輪っか 5





 一度家に帰って、俺の身の回りの物を持ってくるというカカシさんを見送ろうとして、怒られた。
「イルカ先生!なんて格好してるんですか!」
「えっ…?」
 自分の格好を見下ろして、首を傾げた。俺が着ているのは病院から渡された着衣で、パジャマを持参して来ている人もいるがそうでない人は誰もが着ている物だ。
 診察しやすいように前を重ねて紐で括るだけの簡単な物だが、病院ではよく見られるごくごく一般的な物だ。それがなに?と戸惑っているとベッドに押しやられた。
「足が剥き出しじゃないですか!胸元だって開いてるし…!」
「はあ…」
 剥き出しといっても膝から下ぐらいで、気にするほどのもんじゃない。大体、大体男ばかりの病室で誰がそんなこと気にするんだと呆れてもカカシさんには通用しなかった。
 戻ってくるまでベッドから降りることを禁止され、寝ているように言いつけられる。守らないと、とんでもないことになりそうだからしぶしぶ従った。
 でもこんなカカシさんを見るのは久しぶりだったから、内心可笑しくて仕方ない。
「トイレに行きたくなったら困るから早く戻ってきてくださいよ」
「うん、わかった。行ってくーるね」
 布団の中から手を振るとにっこり笑ってカカシさんが出て行った。カーテンが閉まる時、隣のハシゴと一瞬目が合ったがぎこちなく逸らされた。よそよそしい態度に胸が痛くなる。
(…嫌われたかな。)
 カーテンの向こうに声を掛けようとして躊躇した。カカシさんのことを隠してたわけじゃない。
ただ言わなかっただけだ。わざわざ伴侶が男だと言うほうがヘンだと思うから。
 それに俺は男だからではなく、カカシさんだから結婚したんだ。でも相手にしたらそれが理屈でしかなく、男同士と言うだけで嫌う人がいることも知っている。いくら忍びの間ではそう珍しいことでは無くなってきたと言っても、一般の人は違う。
(…ハシゴはどっちだろ。)
 反応を確かめるのが怖くて、布団を深く被った。

 夜、名前を呼ぶ声で目が覚めた。寝ぼけたまま、どこからだと耳を澄ませば隣のハシゴからだ。
「ど、した?」
「どうしたじゃねぇ、お前、大丈夫か?」
「な、にが…?…っ、ひゅっ、ごほっ!ごほごほっ!」
 止まらぬ咳と痛む喉に、どうやら一晩中咳き込んでいたのだと気づいた。
「ごめ…っ、煩くして…」
「馬鹿!そんなこと言ってんじゃねぇよ!看護婦呼ぶか?呼ぶぞ」
「待って、水、飲んだら、だいじょ、ぶ…」
 手探りで水差しを探すと隣から明かりが差し込んだ。暗闇の中に透明なビンの形が浮かび上がり、手に取ると飲み口からちゅっと吸った。渇いていた喉が潤い、咳が収まる。
「ありがと、起こしてくれて。もう大丈夫だから」
「……おい、ちょっとカーテン開けろ」
「ん」
 手を伸ばしてカーテンを引っ張る。肘を突いて体を起こしていたハシゴは目が合うと明かりを消した。布団を被って背を向けるハシゴに言葉を失う。
(無視するぐらいなら呼ばなけりゃいいのに…。)
 だけど、その意味に気づいたのはしばらく経ってからだった。
 背中を向けたハシゴは、眠る前に小さく溜め息を吐いた。真っ暗な中、俺の様子を察して明かりを点けてくれたのはハシゴだ。本当に俺が平気かどうか、顔まで見て確かめてくれた。
「…ハシゴ、ありがと…、ありがとう」
「…もう寝ろ」
 背中が照れたようにもぞもぞ動いた。ぶっきらぼうだけど、何も変わらない。ハシゴの温かさが嬉しくて、泣きそうになる顔を枕にうずめた。

 朝の回診の時に、昨夜の咳を報告したのはハシゴだった。問診を終えようとしていた医師が聴診器を取り出し胸に当てる。薬が一個増えて、そういうことは言わないとダメだと注意を受けた。
 このことはカカシさんにも伝わって、カカシさんが怖い顔をした。
「ちゃんと言わないとダメじゃないですか」
 子供みたいに怒られた。ハシゴの手前決まり悪い。
「でも朝は咳が止まったから大丈夫と思って…」
「それはお医者さんが判断するんです。実際薬が増えたじゃないですか」
「だって…」
「イルカってすぐ『大丈夫』って言うよな。そうやって無理重ねたりするだろ?」
「そんなことないよ!」
 やれやれと言った顔でカカシさんとハシゴが目配せする。ハシゴは、俺と同じようにカカシさんにも接してくれた。最初はカカシさんの外見に緊張していたみたいだけど、持ち前の人懐っこさで、あっという間に二人は打ち解けた。
 それは良かったのだが、この二対一のような空気はなんだろう?二人に責められて、ベッドの上で小さくなった。
 なんだかな、と不満に思っているとカカシさんの手が髪に触れた。梳くように撫ぜる手にはっとカカシさんを見上げると、カカシさんはハシゴを見ていて、どうやら無意識の仕草らしい。
 それをハシゴの視線が捕らえて動揺するのがわかった。赤くなる顔につられて俺まで赤くなる。
 そっとカカシさんの手を避けると、カカシさんがぱっと手を引いた。俺にしか分からないくらいの変化で傷ついた表情を浮かべる。きっと勘違いしたカカシさんに「違う」と言いたかったがハシゴの前で言い出せなかった。
 何のフォローも出来ないまま3人の間にぎこちない空気が流れる。
 困っていると看護婦さんがハシゴを呼びにきた。ハシゴはこれから風呂だ。
「じゃあ、行って来るから!お二人さんはごゆっくり〜!」
 からかう様なことを言って去っていくハシゴにほっとする。二人っきりになるとカカシさんがカーテンを閉めて空間を閉ざした。
「カカシさん、さっきはごめんなさい。嫌とかじゃなかったんですよ」
「ウン、分かってる。人前でゴメンね」
 頭を抱き寄せられてカカシさんの胸に顔を付けた。抱擁はしばらく続いて、どうしたのかなと思う。カカシさんの様子が少し変だ。顔を見ようとしたら唇が近づいた。
「カカシさん、うつる」
 顔を避けようとすると顎をとられた。逃げられなくなった唇をカカシさんが塞ぎ、吸い上げる。
もごもご動く唇に、体の奥がジンとした。
 こんなところでこんなキスするなんて。
 顎と背中を引いて拒否しようとすると、カカシさんの手が服の下に入った。
「ちょっと、カカシさん…!」
 抗っても手は離れず、熱を持った瞳に見つめられて心臓が跳ねた。



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