輪っか 2
しばらく冷たい風に当たって頬を冷ましてから職員室に入った。ドアを開けた瞬間集まった視線に吃驚するが、どの視線も目が合いそうになると逸らされる。
周囲の様子に戸惑いながら席に着くと、隣の同僚ががしっと首に腕を回した。
「イールーカー、見たぞぉ」
「なにを…」
「とぼけても無駄だ!皆で見たぞ。お前とはたけ上忍が校門でイチャイチャしてるとこ!」
…冷やかされて、かあっと頬に熱が戻った。
「ち、ちが…っ、あれはカカシさんが急に…」
「またぁ、お前だってずーっと見送ってたくせに。『行って来ますのチュウ』なんかして。新婚さんみたいだよな!お前とはたけ上忍って」
巻いたままのマフラーに顔を隠しながら、一つだけ間違いに気づいて訂正した。
(ちがう。みたいじゃない。)
「…新婚だもん、俺たち」
マフラーの中で抗議する。それは声にもならないような小さなつぶやきだったのに、忍びの耳は捕らえた。
「えっ!お前とはたけ上忍って結婚したの!!?」
突然立ち上がって叫んだ同僚に職員室中の視線が集まった。次第に仲の良かった同僚が集まってきて人の輪が出来きた。
「え、なに?イルカがどうしたって?」
「結婚したんだって!はたけ上忍と」
「すげー!!いつ?いつしたんだ?」
「えっと、3週間前。皆で集まっただろ?その日帰ったらカカシさんにプロポーズされて、それで…」
「やったな!イルカ!水臭いなぁ、そう言う事はちゃんと言えよ!おめでとう、イルカ。それで籍は?もう入れたのか?」
「いや?俺たち男同士だから、そういうのないだろ…?」
「あ、そうだっけ?男同士でも籍入れた様な…。よし!オレ、役忍に知り合いがいるから聞いといてやるよ」
「あ、ありがとう」
「式はするのか?」
「えっ、しないと思う…」
「だったら皆でお祝いしようぜ!」
「そんな、いいよ。結婚したって言っても今までと変わらないし」
「遠慮するなって!そうだ、はたけ上忍の都合聞いといてくれよ。それに合わせるから。な!」
矢継ぎ早の質問に答えてる間に話は進んで、ばしばし肩を叩かれながら皆の祝福を受けた。
良かったな、おめでとうと言われると、カカシさんと結婚した実感が今更ながらに沸いてきて、幸福感が俺を包んだ。
その日一日、幸せな気分で授業を終えて帰り道、スキップしそうな足の裏をなんとか地面に押し付けながら木の葉スーパーへ寄った。
今日はカカシさんより早く帰れるから、美味しいものを作って待ってるつもりだ。
地下の食料品売り場に向かいながら、一階の特売品コーナーに視線を向けた。そこにはいつも季節にあったお買い得品が置いてある。
今日はなんだろ?と見ていると、湯気の立つ鍋の写真の箱が重ねてあった。
土鍋だ。
うちには土鍋がない。前は一人暮らしだったから必要なかったが、カカシさんと暮らすようになってからも用意していなかった。コタツに入ってカカシさんと鍋をつつくところを想像する。
(…欲しいかも)
エスカレーターに乗ろうとしていた足を止めて、特売品コーナーに向かった。ワゴンの中には大や小、絵柄の違った土鍋が箱に入ってところ狭しと詰まれていた。見本に置かれた土鍋を見比べながらどれがいいか考えるが、――どれもおなじ見える。
「うーん…、あ」
悩みながら箱の写真を見ていると、鍋をするにはそれを取り分ける小皿や卓上コンロがいることに気づいた。辺りをきょろきょろ見渡して、一旦売り場を離れると本屋に向かった。
「はぁ、はぁ…」
冬なのに汗を掻きそうになりながら重い荷物を持って帰る。本屋に向かった俺は雑誌と本で鍋を勉強して必要なものを揃えた。
土鍋に小皿、レンゲにカセットコンロと予備のガス。昆布にポン酢、それから食材は、――今日はカニ鍋にすることにした。特売品どころじゃない出費になってしまったが、いい。
ずっと長くカカシさんと使っていけば、決して高い買い物じゃない。
それにしても。
「はあ」
(重い…!)
荷物で雪だるまみたいになった俺に見かねた店員が宅配を進めてくれたが断った。やっぱり早く持って帰って完成した姿が見たかった。
ぐつぐつ湯気を上げる鍋の向こうにいるカカシさんを思い浮かべる。そうすると不思議と荷物が軽くなって足取りも軽くなった。
玄関のドアを開けると暖かい空気が流れて一気に元気になった。カカシさんが先に帰っている。
「ただいま!カカシさん!」
早く買ってきたものを見て欲しくて、ばたばたと廊下を歩いて居間に向かったが、そこにカカシさんの姿はなかった。
明かりも消えていて、卓袱台の上にメモがある。
『イルカ先生へ。急な任務が入りました。2週間ほど家を空けますが心配しないでね。カカシより』
「……なんだ」
部屋の暖かさを考えると、カカシさんはさっきまで居たに違いない。部屋の隅にはきちんと畳まれた洗濯物がある。こんなことなら、まっすぐ帰れば良かった。そうすれば、カカシさんに会えたに違いない。
(…2週間もカカシさんがいない。)
急に両手の荷物がずっしりして、畳の上に降ろした。
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