輪っか 7
(やってしまった……。)
一人もんもんと、消灯時間の過ぎたベッドの中で膝を抱えた。
(どうして後悔は先に立ってくれないのだろう……?)
去っていくカカシさんの後姿を思い出しては後悔に苛まれた。
明らかに怒りすぎた。なにも殴らなくたって良かった。
俺はかあっと頭に血が上ると後先考えないところがある。それでよく失敗をするが、自分の短絡的な所に、これほど苦しめられたことはなかった。
今すぐカカシさんに謝りたい。
指を折り曲げて痛みが走るたびに、ぶっ叩いてしまったカカシさんの頬を思った。いきなり殴ったりして痛かったに違いない。カカシさんの吃驚した顔が何度も蘇って胸を刺した。
(きっとカカシさんは俺のためを思ってヌいてくれたのに…。)
場所が場所だっただけに、ついカッとなって怒ってしまったが、カカシさんに悪気があった訳じゃない。
終わった後のカカシさんの満足げな顔を思い出して、どっと後悔の波に飲み込まれた。俺のしたことは、酷くカカシさんを傷つけただろう。
大体ちゃっかり気持ちよくなってイったくせに、俺のどこにカカシさんを叱る資格があるというのだろう。もう一度、時間を戻してあの時をやり直したかった。
でも時間は戻らない。
今すぐカカシさんに会いたかった。会って、ごめんなさいが言いたい。そして「何とも思ってないよ」と抱きしめて欲しかった。
都合が良すぎる夢だ。あんな仕打ちを受けて、何とも思ってない訳がなかった。
またカカシさんの満足げな顔が思い浮かんで胸が痛くなる。大体どうして自分はイってないのに、あんな満たされた顔するんだ。じわりと目に涙が浮かんで目元を擦った。
(カカシさんに会いたい。)
自分のしでかしたことが大きすぎて、いつまで経っても眠りはやってこなかった。
結局一睡も出来ないまま朝を迎えた。朝食を食べて、検温にきた看護婦さんが首を傾げる。
「あら?うみのさん、また熱が上がってますね。どうしてかしら…」
首を傾げる看護婦さんに、なんでもないと布団に潜った。きっと考えすぎて熱が出ただけだ。それよりも、俺は午前の面会時間にカカシさんが来てくれるのか気になって仕方なかった。
二度と来るなと言った。
それを真に受けてカカシさんが来なかったらどうしよう。
昼に近くなると、予感は恐怖に変わった。カカシさんが来ない。
任務に行ってるのかもしれない。
(でもそうじゃなかったら…?)
もう俺に愛想をつかして来ないとしたらどうしよう?
暗い想像に胸が塞がって布団の中に引きこもる。
昼の時間が来て、とうとう来なかったカカシさんに塞ぎ込んだ。食事がまったく喉を通らない。そのせいかどうか、昼に用意された薬はいつもと違うのが混ざっていた。
「この薬なんですか?」
「解熱剤ですよ」
ふぅんと飲み干して布団の中に入る。面会時間は午後もあるから、そこに期待した。
(…まだ嫌われてない。カカシさんは来てくれる。)
病室の入り口を見続けるが、強烈な睡魔に襲われて瞼が下がった。
(…さっきの薬……。)
きっと睡眠薬が入っている。いつもなら気づくのに、風邪と熱で鈍くなっているのか気づけなかった。んぐぐぐ、と眉間に力を入れて眠気を拒むが、抗いきれずに眠りに落ちた。
目が覚めたら夕方で、夕飯を乗せたワゴンが音を立てて通り過ぎた。
(……カカシさんが来なかった。)
ショックで胸がへしゃげた。でも、きっと、任務で忙しかったに違いないと思い込むことにした。だけど鼻の奥が水で詰まる。泣くまいと口を引き結んだ。
ベッドサイドを見れば洋ナシが置いてある。ふわりとカカシさんが思い浮かんだ。前に一緒に、二人で食べた。
「…ハシゴ、ありがと。おばちゃん来てたんだ」
「え?」
「洋ナシ」
「違うよ。はたけさんが置いてったんだよ。イルカ食欲が無かったって言ったら、買いに行って」
「カカシさんが来てたのか!?」
「ああ、さっきまでいたんだけど…、って、おいっ!イルカ!?」
ベッドから飛び降りると廊下を走った。階段を駆け下りて、病院の玄関に向かう。
ガラス張りの自動ドアが開ききる前に外に飛び出すが、そこにはもうカカシさんの姿は無くて――。
「カカシさん…」
(会いたい…。)
無性に会いたかった。カカシさんが恋しい。
ぺたぺたコンクリートを踏んで階段を下りるとカカシさんを探した。
「うみのさん!どうされました?」
追いかけてきた看護婦さんが俺の腕を掴んだ。
「駄目ですよ。寒いから中に戻ってください」
「でも…」
「戻ってください」
きつく促されて、とぼとぼと病室に戻った。
「どうしたんだよ、イルカ?」
病室に戻るとハシゴが怪訝な顔で俺を見た。
「あ、うん。トイレ」
「裸足でか?」
「………」
いろんなものが込み上げて口を閉ざした。ベッドの布団の上にはカカシさんがくれた洋ナシがちょこんと転がっている。手に取るとざらついた表面をそっと撫ぜた。