輪っか 9
カカシさんの洋ナシが利いたのか、目が覚めると体調が良かった。まだ熱はあるものの、退院しても問題ない気がして先生に相談するとあっさり許可が出た。
具合が悪くなるようなことがあれば、すぐに病院に来ることと、迎えの人と一緒に帰ることを言い渡されて、カカシさんに式を飛ばした。
『すぐに行きます』
返事はすぐに返ってきて、急いで書き付けられた文字に頬が緩んだ。
本当はこの前の喧嘩が尾を引いて、カカシさんに連絡するのが少し怖かった。心のどこかでカカシさんがまだ怒ってて、知らん顔されたらと不安だった。
カカシさんの返事はそんな俺の不安を吹き飛ばした。
身の回りのものを片付けると、久しぶりに忍服に袖を通した。
「うわっ、イルカって本当に忍者だったんだな」
カーテンを開いて外に出ると、俺の忍服姿にハシゴが目を丸くした。
「最初にそうだって言っただろ」
「だってよー、その格好見るまでは信じられなくって。…馬子にも衣装ってやつ…?イルカが格好良く見える」
「失礼だな!」
憤慨するとハシゴが笑った。
「褒めてんじゃねぇか」
「聞こえねーよ」
イスを引き寄せ、ハシゴのベッドの傍に座る。
「退院するんだな」
「ああ。カカシさんが来たら一緒に帰るよ」
「寂しくなる」
「なに言ってんだよ。ハシゴだってあと2日後には退院だろ?」
「まあな。あのさ、連絡先とか聞いてい?」
「もちろん。今度は外で会おうぜ」
メモ帳なんて無かったから、お見舞いに貰ったお菓子の包装紙に連絡先を書いて交換する。ハシゴはそれを4つに畳んでベッドの傍に置いていたカバンのポケットに仕舞った。その姿を見ているとしんみりしてくる。
ああは言ったものの、ハシゴと離れるのが少し寂しい。ハシゴがいたから病院で楽しく過ごせた。ハシゴの明るさと人懐っこさに、俺は随分助けられた。
「ハシゴ、ありがとな。困ったことがあったら何でも言えよ!」
「お?なんだよ、改まって。ははぁ、さてはイルカも俺と離れるのが寂しいんだな?」
「そんなんじゃないよ!」
例えそうでも指摘されると恥ずかしい。誤魔化すように口を尖らせていると、ハシゴが笑いながら枕元を探った。耳掻きを手に取るとおもむろにパジャマのズボンを引き上げてギブスの間に差し入れた。
「…なにしてんだ?」
「いや、この下が痒くて痒くて…」
ガシガシと乱暴に耳掻きを差し入れるが、どうもそれだけでは足りないらしくもぞもぞと足を動かした。
「うあ〜、長さが足りねぇ。畜生、痒い〜っ!」
届かないのにギブスの上から足を掻き毟る。そんな姿を見てひらめいた。
俺なら掻けるかも。
「掻いてやろうか?」
「え?そんなこと出来るのか?」
「うん」
(忍者だもん。)
自慢げなのは心の中だけにして、指先にチャクラを集めた。指先を長くするイメージでチャクラを延ばす。『それ』でギブスの上からハシゴの足に触れると、ガシガシ掻いた。
「うおっ!」
ハシゴが身悶える。くぅ〜っと悶える様子に、てっきり気持ち良いんだと思っていたら、
「くすぐったいわ!!」
容赦ない力で頭を叩かれた。
「なんだよっ、痛いな!気持ち良いんじゃなかったのかよ」
「アホか!お前、自分で試したことあるのか!」
「ない。やったら出来るんじゃないかと思って」
「俺で試すなっ!」
「…すまん」
それもそうだと思って素直に謝ったが、さっきのハシゴの身悶え方を思い出すと可笑しくなってきた。ぶふっと噴出してハシゴに怒られる。
「笑うな!」
「だって、さっきのハシゴ…、ぶっ!…ふふっ…ははっ、あははは」
「くそっ、余計痒くなってきた。…お前笑いすぎだよ」
「だって…っ」
「ったく、お前はよぉ…、ふっ」
腹を抱えて笑い転げていると、つられたのかハシゴも笑い出す。二人でひーひー笑っているとハシゴが肩を押した。
「イルカ」
後ろ、と視線につられて振り向けば、何故か寂しそうな顔をしたカカシさんが立っていた。
「カカシさん!」
名を呼ぶと、カカシさんは目を弓なりに細めて傍に来た。
「迎えに来たよ」
カカシさんの手が俺の荷物へ伸びて取り上げる。なんでもない様子にホッとしながら立ち上がると、ハシゴに向き直った。
「それじゃあ、またな!ハシゴ」
「おう。早く風邪治せよ」
「ああ。おばちゃんにもよろしく」
「ああ、伝えとくよ」
「じゃ」
先に歩くカカシさんについて行きながら、後ろ髪を引かれる思いで振り返った。手を振るハシゴに手を振り返す。胸がきぅと痛んだ。
外に出ると空は曇って冷たい風が吹く。カカシさんが持っていた袋を開いて中を探った。
「イルカセンセ、マフラーは?」
「あ、…なかったです」
「着替えと一緒に持って帰っちゃったかな…」
言いながら、カカシさんは自分のマフラーを外すと俺の首に巻きつけた。
「カカシさん、これじゃあカカシさんが寒いです」
「ん、オレは大丈夫。イルカ先生がしてて」
鼻の頭まで隠すように巻かれる。カカシさんの匂いと熱が伝わって、マフラーの中で首を竦めた。ほかほかと暖かい。
代わりにカカシさんの首元はすっきりして、銀の髪に隠れて額当ての結び目が見えた。それを目にした瞬間、俺はそこに顔を擦り付けたい衝動に駆られた。人目も憚らずカカシさんに抱きついてぐりぐりしたい。
だけどそんなこと出来ないから我が侭を言った。
「…カカシさん、ハンバーグが食べたいです」
突然の発言に、肩越しに振り返ったカカシさんが目を細める。
「退院したばかりなのに、急にそんなの食べたら胃がびっくりしちゃうよ」
「でも食べたいんです」
「うーん、困ったな。…だんご汁は?お粥と一緒に。それだったら作ってあげますよ」
「…じゃあ、それでいいです。それにします」
妥協した振りで頷くと、カカシさんの手が伸びて頭を撫ぜた。こしこしと優しく撫ぜる。
カカシさんの触れ方は、いつも俺に温かい。コタツにまるまる猫のような気持ちになって、その手が一秒でも長くあるように、大人しく隣を歩いた。
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