輪っか 3
背中にカカシさんがへばり付いていた。
(温かい。)
俺の背中を覆いながら器用に片手で本を読んでいる。コタツに入ってるのは足だけで、寒くないかと聞くと、首を横に振った。
「イルカ先生にくっついてるから、あったかーいヨ」
懐く様に首筋に頬をつけられるとくすぐったい。でもそうされると、振り向いて抱きつきたいような愛しさで胸がいっぱいになった。
(…早く仕事を終わらせよう。)
答案用紙に赤いペンを走らせる。最後の一枚に点数を書き込み、きゅっとペン先にキャップを被せるが、カカシさんは読書に夢中で俺が仕事を終えたのに気づいてくれなかった。
「…………」
ごそごそと体をコタツの中に潜らせる。
「ん?イルカ先生、終わったの?」
「はい」
返事だけしてカカシさんの腹を枕に顔まで布団を引き上げた。
「疲れたの?」
今度は返事をせずに目を閉じる。頭の上にカカシさんの手が乗って、さわさわと髪を撫ぜた。
しばらくするとまたページを捲る音がする。目を開けると、ゆっくりページを捲りながら本に視線を走らせるカカシさんが見えた。すごく大人びた顔をしている。
カカシさんは俺より年上だし大人だけど、前はもっと子供っぽい人だった。我が侭だって言ったし、かまってと煩かった。
それがいつの間にか落ち着いて、包容力ある大人の男になっていた。
(……俺のかわいいカカシさんはどこ行っちゃったんだ?)
それを不満に思ったことはないけど、何か物足りない。俺だってカカシさんを包みたかったから、甘えてもらえなくなったのは寂しかった。
体の向きを横に変え、更に潜ってカカシさんの腿を枕にする。頭を撫ぜていた手が布団を引っ張り、寒くないように肩に被せた。目を閉じると手慰みのようにカカシさんの手が耳たぶを弄りだす。
くすぐったくて気持ち良くて眠ったフリを続けた。
(ずっとこうしていて欲しい…。)
コタツとカカシさんの暖かさに包まれて、まどろみの中をいつまでも漂っていた。
「…っくしゅん!」
自分のくしゃみの音で目が覚めた。煌々と付いたままの蛍光灯が眩しく目を細める。部屋の中はシンとして、肩が凍るほど冷たくなっていた。
いつの間にかストーブの灯油が切れて部屋が寒くなっていた。二つに折った座布団を枕にコタツ布団を引き上げると肩まで被った。
夢を見ていた。カカシさんが居るいつもの光景を。
夢の中は暖かくて心地よかったのに、――今は同じコタツの中にいてもぜんぜん心地よくなかった。熱くて肌が乾燥して喉も渇く。
――コタツで寝たらダメですよ。
カカシさんの声が、優しく頭の中に響いたが知らん顔で目を閉じた。カカシさんは任務で今ここに居ない。一人でひんやりした布団に潜り込むのは嫌だった。
カカシさんが煎餅布団をふわふわの羽毛布団に変えてくれたけど、寒いものは寒かった。
体を丸めて無理矢理目を閉じる。蛍光灯が眩しかったけど、起き上がって消すのは面倒でそのままにした。
「おい、イルカ。お前大丈夫か?」
「ん、なにが?」
「熱、あるだろ?顔赤いぞ」
「そんなことないよ。ちょっと走ったから…、それでだよ」
「本当か?あんま無理するなよ。具合悪くなったらすぐ言え」
「わかった。ありがとう」
ぽんと背を叩かれて笑顔を見せた。
手を上げて去っていく同僚に、内心まずいなと思う。
カカシさんが任務に出てから3日。コタツで寝続けた結果、俺は密かに風邪を引いた。咳は出ないが関節が痛む。背中にぞくぞくと悪寒が走った。
本格的に風邪を引きそうな予感にうな垂れる。カカシさんが帰ってくるまでに直さないと怒られるからだ。でも、カカシさんが帰ってくるまであと1週間以上もあるしと楽観視する。
そしたら罰が当たったのか倒れてしまった。
放課後授業で使った巻物を資料室に返そうと立ち上がったら、目の前がぐにゃりと歪んで派手にこけた。イスを引き倒し、手にしていた巻物をぶちまけたので大事になった。いくら大丈夫だと言っても聞いてもらえない。
引き摺るように隣の木の葉病院へ連れて行かれて、そのまま入院することになった。
「42.1度。いくら忍者でもこんな高熱が続くと死にますよ」
腋から引き抜いた体温計を振りながら医者はのんびり言った。あんまりにものんびり言うから、死ぬと言われてもぴんとこない。だけど病院の白いベッドに横たわり、動かせない体と荒れた呼吸に容態が思わしくないことは窺い知れた。
息をするたび肺が痛み、顔が焼けそうなほど熱い。
「血液検査の結果を待ってみないとはっきりしたことは言えませんが、恐らくインフルエンザでしょう。おうちにご家族の方はいらっしゃいますか?」
問いかけに首を横に振る。
「なら泊まっていっていいですよ。幸いこの部屋が空いてますから」
帰りたい、と思っても言い出せなかった。この状態で一人帰っても何も出来ない。
無言を了承と受け取ったのか、医者は部屋の明かりを消すと出て行った。
シンとした部屋に忙しない呼吸音だけが響く。
一人が寂しくてコタツで寝ていたら、もっと寂しいことになってしまった。カカシさんの匂いも面影もない部屋で、一人寂しく夜を迎えた。