を作るつもりでいた。
ところが家に帰り着くと、カカシ先生が先に帰って夕飯の支度をしてくれていた。「今日はゴメンネ」
出迎えられた玄関で先に謝られて、俺も慌てて謝った。
謝らないといけないような疚しいことは何もないのだが、怒鳴ったりして傷付けたと思ったので謝罪を口にすると、カカシ先生は「もういいよ」と笑った。「それよりお腹空いてるデショ?ご飯にしよ」
手を引かれて卓袱台に向かう。
出鼻を挫かれた気分だった。
帰ったら、絶対今日のことを問い詰められると思ったのに。
そうなったらちゃんと説明して、アスマさんとはなんでもなかったことを分かって貰おうと思っていた。カカシ先生は本当に気にしてないのだろうか?
裏庭では納得してない顔をしていたのに‥。向き合った食事の席でカカシ先生の本心を探ろうと顔色を伺う。
「美味しくない?」
「いえっ!」
「お味噌汁、イルカ先生の好物の大根にしたよ」
「あ、ホントだ。美味しいです」
「そう、良かった」にっこり笑うカカシ先生はいつも通りにも見えた。
もう終わりにしていいのだろうか‥?
俺の好物を用意してくれたのは、きっと俺と同じ気持ちで、気まずい雰囲気を払拭したかったからだろう。
喧嘩したり、気まずくなったりするのは、必ずしも片方が悪い時ばかりじゃない。
ちょっとした気持ちの擦れ違いでそうなることもある。
今回のことだって、カカシ先生がちょっと勘違いしただけで、長く怒るほどのことじゃなかった。‥それほど気にすることじゃなかったのかも。
そう結論付けて、昼間の一件を終わりにした。
先に風呂を済ませると、後から入ったカカシ先生を待たずにベッドに入った。
疲れ切っていたし、あわよくば先に寝てしまって今夜の性交を回避しようという腹積もりもあった。
使い慣れた枕に頭を埋めると瞬く間に眠気が押し寄せる。
カカシ先生が布団に入ってきたのは、片足が眠りに浸かっている時だった。
背中でベッドが沈み、体に腕が回る。
ぐっと背中に圧し掛かる体重を、半分眠ったまま遣り過ごした。「イルカせんせ‥」
ちゅっ、ちゅっと首筋が音を立てる。
体を弄られても反応が無ければそのうち諦めるだろうと、じっとしているとパジャマのズボンの中に手が入り込んだ。
直に触れてくる指が性器を掴んで扱き始める。「カカシセンセ、今日は寝かせてください。疲れてるんです‥」
カカシ先生から逃げるように体を捻り、手を押し退ける。
「お願いイルカ先生、今日は拒まないで」
そんなこと言って、いつも迫ってくるくせに。
離れていかない手に苛立って、「痛い」と声を荒げた。
「カカシ先生、痛いです!そんなに毎日毎日擦られたら皮が捲れますっ」
眠たさも手伝って不機嫌さ全開だ。
するとしつこくソコを摩っていた手が離れて、ホッとしたのも束の間、ぬるりと温かいものに覆われた。「ふぁっ」
何だと下を見れば、股間にカカシ先生の頭がある。
いつの間にかパジャマを下ろされて、股間が剥き出しになっていた。「あっ、やだ‥っ」
滑る舌に嬲られて、ふわーっと腰が熱くなる。
眠っていた性感を起こされて、カカシ先生の口の中で形を作った。
こうなってしまっては流されるしかない。「あ、もっ、イヤだって言ったのに‥!」
「ウン。ゴメンネ、イルカセンセイ‥‥」ぴちゃぴちゃと足の間から水音が立つ。
一旦口から出した性器をカカシ先生は余すところ無く舌を這わせた。
裏筋をべーっと舐め上げたかと思えば、先端をぺろぺろと舐める。
尖らせた舌先で敏感な鈴口に円を描かれると、出口を求めて突き上げる快楽に腰が跳ねた。「アッ!‥やぁっ‥」
解放を求めて腰が揺れる。
さっきまでセックスを拒んでいたことを忘れて、カカシ先生に強請った。「カカシセンセ、も‥、イキた‥‥」
「ウン。でもまだ我慢出来るデショ?」そう言ったカカシ先生の手が奥を探った。
先走りやカカシ先生の唾液で濡れたソコを指で撫ぜる。
ぬるぬると窄まりを撫ぜていた指がつぷっと中に入って来た時、何故か物足りなさを感じた。
