ソワソワ 2





いつの間にか眠ってた。

――いや。

そういえば、少しだけ、と眠る前に思ったような気もする。
どちらにしても寝ていたのは頭を置いた腕の痺れ具合から、小一時間くらい。

イッた後というのは、どうしてあれほど眠気くなるのか。
疲れてるからじゃない。
もちろん倦怠感もあるけど、欲を開放した後の満足感に加えて火照ってとろんとしたイルカ先生を見ていると、言いようの無い充実感に満たされてどうにも眠たくなる。きっと――、

幸せ過ぎると眠たくなるのかな…。

とりとめもないことを考えながら、動かせない右手はそのままに左手だけを伸ばした。
頭上にある窓を開ければ、篭った空気と入れ替えに驚くほど冷たい風が入ってくる。
冬が近い。
僅かな隙間を残して窓を閉めるとイルカ先生の肩まで布団を引き上げた。

澄んだ空に月は無く、肩先に流れる髪は汗に濡れて漆黒の光を放つ。その髪の間から覗く鼻先や鼻梁を跨る傷跡、伏せた睫の意外な長さ、薄く開いた唇とそこから漏れる寝息。腕にかかる頭の重さ。
ふいに、胸の中に温かなものが溢れ出す。

――この感情を。

滾滾と胸の奥底から湧き上がり、向き合えば涙が出そうになるこの感情を、なんと言葉に表していいのか分からない。
心を温かく満たすこの感情は、優しさや慈しみとなりすべてイルカ先生へと流れて行く。

 愛おしい。

 イルカ先生の存在、全てが。

「ぅ・・ん・・・」

目覚める気配に息を寝息に変えた。イルカ先生が寝顔を見られるのを嫌うから。
でも薄目を開けて様子を伺う。
ぴくぴくと睫が震え、瞼が開く。潤んで大きな黒い瞳が見えて、すぐに隠れた。それからまた開いて、ゆらゆら彷徨って、ぼーっと遠くを見ていた。
布団の中で足が動く。
ん?と眉間に皺が寄って、ゆっくりと頬に朱が走るのを薄闇の中で捉えた。

覚醒して、寝ぼけて、状況を理解して、羞恥を感じたといったところか。

分かりやすく感情を表す表情を流れ落ちた髪が隠した。
腕に頭を預けたまま俯いて目を閉じる。
そのままじっと動かない。

寝ちゃうのかな・・・?

だったらその前にお風呂に入らないといけない。
このまま眠ってしまえば、次に目覚めるのはきっと朝だろう。
それではイルカ先生の体に更なる負担を掛けてしまう。

(イルカセンセ――)

声をかけようとして、彼の口元に目がいった。
喜びを堪えるように、きゅっと口角の上がった唇。
息を潜めるようにしておでこを腕に擦り付けてくる。

(うわ〜、なんて可愛い。早く抱きしめたいよ。)

我慢できなくなって、寝たフリを止める。

「…う・・んー・・」

さも今起きたように体を丸め、イルカ先生も巻き込んで、抱き枕を抱えるみたいに足も絡めて抱きしめた。
腕の中からくぐもった抗議の声が聞こえる。

「かか・・・、痛い・・」
「あ、ごめん、・・・起こしちゃったね」
「いえ・・・はい・・・」

もごもご言ってるのが可笑しかったが、気づかぬフリで、そのまま腕の中に引き込んだ。
胸元に柔い息が当たる。楽園を思わせる暖かさにまどろみそうになる。

「イルカセンセ、お風呂はいろーよ」

このひとときを失くすのは惜しかったが、再びとろとろしてしまう前に誘う。
ね?と髪に口吻けると、イルカ先生がもじもじと体を揺らす。

「・・・嫌です。寒いからカカシさん先に行っておふろ温めてください」

言って、イルカ先生の目が不安そうに泳いだ。言ったことを後悔するように。
言葉とは裏腹に背中に回った腕は離れない。

(うわぁ、こんな不器用な生き物みたことない。)

――行きたくない、と。
それはストレートに言われるより、その不器用さに庇護欲を掻き立てられる。
付き合い始めの頃はこのそっけなさに騙されちょっと寂しい思いもしたが、今では素直に表現するのが恥かしいだけだと知っている。
だから、イルカ先生に合わせて意地悪言ってみる。

「オレだって寒いのイヤです。イルカ先生が行ってよ」
「嫌です・・いかない・・・・。カカシさんが行って…」

むぎゅむぎゅ捏ねるように抱きしめても案の定イルカ先生は文句を言わない。
腕の中でゆるゆると瞬きを繰り返す。

「もう、そんなこと言ってるとまたしちゃうよ」
「えっ、そんなのムリです。俺もう出来ません」

はっと目を開いて唇を尖らせる。
それでいて、まだ腕の中から逃げて行かない。
絡まった手足から互いの熱が伝わる。
あまりに温かくて、ずっとこうしていたくなる。


(そういえば・・。イルカ先生に、言いたいことあったなぁ・・・。)

不意に思い出しだけれど、体温を分け合うこんな夜。
手放すのが惜しくて、もうすこし寒くなってからでもいいかと思った。



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