輪っか 17





宴が始まると銚子を持った人が集まって、祝いの盃を受けた。
おめでとうと繰り返される言葉がくすぐったく、返盃を重ねているうちにすっかり酔ってしまった。
だけどその酔いはふわふわと心地よく、幸せが身を包む。
用意された席はすぐに崩れて、皆気の合った者同士固まって飲んでいた。
宴会芸も始まって、賑やかさでは他の部屋に負けていないぐらいの騒ぎになっていた。
カカシさんはさっき呼ばれて上忍達の輪に入っていた。
ちらちらと時折俺に視線を向け、目が合うとふわりと笑う。

「イルカ、こっち来いよ」

同僚に呼ばれて席を立った。
同僚達の作る輪の中に入って座った途端、ほっと気が緩んで胸が熱くなった。

「今日はありがとな!!」

くぅぅと泣き出しそうになっていると同僚が肩を叩いた。

「なに言ってんだよ、水臭い。喜んで貰えたならそれでいいんだよ。な?」

顔を上げると、そうだよ、そうだよと同僚たちが頷く。
その目が赤くなっているのを見て胸が一杯になった。

「俺、今日のこと忘れない!俺、お前らの為なら――」
「馬鹿。そういうことは口にしなくていいんだよ」

照れくさそうに頭を小突かれて頷いた。

でも俺の手が必要な時は駆けつける。
この身に変えても助けるだろう。

同じ想いが同僚達の瞳に宿るのを見た。
俺はいい仲間に恵まれた。

「・・な、いつから計画してたんだ?」
「あ?結構前からだよ。お祝いしようってい言ってすぐかな」
「そうそう。元々はお祝い会を結婚式にしてイルカをびっくりさせようって話してて、はたけ上忍に相談に行ったら了承してくれて」
「えっ、カカシさん知ってたのか!?」
「そうだよ。でないと騙しきれるわけないじゃないか。・・お前だけならともかく」
「なっ、なんだよっ」

笑って頷く同僚たちに剥れて見せたものの、まんまと彼らの思惑通りに事が運んでいるので口を閉ざした。

それにしてもカカシさんまで黙ってるなんて。

それで朝あんなにそわそわしていたのかと納得して続きを促した。

「それで?五代目は・・、木の葉に同姓婚は無いって言ってたじゃないか」
「うん。でも考えてみたらそれってヘンだよな。公にはしないけど、割と同性で付き合ってるのって多いし・・。そりゃあ、里の外でって始まりが多いけど・・、外で暗黙の了解になってることが、里ではダメってのもな・・」
「それで火影様に話に行ったら、案外あっさりオーケー出て。反対してもデキちまうもんはしょうがない。なら認めてやった方がいいだろうって」
「あんなサバけた人だとは思わなかったよ」

うんうん頷く同僚たちに混じって頷きながら思った。
きっと深く考えてないに違いない。
カカシさんほどの人のことなのに。
後から上層部が何か言って来なければいいけれど。

「あ、でも立会いを頼んだのははたけ上忍なんだぜ」
「えっ」
「そう!イルカ先生と誰からも認められる結婚をしたいからって」
「カッコ良かったぜ、その時のはたけ上忍」
「イルカ、大事にされてて良かったな!」

ぽんぽんと頭を撫ぜられて呆然とした。
知らなかった。
カカシさんが裏でそんな風に動いてたなんて。
俺に何も言わず。
一人で。

「でもイルカから遅れるって連絡あったとき焦ったよな」
「ああ。計画の内だったけど、はたけ上忍が凄く怖い感じになって――」
「え?それって――ぐえっ」

その様子を詳しく聞きたかったのに、どかっと背に圧し掛かられて息を止めた。

「イルカ!おめでとう!」

圧し掛かられたまま体勢を立て直すと、こぷこぷと盃に酒が注がれる。
きゅっと飲み干し、返盃するとソイツは得意げに笑った。

「上手かっただろ。俺の演技。五代目が遅れるって言うからさ。あのままイルカが店に行ってたら式を用意してるのがバレるからさ、俺が戻ってイルカを引き止めたんだぜ」
「あっ、お前、会議があるってウソだったのか!?」
「そうだよ」

悪びれずに笑う同僚に眉が下がった。
俺はどこまで同僚たちに言いように動かされていたのだろう。
でも俺を想ってしてくれたことだと思うと恨む気持ちにはなれなかった。

「・・ありがとな。お前まで・・」
「いいって。大体イルカがいいヤツじゃなかったらここまで上手くいかなかったからな」
「?」
「時間が来たって、俺のこと放り出して行ってたら、火影様より先に店に着いて先生たちの計画は上手くいかなかった」

感謝しますと同僚たちの手が伸びて、背中の同僚と握手した。

「先生班に式を仕切られちゃったけど、受付班もなにかしたかったっから!仕事で来れなかったけど、皆おめでとうって言ってたぜ」
「うん、ありがとう、ありがとう・・」
「バカ、そんな顔でこっちを見るな。はたけ上忍が睨んでるじゃねぇか」