ソコがもっと太くて大きなものを飲み込めるのを知っていたから。
連日の性交に慣れた体は貪欲で、体の中を動く一本の指の儚さに焦燥を感じた。
そんなことを思う自分に恥じ入るが、与えられる快楽を前に羞恥は邪魔でしかない。
かと言って早く欲しいと自分から言い出すほどの度胸は無くて、カカシ先生の遣り様に任せるしかなかった。
ただ早く時間が過ぎてカカシ先生が自分を満たしてくれるのを熱望する。
指が二本に増えた時、歓喜ともどかしさに悶えた。「あ‥、あ‥、カカシせんせぃ、カカシせんせぃ‥」
甘ったるい声が喉から零れる。
ぐぅっと体の奥で折り曲げられた指があそこに触れた時は、溢れ出た甘美感に目の前が滲んだ。
天を目指して先走りを零す屹立をカカシ先生が口に含む。
頭を上下されると脳が蒸発して溶けた。「あぁっ!‥はぁっ、やぁっ‥」
‥もう挿れて欲しい。
全身がカカシ先生を求める。
カカシ先生に手を伸ばすと、想いが通じたのか後孔から指を引き抜いたカカシ先生が俺の足を開いた。
胸に付くぐらい両足を押され、後口にひたりと熱を当てられる。
カカシ先生によって解され柔らかくなったそこは難なくカカシ先生を飲み込んでいった。
後孔を広げる熱から与えられるあまりの充足感に声を抑えられない。
すべてを収めるとカカシ先生がゆっくり動き出した。
馴染ませるように腰を前後させる。
たったそれだけの動きに俺の中は歓喜してカカシ先生を締め付けた。「イルカセンセ、緩めてくれる?」
顔を覗き込まれても、俺にはどうすることも出来なかった。
体がカカシ先生を求めて離さない。「あっ‥」
どうにも出来ずにいるとカカシ先生の手が前を扱いた。
腰を揺らしながら前を刺激されて快楽の坩堝に堕とされる。「ああっ‥、あっ!あっ、‥っ、んあっ‥」
カカシ先生が動くたびに甘い快楽が波のように広がった。
先走りが零れて腹の上がぐちゃぐちゃになる。「カカシセンセ、も…」
はちきれそうな前に解放を強請った。
だけどカカシ先生の動きは変わらない。「カカシせんせぇ…」
耐えかねて、性器を握るカカシ先生の手に手を伸ばすとぎゅっと先端を掴まれた。
「あっ!?」
「まだガマンして」
「やだ‥!もうやだ‥っ」カカシ先生の手を外そうともがくと、両手を一纏めにして頭の上に押さえつけられた。
そうしながらカカシ先生は容赦なく腰を突き上げてくる。
吃驚してカカシ先生を見ると、俺の視線を避けるように胸に顔を伏せて、ぬめった舌で乳首を舐めた。
ちゅぅっと吸い上げては舌先で転がし、軽く歯を立てて引っ張る。「アアッ!あぅっ‥あぁっ‥」
胸への刺激が下肢に向かい、塞き止められた苦しさに大きく仰け反った。
性器を掴む指先が先端で弧を描く。
行き場の無い欲望が何度も競り上がって渦を巻いた。
解放されることのない生理的欲求に極度の苦痛を強いられる。
もう耐えられないと首を横に振ったけど、カカシ先生は許してくれなかった。
苦しみや痛み、理不尽さに対する苛立ちやもどかしさが胸の中を掻き乱す。「あっ、あっ‥、やだっ!ヒド‥」
「どうして?オレもガマンしてるんだから、イルカ先生もガマンしてよ」カカシ先生の冷静な声に、はっと目を開いた。
言われたことがぐるぐると頭の中で回る。
――オレもガマンしてるんだから
‥‥‥俺ってなんて馬鹿。ぎゅっと目を閉じてカカシ先生の嵐を受け止める覚悟をした。
突き上げる苦しさに歯を食いしばる。
もうカカシ先生に「酷い」とは言えなかった。「‥ひっ‥ふ‥っく‥ぅっ‥」
激しく揺さぶられながら、目を開けてカカシ先生を見上げる。
苦痛に耐えるように眉を顰めたカカシ先生の表情には、俺に可愛いと言ってくれた時の様な甘さは何処にも無かった。
胸が苦しい。‥ごめんなさい、カカシ先生。ごめんなさい。
ごめんなさい、カカシせんせぇ、カカシせんせぇ‥。「ふ‥ふぇっ‥」
胸がひしゃげて、ぼろっと涙を零れた。
カカシ先生がぎょっとした顔をする。
慌てて枕で顔を隠すが、その下でみっともなく顔が歪んだ。
胸が痛くてたまらない。
