輪っか 15
コタツの上で鍋がぐつぐつと音を立てた。
湯気で風呂上りでほっこりしたカカシさんが見え隠れする。
はっきりと顔の見えない状況がありがたかった。
夕方から廊下で盛ってしまったのが照れくさい。
いつもなら寝てしまえばお終いなのに、今日はこれからご飯を食べないといけなくて、正面切ってカカシさんを見ることが出来なかった。
「カ・・カシさん、何か装いましょうか?」
「うん」
それでもカカシさんに接していたくて声を掛ける。
受け取った小皿に豆腐や野菜、それからカニを入れると、カカシさんへと手を伸ばした。
「はい、どう・・あちっ」
渡す時、腕が鍋の淵に触れて小さな痛みが走った。
「イルカ先生、大丈夫!?」
大げさなほどカカシさんが驚いて隣にやって来た。
「なんでもないです。平気です」
実際触れたのは一瞬で、今はもう何とも無かった。
「やけどになってない?痛くない?」
それでもカカシさんはふぅっと冷たい息を吹きかけると、腕を心配そうに見つめた。
ケガをしそうになったのは俺だけど、カカシさんの方がよっぽど痛そうな顔をするから可笑しくなった。
「カカシさん、もう平気です」
ごしごしと頭を撫ぜるとほっとした顔をする。
でもすぐに拗ねた顔になってゴネた。
「イルカ先生、鍋があるといつもよりイルカ先生との距離が遠いです。隣に来てもいい?」
俺もそう思っていた。
頷くとカカシさんは自分の皿を取って隣に来た。
でも隣といってもホントに隣。
横じゃない。
コタツの同じ枠の中にぎゅうと収まってぴったりくっついた。
「・・なんだか今日はずっとくっついていたくて」
言い訳のように呟く姿が可愛くて、了承する。
「・・イルカ先生、豆腐食べますか?」
取ってくれるのかなと頷くと、カカシさんは自分の小皿の豆腐を小さく切って、ふぅふぅした。
「はい、どーぞ」
ほどよく冷めた豆腐が口の前にやってくる。
じんわり頬を染めたカカシさんに見つめられて口を開けた。
「おいし?」
中はまだ熱かったから、はふはふしながら頷いた。
「おいしーです」
「よかった」
にこにこするカカシさんにしいたけを取ってあげる。
ふぅーっと冷ましてから口の前に持っていくと、カカシさんがぱくりと一口で食べた。
「おいしーね」
じわっと汗が出たのは、きっとコンロが熱いせいだけじゃない。
にっこり笑顔を浮かべるカカシさんが眩しくて心臓がドキドキした。
「カカシさん、カニ食べましょ」
鍋からカニを引き上げて殻から身を解す。
一生懸命ほじっていると、ぱきっと小気味良い音を立ててカカシさんが殻を割った。
それからどこをどうやったのかカニの身がすうっと殻から出てくる。
「カカシさん、上手ですね」
感心するとぱっとカカシさんの顔が輝いて、綺麗に殻の外れた身を俺にくれた。
「イルカセンセ、食べてていーよ。オレが殻を剥くから」
ぱきっ、するっ、ぱきっ、するっと身を外す。
「カカシさんも食べてください」
カカシさんの剥いたカニの身を、せっせと口の前に運ぶと雛のように口を開けた。
「ありがと、イルカセンセ」
カカシさんが嬉しそうに笑う。
なんて可愛い人だろう。
一生大事にしようと心に決めた。
鍋の締めにカカシさんがおじやを作ってくれた。
具の無くなった汁にご飯を入れてかき混ぜる。
この前食べたお粥から、俺はカカシさんのご飯料理が大好きだった。
おじやが出来上がるのが楽しみで仕方ない。
火を止めて溶き卵を入れるとカカシさんは蓋をした。
「すぐ出来るから待っててね」
鍋の中でとろりと卵が固まっていくのを想像する。
出来上がるまでの間、ひたりとカカシさんに寄り添って肩に頭を乗せた。
「・・隣に並んで座るのもいいですね。長方形のを買えばいつだってそう出来たのに・・。なんで買う時気づかなかったんだろう・・?」
正方形のコタツを見て不思議に思う。
するとカカシさんがくすりと笑った。
「だってイルカ先生、コタツなんて要らないって言ってたじゃない。きっとあまり邪魔にならなさそうなのを選んだんじゃないですか」
「えっ!?そんなことないです。俺、そんなこと思ってません!」
「ふふっ、忘れちゃった?オレがずっとコタツ欲しいって言ってるのに、そんなの要らない、服着ろって・・」
「・・・・・」
そう言えばそんなこともあったような気がしてきた。
家にコタツが来てからお気に入りになっていたから、すっかり忘れていたが・・。
「ねぇ、あの時どうして買っていいって言ってくれたの?」
「え?」
「寝る前ははダメって言ってたのに、朝起きたら良いって・・。オレ、そのことがずっと不思議だったんです」
「え?・・えと、どうしてだったかな・・?」
言いながら、顔が赤くなっていくのが抑えられなかった。
だって一緒だと思ったのだ。
コタツがあると温かくて眠くなって仕事の邪魔だと思ったけど、カカシさんが居たらやっぱり温かくて眠くなるから、――それならカカシさんも温かくなった方がいいと思ったのだ。
俺ばっかり温かいのは不公平だった。
だけどそれをカカシさんに伝えるのは恥ずかしい。
「忘れました!」
「えぇ〜」
口を尖らせるカカシさんに、「おじや!」と催促すると、カカシさんが笑いながら鍋の蓋を開けた。
ほわりと湯気が上がり、たまごの香りが辺りに広がる。
とろりと黄金色の卵の乗ったおじやをよそってくれるカカシさんを見ながら思った。
あの頃よりずっと深くカカシさんのことが好きだ。
ずっと、ずっと大好きだ。