輪っか 13





「イルカセンセ、本当に大丈夫ですか?」

下から上へと髪に櫛を通しながらカカシさんが聞いた。
ベッドに腰掛けたカカシさんの足元の座って、髪を一つに纏めて貰う。
久しぶりに結い上げる髪に気持ちまですっきりした。

「もう平気です。すっかり良くなりました」

カカシさんのお蔭で、と振り返るとカカシさんがはぁっと短く溜息を吐いた。

「・・・もうちょっと二人きりでいたかったな」

それは俺も同じ気持ちだったのでカカシさんの手を握る。
退院してから一日だけだったけど、ずっと二人きりで居たことを思うと離れて過ごすのが寂しかった。
べったりくっついて過ごしたお蔭で、もはやカカシさんを自分とは別の個体とは思えない。
暇が無くてもくっついていたいし、そうしているのが自然だった。
カカシさんが傍に居ないと、腕とか足とか、そういったものが足りない気がする。
体を見ればちゃんとあるのに、五感が足りないと訴えて俺を物足りない気持ちにさせた。



「イルカセンセ、マフラーして」

玄関先でぐるぐると首に巻かれる柔らかなマフラーに手を添えるとカカシさんが指輪に目を留めた。

「イルカセンセ、ソレずっとしてくれるの?」
「はい、里に居る間はずっと。外したくありません。・・カカシさんは?」

手甲の下を探ると細く硬質な感触があった。

外からは誰も気づかない。
俺だけが知るカカシさんの秘密。

思わず口元が綻ぶとカカシさんに抱きしめられた。
腕が体を包んで唇が重なる。

「イルカ・・」

甘く呼ばれて切なくなった。
離れたくない。
これから外に出て、カカシさんと離れないといけないのがたまらなく寂しくなった。
俺は里に居て、カカシさんも任務に出ても夜には帰ってきて一緒に過ごせるのに、離れてる時間があるのが嫌だ。
以前はどうやってカカシさんの居ない時間をやり過ごしていたのか。
頑是無い想いが沸いてカカシさんの首筋に顔をうずめた。

「・・カカシさん、今日は早く帰ってきますか?」
「うん、すぐに帰るよ。急いで帰るから夕飯は一緒に食べよーね」
「・・・はい」
「・・ね、晩御飯はお鍋にしよ?イルカ先生、前に用意してたデショ。ね、一緒に作ろ?」

約束を貰って少し気持ちが治まる。
首筋に押し付けていた顔を上げるとカカシさんがにこっと笑った。
出勤時間が迫って、仕方なくくっついた体を離す。

「・・・カカシさん」

恋しい。
まだ離れてないのに、もうカカシさんが恋しくて仕方なかった。



いつものようにアカデミーまで一緒に来ると門のところで別れた。
離れがたいのと遠ざかる姿を見たくなくて、瞬身してくれるように頼むとあっという間にカカシさんが居なくなった。
どこを探してもカカシさんが居ない。
あまりのあっけなさに、寂しいのと離れたくないのは俺だけかと、しょんぼりしながら職員室に入ると皆に囲まれた。

「おっ!イルカ、もういいのか?」
「ああ、長い間休んでごめんな」
「いーけど、ほんとに大丈夫なのか?・・無理すんなよ。イルカは滅多に有給も取らないし。病気の時ぐらいゆっくりしろ」
「ありがとう。なんか変わったこと無かった?」
「ああ。お前のクラス、みんなちゃんと来てたし。心配してたぞ」
「そうか。誰にもうつしてなくて良かった」
「早く教室行って安心させてやれよ」

そうすると頷いて荷物を置くとマフラーを外した。
1限目の教材を出して学級日誌に手を伸ばすと同僚が声を上げた。

「あっ!イルカが指輪してる!!!」
「ホントだ!どうしたんだよ、それ!」
「馬鹿だな、そんなのはたけ上忍に貰ったに決まってるだろ!な?そうだろ?イルカ」
「そうなのか!?」