なにより痛かったのはこんな気持ちをカカシ先生にさせてたということだった。
散々張り詰めていた性器がへにょっとしょげて、カカシ先生の手の中で力を無くした。
同時にカカシ先生も萎んで、ぬるんと抜け出た。「イルカセンセ‥ゴメン。ゴメンなさい‥」
酷くうろたえた声が聞こえて首を横に振った。
カカシ先生は悪くない。「オレ‥こんなことしてどうしよう‥、イルカ先生、本当にゴメンなさい‥。オレ‥、調子に乗ってヒドイ事を‥」
カカシ先生の苦渋に満ちた声が胸に刺さる。
調子に乗ってたのは俺の方だ。
カカシ先生がどれほど俺のことを好きでいてくれるのか知っていて、俺はそれに甘えていた。
そしてカカシ先生を酷く傷付けた。早く謝らなければ‥。
「カ‥カジ、じぇんじぇ、ご‥んな、じゃい‥」
枕と涙と鼻水のせいで言葉にならなかった。
だけど何故かカカシ先生にはちゃんと伝わって、くいっと枕を引っ張られた。
慌てて枕を抱え直すと顔に押し付ける。
汚い顔を見られたくなかった。「どうしてイルカ先生が謝るの?イルカ先生はどこも悪くないでしょ。‥オレのこと怖くなった?それでそんな風に言うの?」
哀しい声に違う違うと首を振る。
「‥イルカセンセ、オレのことキライじゃなかったら顔を見せて」
あ、またやった。
ぱっと枕から手を離すとカカシ先生の胸に逃げた。
裸の肌に顔をぎゅっと押し付けると、その温かさに一度は収まりかけた涙が溢れ出る。「カカシ、せんせい‥、ごめんなさい」
堪えきれず「ひぃぃぃ」と泣き出すと、カカシ先生が背中を抱きしめてくれた。
「ゴメンネ、イルカ先生。オレ、アスマにやきもちを焼いて‥」ようやく泣き止んだ俺の髪を梳きながらカカシ先生が言った。
滑らかな指の動きが気持ち良くて夢見心地になる。「イルカ先生がなんでもないって言ったから、それで納得しようとしたんだけど、アスマがイルカ先生のこと可愛いって言ってたの思い出したら悔しくて‥。オレにはダメって言ったのに、どうしてアスマだけって‥、悔しくて苦しくて不安で‥、ガマンしなきゃって思うのに、やっぱり悔しくなって、悔しくて悔しくて‥」
髪を梳いていた手が背中に回って、ぎゅうっと息も出来ないほど強く抱きしめられた。
カカシ先生の不安が腕を通して伝わってくるようだった。
カカシ先生の背中に腕を回して胸に頬を擦り寄る。
そうするとカカシ先生の腕が少しだけ緩まって、呼吸が楽になった。「カカシ先生‥、俺、カカシ先生に可愛いって言われるの、すごく嬉しいんです。こんな俺でも、カカシ先生が好きに思えるところがあるのかなって思えて‥。でも本当は可愛いって言われるほど可愛くないの知ってるから、外で‥他の人の前で言われるのが恥ずかしかったんです。アスマさんはお兄ちゃんみたいなもんだから、可愛いって言われても気にならないけど、カカシ先生は恋人だから余計に恥ずかしくて、それで‥」
「そうだったんだ‥」ホッとしたような呟きにこくんと頷く。
「‥カカシ先生。駄目って言いましたけど、もし‥、その、言いたくなったら言ってもいいですよ。俺、他の人の目を気にするの止めにします。カカシ先生の方が大事だから‥」
「うん、ありがとう。アリガト、イルカセンセ‥」そっと聞こえてきた声に目を閉じた。
抱きかかえられた腕の中で緩やかな眠気が襲ってくる。
その夜はもう何もしなかったけど、ただ抱き合ってるだけで満たされて幸福だった。
その後、カカシ先生が俺のことを可愛いと言うことは無かった。
俺がすごく嫌がってるところを見たから、もう二度と言わないと言った。
「オレもイルカ先生が大事だから」と。
だけど時々蕩けそうな顔で俺のことを見ている時がある。
そんな時はカカシ先生が何を思っているか口に出さなくても分かった。ただ、ある場合だけ例外があった。
それは夜、布団の中にいる時だけはカカシ先生の唇から「可愛い」と零れ出た。
だけどそれは白熱している時の無意識だし、なにより俺がそれを塞げる状態じゃなかったから、その時だけは例外になった。
← end