ぺちっと額宛の上からおでこを叩くとソイツは退散と別の輪の中に入っていった。
カカシさんの方を見ると睨んでなくて心配そうにこっちを見ている。
たぶん酔い過ぎてないか心配しているのだろう。
大丈夫と笑い返すと目の前が翳る。

「ちょっと、あんた達!新郎を独り占めして良いって思ってるの?」

華やかなくのいち達に囲まれて、同僚たちが色めき立った。

「思ってません!ささっ、どうぞこちらへ」

座布団が差し出され、くのいち達が腰を下ろす。

「さあ、イルカちゃん。私たちにも注いでちょうだいな」
「は、はいっ」

とぎまぎしながら突き出された盃に酒を満たした。
初めて会う人たちだった。
カカシさんの知り合いなんだろう。
いい香りが鼻腔を擽り、大きく開いた胸元から柔らかそうな胸が見え隠れして目のやり場に困った。
おろおろしていると、顔を掴まれた。

「可愛い!もっとよく顔を見せて。ふぅーん、これがカカシの好きになった子なのね」
「ああっ、ズルイ!私にも触らせて。ふふっ、真っ赤になって可愛いーっ」
「あのっ、あの・・っ」
「うふふ、見て、カカシが睨んでるわよ。おーコワっ」

さして恐れるでもなくそう言って肩を竦めた。

「あのカカシにあんな顔させるなんて・・。そういえばさっきのも見物だったわね」
「そうそう、おろおろしちゃって!今にも泣き出しそうな顔をするカカシなんて初めて見たわ」
「えっ、いつですか?それって」
「アナタが遅れて来た時よ」
「そう!そうなんっすよね。火影様が遅れるからだって説明しても聞いてもらえなくて」
「イルカはこっちに向かってるって言っても迎えに行くって出て行こうとするし」
「逃げられたと思ったんじゃない?」
「きっとそうね。でも、式が終った後のカカシの顔見た!?」
「見た!!」
「あんな風に笑えるなんて・・。初めて知ったわ」
「そうね。よっぽど好きなのね。この子のことが」

そうっと頬を撫ぜられて、くのいちの優しいまなざしを見つめ返すといきなり腕を引かれた。

「うわっ」

引き摺るように立ち上がらされて、見ればカカシさんが腕を掴んでいた。

「この人に気安く触るんじゃなーいよ」
「あらカカシ、焼き餅?」

くのいち達の瞳がいたずらに怪しく光った。

「イルカちゃん、いいこと教えてあげようか。カカシはねぇ――」
「あっち行くよ」

ずるずる引っ張られる俺をおかしそうに見ながらくのいちは言った。

「イルカちゃん、カカシはもてるけど、心配しなくてもいいわよ。これからは私たちがカカシに悪い虫がつかないように見張っててあげるから」
「イルカセンセ、聞かなくていいよ」

カカシさんが俺の両耳を塞ぐと、きゃーっと悲鳴が上がった。

「イチャイチャしちゃって!妬けるわねぇ。・・あら、そういえばキスは?披露宴恒例のキスをまだ見てないわよ?」

言われたことにぎょっとしながらくのいちを見返した。
趣味が悪い。
誰が男同士のキスを見たがるものか。
だけど酔いの回った忍び達は違った。
キスの声を聞きつけ、面白がった数人が「キスしろー」っと囃子立てる。
それは広間全体に広がって、いつしか合唱のように声を揃えて要求された。

「キッス!キッス!」

信じられない。
こんな大勢の前でカカシさんとキスするなんて。

「はやくしろーっ」
「そうだ、そうだ!」

急き立てられて窮地に立たされた心地になった。
真っ赤になって硬直しているとカカシさんが溜息を吐いた。

「仕方ないな」

その一言にしんと会場が静まって、俺はぶんぶん首を横に振った。
もちろん『しない』という意思表示だ。
だけどカカシさんは俺の首の後ろを掴むと顔を寄せた。

「カカシさん、酔って・・ぅんっ」

空いている手が口布を下ろし、唇が重なる。
顎を引こうとすると強引に上を向かされ、背中に回った手が腰を引き寄せた。
舌がくちゅりと口の中を掻き回して唇が離れる。
さっと口布が戻され、何事も無かった顔でカカシさんが手を離した。
体から力が抜けて、くたりと畳みの上に座り込む。
酔いが回ったように目の前がくらくらした。
うぉーっと野太い歓声が上がる。

「いいぞーっ」
「おいっ、カカシの顔見たか!?」
「いや、手が邪魔で見えなかった」
「オレはイルカの髪が邪魔で――」
「ちょっ・・、俺、トイレ――」
「ガハハハッ、若いな」

一頻り冷やかし終えると騒ぎは喧騒に紛れ、皆元の様に飲み始めた。

「イルカセンセ、酔っちゃった?」

カカシさんが俺の体を引き起こす。

「休憩しよっか」

そっと部屋の外に連れ出されて、支えられながら冷たい廊下を歩いた。



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