集まった同僚にどうなんだ?どうなんだ?と詰め寄られ、俺はこくんと頷いた。

「カカシさんに貰ったんだ」
「「「おおぉーっ」」」

上がった歓声に頬が火照った。
照れ恥ずかしくて顔が上げれない。

「結婚指輪だよな」
「うん」

よく見せろとせがまれて、左手を差し出した。
無骨な指に銀の指輪が光る。
そこにカカシさんの面影を見出して、寂しかった心がぽっと温かくなった。
よく見るとこの色は朝日を浴びるカカシさんの髪と同じ色をしている。

これさえあれば、いつでもカカシさんと一緒だ。

そうっと指輪を撫ぜるとラブラブだと冷やかされて、日誌を手に取ると早々に職員室から逃げた。



昼休み、カカシさんに持たされたお弁当の包みを広げていると隣の同僚が顔を寄せた。

「イルカ、前に皆でお祝いしようって言ってただろ?あれ、お前が入院してる間に話が進んで来月の10日はどうかって話になったんだが、都合どうだ?」
「あ、うん。大丈夫だよ。カカシさんにも聞いておくよ。ありがとな、俺たちのために」
「いいって!水臭いこと言うな。みんな楽しみにしてるからさ。上忍の人にも声掛けてるから。・・それで、その、式は挙げるのか?」
「しないんじゃないかな。俺もカカシさんも親戚とか居ないし」
「・・そうか」

同僚が3分経ったカップラーメンの蓋を外した。
俺も弁当の蓋を開ける。

おっ、肉だ!

おかずの中に牛肉を見つけて、ほくっと頬を緩めた。
真っ先にそれに箸を伸ばすと口の中に入れる。

んまい。

久しぶりの肉の味に頬が蕩ける。
砂糖と醤油の甘辛い味付けに食欲をそそられて、俵の形のおむすびを口いっぱいに頬張った。
同僚がずずっとラーメンを啜る。
香ばしいスープの香りに気を取られながらウインナーを摘んだ。
三角と丸が繋がったそれはよく見ると『へのへの』と顔が書いてある。

案山子だ!

カカシさんがこれを作ってるのを思い描くとくすぐったくて顔が勝手に笑ってしまった。

・・可愛いなぁ、カカシさん。

ぱりぱり、もしゃもしゃと口を動かす。

「あ。俺、役忍に籍のこと聞いてきたよ」

後ろに座っていた同僚がイスを滑らせて隣に来た。

「どうだった?」

俺を飛ばして隣の同僚が聞いた。

「それが木の葉には同姓婚ってないんだよ」
「えぇ〜っ」

ガッカリする同僚に慰めるように肩を叩かれたが、そんなもんだろうと思っていたのでショックは無かった。
それよりも黄色く分厚い玉子焼きが気になる。
もしかして、だし巻き卵じゃないだろうか。

「こんなときは養子縁組するんだって。年下の方が年上の籍に。イルカ達の場合は、イルカがはたけ上忍の籍に入るんだ」
「へぇ〜、じゃあ、イルカは『はたけイルカ』なるんだ」
「・・そうなるな」
「・・なんか陸に打ち上げられた海豚を想像するな・・」
「・・・・そうだな」

口に入れるとじゅわっとだし汁が溢れて、あまりの旨さに「うぅ〜」と唸った。

「気にするな、イルカ!ぜんぜんヘンじゃないぞ!」
「そうだよ!いざとなれば今は夫婦別姓だって珍しくないし!」

いきなり背中をばんばんを叩かれて、飲み込もうとしていた玉子焼きが喉に詰まって噎せ返った。
目の前にお茶が差し出され、慌てて飲み込む。
喉がすっきりしてホッと息を吐くと同僚二人が恐る恐る顔を覗き込んだ。

「・・・イルカ、はたけ上忍との結婚止めたりしないよな」
「???・・当たり前じゃないか」

なに言ってんだよと怪訝に顔を顰めたが、「ならいい」と食事に戻った二人に、それ以上追求出来なかった。

それにしてもカカシさんはいつの間にだし巻き卵なんて作れるようになったんだろう。



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