ソワソワ 5





同僚の結婚の知らせに、わっと場が盛り上がった。
「今日は飲むぞー」と掛け声が上がったのを皮切りに次々と酒が注文され、ものの数分の内に徳利がテーブルの上に所狭しと並んだ。
少々むちゃな飲み方のような気もするが、同僚の幸せそうな顔を肴に飲む酒の旨いことと言ったらなかった。

(なんていい日だろう)

目の前の同僚が感極まって泣き出すのにもらい泣きしそうになっていると、「なぁ、イルカ・・」と、横から袖を引かれた。

「なんだ?」
「おれさぁ・・彼女とは同棲とかしてなかったじゃん。どうしたら上手く暮らしていけるかな・・?よく聞くじゃん、一緒に暮らし始めると駄目になる夫婦って・・」
「え?ええっ!?なんでそんなこと俺に聞くんだよっ?」
「だって、イルカ、はたけ上忍と同棲してるじゃん。」
「ど、同棲?ちがっ・・あれは向こうが勝手に転がり込んできて・・」
「そんなこと言って・・、一緒に住んでんだろ?上手くいく秘訣とか教えてくれよ!」
「ええ・・・そんなの特に・・・・」

思い当たらなくて応えあぐねていると、同僚が縋るように見つめてくる。

「頼むよぉ。イルカぁ」

頼まれると弱い。
酔った頭でうんうん考えて捻り出す。

「お、俺は特になんにもしてないんだけど・・・カカ・・、はたけ上忍がすごいかも・・」

うんうんと頷かれて、かぁっと頭に血が上る。
真剣な眼差しに先を促されて口を開いた。

「優しいし・・、結構マメなんだ。お土産よく買ってきてくれるし・・。ラフランスだろ、子供の拳ぐらいあるイチゴだとか、ちょっと噛んだら口の中で溶けるようなお肉だとか」
「それって、あまおうに木の葉牛?」

名前はよく分からないので首を傾げた。

「あ!この前は殻付きのカキを食べさせてくれた」
「木の葉の里で生牡蠣?」
「うん。俺、カキって生臭くて嫌いなんだけど、それはぜんぜんそんなことなくて、すっごい上手かった。殻付ってどうして食べていいのか分からなかったんだけど、カカ・・はたけ上忍が『こうして食べるんですよ』ってレモン掛けて、ちゅるって・・・」

思い出すとカーッと顔に血が集まった。
なんにも分からなくて言われるまま口を開けたら、なんかすっごくやらしく食べさせられて、その後とんでもなく恥かしい事になった。
言うに憚れることを思い出して心臓がバクバクする。
そしたら飲みすぎてたのか目の前がくらくらした。

「と、とにかく・・!お土産って嬉しいよ!それって離れてる時でも俺のこと考えてくれてるってことだろ?」

心の中ににっこり笑うカカシさんが想い浮かんで胸を温かくする。

「ああ・・。でも、おれそんな甲斐性ないよ・・」
「違うよ!要は気持ちだよ!なんていうか・・きっとお互いがお互いの事想い合ってたら上手くいくんだよ。うん」

自信をもって大きく頷いて締めたら、しーんと場が静まった。

「な・・なんだ?ヘンな事言ったか・・?」
「イルカのそんな顔初めて見た・・」
「え・・?」
「幸せそーな顔しやがって、コノーっ!」
「つまりイルカとはたけ上忍は想い合ってると――」
「ち、ち、ち、ちがっ!そんなこと言ってないっ」
「言ったー!!」

口々に囃し立てられ、羞恥に上った血に頭が破裂しそうになる。
慌てて席を立つと、「トイレ!」と一言告げて逃げた。
耳が燃えるように熱かった。

逃げ込んだ先で実際用を足して、暫くぼうっと酔いを冷ました。
言ったことを思い返すと恥かしくってたまらないが、でも何故か幸せだ。
そろそろいいかとトイレを出ると、一歩踏み出すたびにふわふわと体が浮くような感覚に包まれる。
とても心地の良い酔いだった。
ふらふらと個室の前の廊下を通り抜けテーブルの戻ろうとしたところで、耳がカカシさんの名前を拾った。
えっ!と来た道を戻り、障子越しに部屋の中を伺う。

「おら起きろ、カカシ!こんなところで寝るな」

(あ!やっぱりカカシさんがいる!カカシさんもここで飲んでたんだ!)

嬉しさがわっと込み上げる。
声からすると相手はアスマさん。
どうやらカカシさんが酔って寝てしまったらしい。

(だったら俺が連れて帰りたいな・・・、っていうか俺しかいない!)

襖を開けて中の様子を伺いたいが相手が上忍の部屋ともなるとそうもいかない。
それでも、俺が俺がと部屋の前をうろうろしていると、「あぁ?」と怪訝な声がして襖が開いた。

「なんだ、イルカか」
「こんばんは、アスマさん!あの・・カカシさんが・・」

言いながらアスマさんの巨体の隙間からソワソワと中を伺う。
そこでとんでもないものを見た。
酔いがさっと冷めて、目が据わる。

(なにやってんだ、あの人)

「ちょうどいいところに来た。カカシのやつが酔って寝ちまったから――」
「そうですか。それは大変ですね」
「あぁ、連れて帰ってやってくれ」
「どうして、私が?」
「どうしてって・・、オイ、カカシだぞ?」

わざわざ体を避けて中を見せてくれるのに、凝視した。
顎の下に布団を挟み込んで気持ちよさそうに眠るカカシさんを。

「そうですね。カカシさんですね。だけど他所様のコタツで寝入るような人はうちのカカシさんじゃありません。どっか他所のカカシさんです。そんな人、俺は知りません!」
「オ、オイ!何言って――うわっちっ」

言うだけ言ってバシッと障子を閉めるとテーブルへと走った。

「ゴメン、帰る。また今度ゆっくりな・・」
「おい、どうした?イルカ?」
「うん・・ごめ・・っ」

突然の俺の剣幕に同僚が驚いているが唇の端が震えて上手く説明できない。
話すことが出来なくなって財布から札を取り出すとテーブルに置いて店を出た。


悔しい。

家に帰ったらコタツを捨ててやる!



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